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4.準備万端

【解放】の意味は、城に備えられた罠の解放(アンロック)――と知った姉妹は、数日間ずっとその確認作業に拘束されていた。
 セラフィーナが仕掛けたそれとは違い、実際に発動させなければ外見からは全く把握できない物である。その上、“操作盤”のボタンにあるA~Eの五種類だけではない。ABやACなどの組み合わせまでも存在していた。
 ボタンを押しては枝で床を叩きながら、おっかなびっくり城館中を歩き回る……おかげで姉妹は肩が凝って仕方がない様子である。ブラードも協力し、この数日でずいぶんと<犬パンチ>が上手くなったようだ。

「――もう、全部試したよね?」
「ええ、恐らく……全部だと、思います……」

 最後の一マス。全ての確認を終えた姉妹は、その場でへたり込んでしまった。
 汗はかけど冷や汗ばかり、疲れはすれど気疲ればかり――ここ数日は眠れたのか、眠れてないのか分からない。もうしばらく何も考えたくないようである。
 そのせいで、ミラリアもティータイムの時間が分からなくなり、多い時は十回ほどした時もあった。

「仕掛けられた罠は、落とし穴・振り子・スピア・落石・電撃、か……。
 電撃はまぁ、ドアノブだけの静電気みたいな地味な嫌がらせだけど……」
「組み合わせで場所が変わるのが大変でしたね……。
 もう一度やれと言われたら、私は実家に帰らせて頂きますよ……」
「ホントね。ああ、実家か……そう言えば、長く帰ってないね」
「ふふ、そうですね。帰った所で誰もいませんが」
「まぁそうだよね。家ももう無くなってるだろうなぁ」

 母親の死をきっかけに、彼女たち……セラフィーナは“灰の魔女団”の集落を飛び出し、アテのない旅することを決めた。
 特に目的はない。ただ小さな集落の中で、小ぢんまりと暮らし、男をあてがわれ子を成すだけの暮らしなんて御免蒙りたかっただけである。
 しかし、遺される姉のミラリアの事を思うと、今生の別れになりそうだと思うと決意が揺らいでしまう。

 決意が出来たのは、思い切って部屋を訪ねた時だ。
 部屋に入るなり、ミラリアは開口一番『行きましょう』と言ってくれたのだった。
 セラフィーナは時々それを思い出し、姉のあの言葉が無ければ『少し遠出してきた』だけで終わり、今頃は村で退屈な日々を送っていただろう……と、心の中で感謝を浮かべる。
 今更故郷に帰った所で、あるのは二人の男を愛し、それぞれの“魔女”を産んだ母の墓のみ。墓の場所を思い出すのにも、時間を要するようにもなってしまった――。
 望郷の念にかられながらも、そこにあるのは“長い空白”だけだ、と感じている。

「いつかは私たちも男性を愛し、子を成すのでしょうけど」
「あはは……あと何十年先になるんだろうね……」
「ふふ、案外すぐかもしれませんよ?
 このような話をしていると、ふいに――と言う事もありますからね」
「うーん、そうかなぁ……でもさ、姉さんはこれで良かったの? 本当は……」
「構いませんよ。結婚話も向こうが勝手に持ちかけてきただけですし、私も正直乗り気ではありませんでしたし。
 ああ見えても、あの時はもっと遊びたいと思っていましたし、今もそう思っています」
「はは、私と同じだ」

 姉妹はそれに小さく笑い合った。
 旅の行き着いた先がこの城館――どこか運命めいたものを感じている魔女姉妹は、ここまでやったら、もうとことんやりつくしてやろうと決めている。

「ふと思ったんだけどさ、ここって“灰の魔女団”の隠れ家だったとかじゃない?」
「ああ、その可能性もありますね。“灰の魔女団”のルーツはまだ明確になっていませんし、もしかすると手がかりがあるのかもしれません」
「“黒”にも“白”にも出来なさそうな仕掛け……もしかしたら、ここを突き止めたけど、仕掛けが解けずにどっちかがブロックで封じたとかもありえるかも?」

 セラフィーナは自分の言葉に、ふと何かが浮かび上がった。

「最初に、“黒い魔女団”に属する魔女がやって来たけど、謎が解けず……後に来た奴に取られないよう鉄板で封じた。
 次に“白い魔女団”に属するのがやって来るも、何も解けない事に腹を立て、ブロックで埋めた……なんてあるかもね」
「ふふっ、確かにそれもあり得そうです。
 “白い魔女団”は人を使うのが上手いですが、頭を使うのは苦手ですし」
「逆もあるけど……もしそうだとしたら、ここにあるのは“財宝”じゃなくて、“魔法書”のたぐいかも?」
「うーん、()()()()が、こんな大仰な事をしてまで欲しがるでしょうか」

 “灰の魔女団”のそれは大したことありませんし、とミラリアは続ける。
 セラフィーナもそれに同意するように頷いた。そもそも、“灰の魔女団”は“魔法研究”よりも、“道具開発”に力を注いできたのだ。
 薬草学だけで数百ページなのに対し、“魔法”は基礎中の基礎の数ページ――他の“魔女団”からすれば、そんなチンケな“魔法の本”など、わざわざ欲するとは思えない。
 だとすれば“財宝”の線しかないが――と、姉妹の考察は堂々巡りをしてしまう。
 “魔女団”は、基本的に私腹を肥やせど、“財宝”を欲するほど飢えていないのだ。

「私は、この国の<愚王の遺産>があると睨んでるけどなぁ~」
「この城館も隠されるようにしておりましたし、その期待はできそうですね。
 国が持つ歴史書などがあれば、まだ探しようがあるのですが……」
「わざと捕まって覗き見る――うーん、時間かかってしょうがないわね」
「足を使い、くまなく探すしかないようですね。
 さて、休憩も出来た事ですし、そろそろティータイムにしましょう」
「あ、賛成っ! 私、甘い物食べたい!!」
「いいですね~。ドライフルーツと、とっておきのシロップ漬けも出しましょうか」

 姉妹は完成したばかりの地図を片手に、慎重に足下・罠の位置を確かめながら西棟へと歩を進め始める。
 普段は罠をオフにしておけば良いが、襲撃時には地図がなくとも全ての罠の位置を把握しておかなければならない。
 しかし……今はただ身体が欲するまま、甘味を口にする事だけしか考えたくないようだ。


 ◆ ◆ ◆


 その頃、レゴン城では――。

「ふ、ふふふっ、これが<魔女狩り>の……素晴らしい剣ですわっ!」

 テロールは対“魔女”用の小剣(フルーレ)を手に、満面の笑みを浮かべていた。
 特別に(あつら)えられた彼女用の剣は、手首、腕の動きの合わせヒュンヒュンと風切り音を上げ、宙に白い輝きが美しい弧を描いてゆく。
 ふくよかな身体に似合わず彼女の剣は早く、また的確だった。そして、力も見たままに、他の女に比べて強い――彼女が手にしている小剣は、それにも耐えられる業物である。

「しかし、注文からやけに早いですわね……。
 一体、どこの鍛冶師(ブラックスミス)が――リュクッ! リュクはいますことッ!」

 縦に巻かれた金色の髪を揺らしながら、これを持って来た執事を呼びつけた。
 彼女のキツく甲高い声に呼びつけられ、まだ真新しい執事服の少年が、バタバタと慌てて駆け込んで来る。

「お、お呼びでしょうか! テロール王女ッ!」

 幼い見た目のままに、背筋を張りながら声を張りあげた。
 部屋中に響き渡る若々しいそれは、テロールの耳にはキンキンと響くようで、思わず耳を塞いでしまうほどである。

「もう少し声を落としなさいっ、馬鹿! うるさくて堪りませんわっ!」
「も、申し訳ありませんッ!!」

 再び同じ声が響く。
 これまで務めていた執事が老齢で引退してしまったため、彼の孫――(とお)になったばかりの〔リュク〕と呼ばれた少年が、“見習い執事”としてテロールの世話をする事になったのである。
 入口でぶつけた膝が痛むのか、モジモジと膝同士を擦り合わせしている。
 テロールはこれに頭痛を覚えた。幼少期から面倒を見てもらった恩もあり、引き受けたものの……その様子は、とても執事とは思えない、年相応の少年の姿のままであるのだ。

「シャキッとなさいまし――ッ!」
「は、はいっ!」
「はぁ……このわたくしが、どうして執事の教育をせねばならないんですの……。
 まぁそれは良いとして……この小剣(フルーレ)を受け取りに行ったのは、貴方でしたわね?」
「はいっ! (わたくし)が行かせていただきました!」
「……やけに早くありませんこと?
 ウチ専属の御用鍛冶師(ブラックスミス)でもこんなに早く――しかも、こんな特別な剣を、三日もせずに作れないはずですの」
「はっ! 注文を承っておりました御用鍛冶のウィルソン殿は、昨日の朝に急死され、そのお弟子さんが仕上げた一品、だそうです!」
「あ、あの頑固親父が死んだんですの!?
 そんなの初耳ですわ……一体なんで……と言うか今、弟子と言いましたわよね?」

 テロールは我が耳を疑った。つい三日前に直接会い、ここをこうしろ、飾りをどうしろとこと細かく注文をし、値段交渉で()()()()()ばかりなのだ。
 それでなくとも、彼には弟子なんていなかったはず……と、最後にあった日の様子を思い出していた。

「はっ! そ、そのベッドの上で……」
「ベッドの上で?」
「そのお弟子さんが、とっても綺麗な女性の方で、その……あの、裸で一緒にベッドに……その……入って、心臓が……」
「ああ……」

 まだ恥ずかしい年頃なのだろう。リュクは顔を真っ赤にして、男と女の交わりについて非常に言いにくそうにしていた。
 恐らく弟子のイイ女に手を出し、心臓発作を起こして腹上死した――と解釈したテロールは、あのスケベジジイらしい死に方だと納得していた。

「で、その女の鍛冶師(ブラックスミス)がこれを……凄い腕してますわね」
「新進気鋭の凄腕だ、と言ってました!」
「……誰がですの?」
「そ、その綺麗な女性が……ああ、良い匂いでした……」

 テロールは、はぁ……と大きなため息を吐いた。
 まだ年相応、女の身体に興味を持ち始める頃だから仕方ないものの、こうも色香にフラつかされては前途多難である。
 祖先が<魔女狩り>だったと記載された本を買って来たのも彼であり、その時も『凄く美人なお姉さんがくれた』と、上気しながら話していたのだ。

「ま、いいですわ。
 兵士たちに、四日後<魔女狩りに>向かうと伝えておいて……リュク、聞いてますの?」
「は、はいぃ……」

 その女鍛冶師に何をされたのか不明であるが、リュクは惚けた顔を浮かべていた。
 仕える者の話を聞かず、ぼうっと生返事を返す――執事にあるまじき姿に、テロールは眉間を抑えながら、再び大きなため息を吐いた。

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