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2.ダメな人

 魔女たちのいる城館では、女三人が賑やかに話す声が響いていた。
 ミラリアの部屋の中で開かれているアフタヌーンティーの席には、主催者のミラリア、それに巻き込まれたセラフィーナ、そしてもう一人――何と、皆の噂の的となっているテロールがそこにいたのである。

「――あらっ、これ美味しいですわっ!
 さっくりとした衣に、もっちりとした食感……これは何と言うお菓子ですのっ?」
「“芋餅”よ。マッシュした芋に片栗粉を入れて揚げるの。チーズを中に入れても美味しいわよ」
「チーズ……うん、確かに合いそうですわっ! ああ、食べてみたい!」

 ミラリアが作った“芋餅”を頬張り、唸りをあげる――。
 そのがたは、リュクの言葉がまるで嘘であるかのようにお茶を満喫している。
 悲壮感が無いどころか、その肌はつやつやとしており、どこかスッキリとした顔つきである。

「この紅茶も美味しいっ――素晴らしいですわね」
「ふふっ、おかわりもありますので、遠慮なく召し上がってくださいね」
「ええ! ああ、こんなティータイムが毎日だなんて……羨ましいですわ」

 セラフィーナは、毎日味わえば……と心の中で呟いた。

「ですが、本当にこれで良いのかと不安になりますわ……」
「あんな声をあげていたんだもん。ちゃんと信じ込んでいるはずだわ」
「ふふふ、確かにいい声出していましたからね」
「あ、あれはっ……!」

 姉妹の言葉に、テロールの顔は真っ赤になってしまっていた。
 あの部屋であげた声は、演技でもなんでもない。正真正銘、彼女自身の身体が感じた声であった。

【辱めを受けているような演技をしてください】

 魔女側から提示された書類にそう書かれていた。
 しかし、そのような声のイメージはあれど、経験の無い彼女がやれば感づかれてしまいかねない。
 そこで、ミラリアとセラフィーナは一芝居打ったのである。

「――でも、マッサージならマッサージと言って欲しかったですわ。
 わたくし、本当に“罰”を受けるのかと思ってしまいました……」

 あの部屋の中で行われていたのは、ミラリアの手によるマッサージであった。
 的確にコリがほぐされてゆくそれは、ずっとそれを味わっていたいような至福の時間――今まで詰まっていたものが、すっと流れてゆくような心地を味わっていた。

「だって、言ったら臨場感が薄まっちゃうじゃない」
「普段から、肩肘張りすぎなのかもしれませんね。ガッチガチでしたよ」
「うーん……寝る前にベッドで本を読んでるせいかしら?
 ですが、そのおかげで目と頭が非常にスッキリとしておりますわ」

 それにはテロール自身も驚きを隠せずにいた。ベッドは決して心地よいものと言えないものの、城で眠っていた時より休むことができたのだ。

「だけど、アンタよく城から抜け出して来られたわね。
 監視の目も厳しくなってんでしょ?」
「ほっほっほっ! わたくしの部屋に、抜け道を作らせていたのですわっ!
 それに、衛兵の頭は惚けておりますし、目を盗むことぐらいは容易い――。
 ですが、やはり貴女方がおっしゃった通り……おかしな香が原因のようですわね」
「でしょ? “核”から乗っ取ってゆくとしたら、享楽による堕落――“黒い魔女団”の常套手段だもの。
 指示した通り、渡したお香に差し変えてくれたわよね?」
「ええ、もちろんですわ。ですが、あれは破壊してはなりませんの?」

 取りあえず言われた通りにしたものの、『香炉から漂う“香”が原因と分かれば、叩き割れば良いのではないか?』と、疑問に感じている。

「――あれは突然止めると、禁断症状から狂暴化する恐れがあるのです。
 徐々に中和し、毒を抜いてゆかねばなりません。まだしばらく尾を引くでしょうが、明日には正気に戻っていられるでしょう」
「そう……。良かったですわ……」

 ミラリアのその言葉に、テロールは安堵の息を吐いた。
 これ以上、あんな淀んだ空気の中で居続けるのは、息が詰まって堪らなかったのだ。
 今日も本来は来る予定ではなかったが、薄暗い部屋で過ごすのが辛くなっていたらしい。

「お母様の姿を見て、わたくしは唖然としましたわ……。
 拭う物も拭わない姿はまるで、男の人のための人形のようですもの……」
「男から女に、女から男に伝染し合うのです。
 欲望に底がないため、行為がますますエスカレートしてゆくのですよ」
「このローブが無ければ、わたくしも危なかったかもしれませんわ」

 テロールは纏っている黒いローブ……セラフィーナが、ここに着て来たそれを纏っている。
 対・“魔法”のコーティングを施し、魔女の“香”の影響を阻止していたのだ。

「魔女のローブは初めて着ましたが、何とも趣のあるローブを着てますわね」
「要はボロいって事でしょっ、ボロいって!」
「そうとも言えますわ、ほっほっほっ!」

 彼女の高笑いが部屋に響いた。
 普段着ぬ物、普段は口にしない物、普段はあまり話さぬ者――なのに、彼女は城でいるよりも楽しく感じられている。

「で、アンタは“計画”をちゃんと覚えているわよね?」
「ええ、当然ですわ。兄様がもうすぐお戻りになられる――。
 その時に、事情を明かし兵隊を動かしますわ。それよりも、貴女方の方こそ大丈夫ですの?」
「当たり前じゃない。そのために、しっかりと情報与えたんだから。
 間違いなく奴らは、ここに居る姉さんを狙うわ」
「どうしてですの?」
「だって、『姉さんの生理が近い』って情報を刷り込んであるもの。
 人間の身体も不調であるように、我々もその間だけ魔力落ちる――。
 罠も少ない、高位魔女(ハイウィッチ)である姉さんの“魔法”が弱まるとすれば、総がかりでやって来るわ」
「ちなみに、私はもう少し先ですよ。ふふふっ」
「そんな事は聞いてないわよ……」
「この方は、話せば話すほど印象が変わってまいりますわね……」

 物腰が柔らかく美しいが、時々残念な人だ――と、テロールは思っていた。

「ですが、リュクはその……どうして生かしておいたのです?」
「それは、かわ――」
「子供だからよ」

 姉の言葉を遮るように、セラフィーナは口を開いた。
 その様子に、テロールはどこか不穏な物が感じられている。

「姉さんは……実は重い病気を患っているのよ……」
「え、そ、そうなのですのっ!?」
「ええ……だから、子供にはどうしても甘くなってしまうのよ」
「そ、それは何の病気なのです! うちで医者を探させますわっ!」

 テロールは血相を変えてセラフィーナに詰め寄った。
 セラフィーナが病気であろうがなかろうが構わないが、ミラリアのそれはどうにかして力になりたかったのである。
 しかし、そのミラリアは不満げに唇を尖らせている。

「むー……私を、そんなおかしな人みたいに言わないでください」
「十分おかしいじゃないっ!? 自覚ないの!?
 幼い男の子(ショタ)しか愛せない人が正常だとでも言うの!?
 私が戦っている間に、『毒抜きだ』って言ってイケない事してた人が!?」
「え、え、ど、どういう事ですの……?」

 テロールは耳を疑い、固まってしまった――。
 食事を持って来たりなどはリュクが行っているのだが、確かにその様子がおかしくあった。
 顔が昂揚し、モジモジとしているのは“香”のせいだと思っていたが、“そのような事”を覚えていたのなら辻褄が合う。

「う、嘘ですわよね……?」
「フィーちゃんは大げさに言い過ぎです。
 ――あの子はまだ大人にはなっていませんが、間違った大人への階段を全力で駆け上がっただけですよ」
「より性質悪いわっ!? 何であんな短時間でアレやるのよっ!?」
「ちょっと!? リュクに一体何しでかしたのですっ!?」

 いくら問いただしても、ミラリアは目を細めてコロコロと笑うだけで答えない。
 それどころか、“消音(ミュート)”の“魔法”を唱え、口をパクパク動かしている二人を見ながら、()()()()()でアフタヌーンティーを楽しんでいた。

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