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ⅩⅩⅧ

フォールからしばらく歩くと変に靄のかかった谷にたどり着いた。
一抹の不安を抱えつつも、足を進める。
靄のせいで周りの景色がよく見えない。
仲間がちゃんと近くにいるのかさえ分からないほどだった。
「みんないるか?」
ロイが時折声を出して存在をアピールする。
それに答えることでお互いの位置を把握していた。
しばらく進むと靄が晴れて谷の全貌が明らかになった。
様々な形の墓標があり、人の名前が彫られていた。
左右の崖のところどころに木が生えている。
しかし、どこかがおかしい。
アイリスはすぐに違和感に気づいた。
「ここにあるものすべてが死んでいる…」
木には枯れ葉すらついておらず、供え物は全て茶色く変色していた。
死の匂いが谷中を包む。
おどろおどろしい雰囲気の中六人はレイチェルの名を探す。
しかしいくら探してもレイチェルの名が彫られた墓は見当たらなかった。
「レイチェル、どこにいるんだ」
ロイが必死に探す。
アイリスたちはそんなロイを見て少し心配になった。
「少し休みましょう。焦っていてもしょうがないわ」
ロイはアイリスの提案を少し不満そうな顔をして受け入れた。

「僕はレイチェルに一言謝りたいだけなんだ…。守れなくてごめんって。ただそれを言いたいだけなのに」
ロイが独り言のようにつぶやく。
その眼には涙が浮かんでいた。
アイリスは心配そうにロイを見る。
その視線の先、ロイの後ろ辺りに妙な石を見つけた。
その周辺の石と違い、それだけが人の加工の跡がある。
アイリスは上に被った土を払った。
アイリスはその石に彫られた文字を見て驚く。
“レイチェル・ハイド”
「ロイ!」
アイリスは興奮した様子でロイの肩を叩く。
ロイがその石を覗き込むと不思議な表情を浮かべる。
やがて、その石にゆっくりと触った。
「レイチェル…」
声が震えている。
「でも、レイチェルさん本人は?」
アルヴァの言葉を聞いて辺りを見回す。
それらしき人影は見えない。
「どういうことだ?死の谷は霊魂が生きた人のように暮らしているという話だが」
アイリスはここまで歩いてくる間に人を一人も見かけていないことに気づいた。
「一体ここで何が起きているの?」
急に不安に駆られる。
アイリスたちは辺りをぐるぐると見回した。
この場所がひどく恐ろしい場所のように思えて、自然と体を寄せ合う。
その時だった。
「おやおや?死人じゃないのが六人もいるじゃないか」
アイリスたちの目線の先、靄の中から男の声がする。
その声はとても楽しそうで狂ったような声だった。
やがて靄の中から出てくる。
その男はこの場所に似つかわしくない小奇麗な服を着ていた。
「誰だ?」
ロイの問いに楽しそうな声で答える。
「俺は“商人連合 七幹部”が一人、葬儀屋だ。死人に挨拶しに来たんだが、まさかこの谷に生きた人間がいるとはな」
商人連合。
アノーグスへの道中で出会った本屋も同じようなことを言っていた。
アイリスたちは静かに身構える。
「俺はやり合うつもりはないが、お前らがその気なら俺も乗っかってやろう」
葬儀屋は懐から短剣を取り出す。
「“ネクロアーミー”」
アイリスたちを中心に円を描くようにぼこぼこと地面が盛り上がる。
その中から大量の骸骨が出てきた。
「ヒッ」
アイリスが短く恐怖の声を上げる。
「さぁ、死ぬことのない軍隊にどう立ち向かう」
葬儀屋は楽しそうに叫んだ。
骸骨の集団はじりじりと円を狭めていく。
「第三級“フレア”」
ロイは骸骨たちに火の玉を飛ばす。
当たった骸骨がその場に崩れるが、またすぐに立ち上がった。
「第二級”ヘビーインパクト”」
クラークが地面に魔法を放つ。
地面が揺れ、骸骨たちは一斉に体勢を崩す。
「“スクリューブレイド”」
ネジ子が巨大な剣を振り回した。
骸骨たちを真っ二つにしながらぐるぐると回る。
しかし、すぐに立ち上がってくる。
「これじゃ、キリがないわね」
アイリスがそっと地面に触れる。
「戻れ“ウルズ”」
アイリスの触れた地面に模様が浮かび、骸骨たちが次々と地面の中に戻っていった。
「面白いことをするじゃないか。でも、無意味だな」
葬儀屋は短剣をタクトのように振り回す。
アイリスが戻した骸骨たちが再び地面から出てきた。
「死人は殺せねぇよ」
葬儀屋はケタケタと笑う。

しばらくの間六人は葬儀屋と戦った。
魔法を使って攻撃するアイリスたちに対して葬儀屋の消耗は少なかった。
(またあの力か)
ロイは本屋と顔を合わせたときのことを思い出しながら葬儀屋と戦っていた。
魔法ではない不思議な力。
戦いの中でロイの好奇心は強くなっていった。
「そろそろ終わりにするか」
葬儀屋は今までで一番激しく短剣を振る。
すると地面から今までの倍以上の骸骨が飛び出してきた。
「そんな!」
魔法を唱えようとするアイリスに骸骨たちが覆いかぶさる。
「アイリス!」
ネジ子が駆け寄る。
剣で骸骨の山を崩していく。
アイリスの身体が見えたところで力を振り絞って引っ張り出した。
「大丈夫か!」
「ええ、何とかね」
アイリスは地面に手を触れ魔法を唱える。
「戻れ“ウルズ”」
骸骨たちが地面へ潜っていくが、葬儀屋の一振りでまた出てくる。
もう勝てない。
全員が諦め始めたその時だった。
「第一級“ホーリーフレイム”」
骸骨の軍団が勢いよく燃えた。
しかし、その炎は決して熱くはなかった。
どこか温かい炎だった。
葬儀屋が明らかに焦っている。
「クソッ、邪魔が入ったか。じゃあな」
葬儀屋は足早にその場を去る。
アイリスたちは魔法を唱えた人物を見る。
端正な顔立ちでその場に立つ女性は悲しそうな目でアイリスたちを見た。
その女性を見てロイが口を開く。
「レイ…チェル」
その名前を聞いた女性ははっとしてその場から消え去った。
ロイが急いで後を追うがそこにはすでに彼女の姿はなかった。

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