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最後のかくれんぼ

あの日から、僕は「かくれんぼ」ができなくなった。

 僕がまだ小学校低学年の時、遊びと言えば「かくれんぼ」、「缶蹴り」、「メンコ」しかなかった。そんな時代に、公園などと言う洒落た遊び場はなく、いつも空き地が僕らの遊び場だった。

 あのドラえもんの中で、ジャイアンとスネ夫は、いつも大きな土管が置いてある空き地で、今でも遊んでいる。あの頃は、ちょうどそんな感じの空き地がたくさんあった。そう言えば、なぜあの頃空き地には、必ず大きな土管が何本も横たわっていたんだろうか……。

 僕が小学校にもやっと慣れた、二年生の暖かい春の日。学校が終わってから、僕と同級生の雄太は、いつもの空き地に集まっていた。その時いたのは、小学校に入ったばかりの一年生から三年生までの、全部で五人の男の子だけ。いつも遊んでくれる四年生や五年生は来ていなかった。しかたがないので、当時ちびっ子たちのお気に入りの遊び、かくれんぼをやることにした。

 その大きな道路沿いにある空き地は板塀に囲まれ、ちびっこ達にとっては十分な大きさがあった。いつも土管が置いてあり低木や雑草が生い茂り、隠れる場所に不自由しない、つまりかくれんぼには絶好の場所だったのだ。

 僕はいつものようにジャンケンに勝ち、さっそく土管の裏の暗い草むらに隠れた。ここは背の高い草が多く、ちっちゃな子だと入り辛いからだ。ジャンケンに負け「鬼」になった二年生のタツくんは、ゆっくりと「ひとーつ、ふたーつ」と数え始め、「じゅう、もういいかい!」と叫ぶ。
「もーいーよー」と元気に応えた一年坊は、タツくんにすぐに見つかってしまった。草むらの中で僕は頭を抱えてじっと隠れていた。どこかで誰かが少しづつ見つかっていく。だけど僕はなかなか見つからないので、草むらの中で一人、もし見つけてくれなかったらどうなるんだろうと考えていた。

 『かくれんぼに勝つことは、見つからないことなのかな?』
 『もし最後まで見つけてくれなかったら、タツくんは「降参」してくれるのかな?』
 『最後って、いつなんだろう?』

 暖かな日だったので、僕はいつの間にかウトウトしていたのかもしれない。ふと気がつくと、辺りは薄暗くなっている。僕は慌てて立ち上がり、周りを見たが誰もいなかった。

『僕が見つからないので、みんな帰ってしまったんだ』

僕は急に怖くなり、空き地から逃げ出そうとした。その時、空き地の真ん中に大きな穴が空いているのに気がついた。

『あれ? あんな穴は今まで無かったのに。どうしたんだろう?』

僕は恐る恐る穴に近づいた。すると、暗い穴の底の方からメソメソと泣き声が聞こえてくる。僕は怖かったけど、思いきって声を出した。

「おーい。誰かいるのかい?」
すると、穴の中から返事があった。
「あー、タク? 雄太だよ。助けてくれ」
僕は慌てて穴をのぞきこんで、大声を出した。
「えー どうしたの」
「わからないんだ。隠れようとしたら、いつの間にか真っ暗なとこに入っちゃったんだ」

僕は、手が届かないかと真っ暗な穴をよく見てみた。すると底の方から、白っぽく細い手がユラユラと手招きしているではないか。僕はビックリして尻餅をついた。
『あんな白い手は雄太じゃない。誰だ?』

突然、後ろから肩を叩かれた。
「ワー」僕は驚いて叫んでしまった。

「やっと、タクくん見っけ!」タツくんだった。僕はいつの間にか、草むらの中で寝ていたようだ。
「やった!僕が最後だよね」
「ちがうんだ。まだ雄太がみつからないんだ」

僕が最後だと思っていたら、タツくんはまだ雄太を見つけていなかった。しばらく経っても見つからない。しかたがないので、とうとうみんなで、空き地の中を探し始めた。もちろん穴なんかなかった。それほど広いわけでもないのに、どうしても見つからない。だけど、見つからないはずはなかったんだ。

 「おーい雄太! 降参だから出てきてよ!」と、みんな叫んでいた。

空き地の横の大きな道路を、怪鳥のような音を鳴らしながら、救急車が駆け抜けていく。
そのうちに、真っ赤な夕日が空き地を血のように赤く染め出してきた。僕らはみな、不安だった。

 「前に漫画で見たことがある、神隠しかもしれない」と、誰かがつぶやく。
 不安を通り越し、誰もが怖かったんだ。
「ちがうよ。きっと雄太は、見つけてくれないんで帰ったんだよ」

みんなはその言葉を信じるしかなく、帰ることにした。僕たちは、逃げるように家まで走って帰った。

 翌日、いつものように学校に行くと、雄太の机の上に花が活けてあった。あの日の夕方、雄太は空き地の近くの交差点で、交通事故で亡くなっていたのだ。
僕は雄太のお葬式で、友人代表としてお別れの手紙を読んだ。

「もう、かくれんぼは、終わったんだよ。早く出てきて」と……。

そう、あの日から、僕は『かくれんぼ』ができなくなったんだ。


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