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ばちかぶりのニューイヤー

ただいま、早朝の4時50分。
ベッドルームに火でもつきそうな勢いで、間もなく修羅場が始まろうかという空気が立ち込めつつある。

僕の目の前には、数分前に初めて顔を合わせたばかりの見知らぬ女が、ひどく醜い形相で突っ立っている。
脇のベッドに寝ているのは、昨夜僕を抱いた男。
僕らは昨夜、今、彼が眠っているベッドで身体を重ね、何度も何度も愛し合い、絶頂へと登りつめた。
つい数時間前に、街角で出会ったばかりなのに、「愛してるよ」なんてささやかれて、カラダも、ハートも少しだけ蕩けるように幸せな気持ちを味わっていた。

なのに。
だというのに。
さっきトイレに起きてみると、玄関のドアのかぎがガチャガチャいう音がしてハッと身構えたら、あっという間にこの女が入ってきた。
どうも仕事の帰りっぽい。靴をそろえないままコートを脱ぎ、手袋をはずす。すべてにおいて慣れたその所作から察するに、ここで彼と一緒に暮らしているんだろう。
僕は、夜勤だか何かで彼女が留守の間に連れ込まれ、もしくは転がり込んだ、タダの行きずりの男。

彼女は僕を見つけると、表情こそゆっくりといびつに変化していったけれど、何も言わないまま。というか言えないのか。疲れた体に平然と鞭を振り下ろすような、自分に対する彼の仕打ちに腹を立てているようにも見えるし、たぶんこんなことは初めてではないのだろう。諦めにも似た静かな怒りを浮かべているようにも見える。
そのくせ、慌ててベッドルームへと逃げ帰った僕を追って、ここへやってきたというわけ。
まだ、気持ちよさそうにスースーと寝息を立てている彼の傍らで、わなわなと震える僕。今、血を見るような戦いが静かに始まろうとしている。

数時間前までの僕は、幸せだった。
女もののブラを身に着けるのが好きな僕に、彼は驚きもせず、「可愛いね」とささやいてふかふかのベッドに身体を横たえさせた。
最近は男性用のベビードールなんかもあるけれど、痩せ気味な僕の体型には女性用が合うのと、身体をきゅっと締めつける感触にちょっとした嗜虐心みたいなものを感じてなんというかいろいろ燃える。

「女みたい?」と聞くと、
「君は可愛い男だよ」と彼は言った。
サルバドール・ダリのように広い額と、黒いインクで塗りつぶしたチャールズ・チャップリンのような髭。一目見た時から、彼を特徴づけるそのどちらにも触れたいと僕は思った。

彼は、僕に覆いかぶさると一枚ずつ丁寧にはぎとるように服を脱がせ、ブラのパッドの部分を少しずらして、舌で舐めた。
僕が声を上げると、
「気持ちイイ? 可愛いね。その可愛い声をもっと聞かせて」
と言い、肩ヒモを滑らせるようにずらしながら
「乳首を舐めてもいい?」
と聞いた。僕は恥ずかしくて、
「そんなことを、聞かないで」
と返すのが精いっぱい。
僕は、着ているものを脱がされるのが好きみたい。そう気づいたのはいつだったかな。
女も、たぶん男も抱き慣れた彼の手つきやペースは僕にとってとても心地よかった。

こめかみから耳の後ろあたりを、唇と舌でじっとりと濡らされていく。心地の良さにたまらず声を上げ、「もっとして」と言うように身体を捩ると、「いい声だ」とか「可愛い」とか、耳の中に言葉を詰め込むように彼はささやき続ける。
「もっと、気持ちよく、して」
と乞うと、
「もちろん」
そう言いながら下半身に伸びた彼の大きな手が僕の中心をとらえる。

挿れて、と強請ると、「まだだよ」といってなかなか聞き入れてくれない。何度もイキたいのにイッちゃだめだという。
それは全部彼の作戦だったんだろう。欲しくて欲しくてしょうがなくなって、やっと与えられる褒美の醍醐味はそれはそれは筆舌に尽くしがたく、僕を恍惚とさせた。
それがわかっていても、実際にそうできる人なんてそんなにはいない。僕もそんなに我慢強いほうじゃない。

半年ほどだらだら付き合った彼氏と些細なきっかけでケンカをして家を追い出され、飛び出したはいいけど財布を忘れて、おまけに雪まで降ってきて。このままニューイヤーを迎えるなんてさんざんだなぁ……、なんて都心のど真ん中で空を見上げてつっ立ってたら、前から歩いてきたダリ+チャップリンの彼が、
「ねぇ、君……」
と、声をかけてくれた。
温かい食事も、お金も別に要らない。誰かの肌のぬくもりに触れられるなら、それだけでもう十分……なんて思っていた僕にとって、彼は天使か、はたまた数日遅れのサンタクロースがくれたプレゼントか……! と思いきや。

あぁ。それなのに。それなのに。
今すぐに彼を起こしてコトのいきさつを説明させるべきか、それとも目の前で鬼みたいな顔をしてる女に適当に謝罪の言葉を述べて風のようにこの場を立ち去るか。
どちらにしてもやっぱり、まもなくやってくるニューイヤーはさんざんなことになりそう。

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