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6.カ・イ・カ・ン

 もうもうと立ち込める粉塵の中に混じる、火と血の臭い。壁には飛び散った血肉、床にはヒトのパーツがそこに転がっている――。
 その光景に、セラフィーナは恍惚とした表情を浮かべ、ぶるりと身体を震わせた。

「は、あぁぁ……コレ、たまんない……」

 もはや絶頂に近い。そこに呻きをあげる者は誰一人としておらず、ガラリ……と壁のブロックが崩れ落ちる音だけが響く。

爆発(エクスプロージョン)に時間差が出来たのは、ちょっと想定外だったわね。
 両壁・床の三発はやりすぎかと思ったけど、結果的に上手く行ったわ)

 先頭を爆発させ、後続の足を止めさせる――。
 本当は先頭をスルーし、先に爆発させたかったが上手くいかなかった。効果のほどが未知数であるため、<スフィア>を多めに仕込んでおいて正解だったようだ。
 感知に関してもう少し改良の余地あり、とセラフィーナは小さく頷いた。

(――さて、あまり悠長にしてられないわね。三人は姉さんの方に向かったか)

 セラフィーナは悦に浸るのはそこそこに、くるりと身を返して館の奥へ向かい始めた。
 通路の向こう、バルコニーの方から男たちの騒々しい声が起っている。
 盗賊も馬鹿ではない。これらの死体を見れば、間違いなく警戒される事になるだろう。
 そんな中で、続けて駆けつけてくる五人の男たちを始末しなければならない。


 ◆ ◆ ◆


 “魔女捕縛”の命を受けた、この隊のリーダー・クライドは声を失っていた。
 焼けただれた腕や、両膝をついたままの下半身……もはや、()()()が誰なのかすらも分からない。

 ――これが “魔法”なのか?

 クライドを始め、皆がそう思った。
 そして、同時に胸の奥で粘度を帯びた“恐怖”が生まれるのを感じていた。

(い、一度に八人もやれるってのか……)

 胸に張り付いた“恐怖”は容易く剥がれない。肺にまで張り付き、呼吸が止まっているような錯覚さえ覚えてしまう。
 クライドは迷った。このまま進むべきか、引き返すべきか……と。
 しかし、おめおめと引き返し、『“魔法”で連れて行った部下の八人がやられました。こんな“魔法”でした』なんて報告すれば、盗賊団の頭領・ランバーの怒りを買ってしまうに違いない。
 誰にとっても『前門に虎、後門に狼』であった。

「――よ、よしッ、絶対に気を抜くなよお前らッ! お前とお前は先行しろッ!」
「え、ええ……」

 命令された部下は嫌そうな顔を浮かべたが、ジロリと睨みつけるとすぐに顔を伏せ、前を歩き始めた。
 顔を強張らせ、および腰で歩く後ろ姿は何とも情けない。
 前回やって来た盗賊と同様、魔女を甘く見ていた彼らには『生意気な女を痛めつけ、連れ帰る』程度にしか考えていなかった。その過程にある、“お楽しみ”を期待していたのもあってか、比べ物にならないほどの落胆を味わっている。
 オンボロの短刀を握り締め、潜んでいそうな物陰や部屋に差し掛かっては、バッと大きく振りかぶる――。
 その一挙一動に釣られ、後ろの者どもも思わず身構えてしまう。

 ……しかし、どの部屋を探しても“獲物(セラフィーナ)”はいなかった。
 次第に彼らの神経が摩耗し始め、疲労感と共に集中力が切れ始めている。
 そのせいで、ある空き部屋の中に、いかにも怪しい水瓶を見つけても何の警戒もしなかった。前を歩く盗賊が、『どうせ何もないんだろ?』と無警戒に頭を覗かせた時――

「な、なんっ……うわぁぁぁッ――」

 突然、水瓶から水が拭き出したかと思うと、覗き込んだ男の頭を捕え、引きずり込み始めたのだ。
 手足をバタつかせる仲間を助けようと、二人がかりで身体を引っ張っるも、その力は凄まじくどんどんと水瓶の底に飲み込まれてゆく――。
 その時、身体を引っ張っていた仲間の一人が、その真っ暗な水の中である物を見つけた。

「つ、ツルだッ!? ツルが首に絡み付いてやがる!」
「な、何だとっ!? おい、早く切り離せ!」
「隙間が小さくて手がっ……く、くそっ、何で瓶も割れないんだよっ!!」

 陶器のはずであるのに、手にした短刀の柄で水瓶を殴りつけても傷すら入らない。
 苦しんでいる仲間の抵抗が小さくなり始め、ゴボッと大きな泡が浮かび上がった。
 もし仮に割れたとしても、締め付けている得体の知れないツルは残る――。
 結果的には()()()解放するだけであろう。

「く、くそっ、コイツは諦めてここから出るぞっ!」

 クライドの非情な言葉に、そこにいた二人は抗議の目を向けた。
 しかし、他の者たちも同じ気持ちであるようだ。皆が出て行ったのを見て、身体を掴んでいた一人も諦め、部屋を出ようとしたその時――男が扉の後ろに何かが張り付いている事に気づいた。

「何だこれ、水晶か?」

 ギィィィ……と、扉が軋みをあげたと同時に――部屋に居た二人が喉を押さえ、宙を掻きはじめた。
 真っ暗な闇が視界を覆ってゆく。彼らが最期に見たのは、くたり……と腕をぶら下げた仲間の姿であった。

 ・
 ・
 ・

 先に部屋を出た者は、仲間を待っていた。しかし、二人はついに出て来なかった。
 その部屋に戻ろうとする、仲間想いの盗賊は誰一人としていない。
 通路の壁にもたれ掛っている盗賊たちの目には、“恐怖”と“動揺”がハッキリと浮かび上がっている。

「こ、ここは引き返しましょうっ! お頭に報告して、手を考えるべきです!」

 部下の一人がそう声をあげた。
 他の者も同じ意見らしく、同意を求める目をクライドに向けている。
 しかし、クライドはそれに首を縦に振らなかった。

「このまま引き下がれるかッ! 帰ったら、俺の首が飛びかねないんだぞッ!」

 彼自身も本当は撤退したかった。
 しかし、ランバーの気の短さを熟知している彼にとって、それは断頭台に首を突っ込みに帰るようなものだ。
 部下たちもそれを知っているが、頭のどこかで『知ったことか』と思っている。もはや魔女なんてどうでも良い。ここから出られたら、そのまま高飛びしようと考えている者まで居た。

 だが、それも叶いそうにもないだろう。
 彼らの視線の先に、恍惚の笑みを浮かべる魔女が映っている。


 ◆ ◆ ◆


 その頃、ミラリアは優雅にアフタヌーン・ティーを堪能していた。
 妹が騒がしくするのは嫌いではない。むしろ心地よさを感じる騒がしさだ。
 しかし、それ以外の喧騒は嫌いである。

「ふぅ。やっと粗方終わったようですね。
 しかし、最後は物理で殴るより、魔女らしく“魔法”で決めて欲しかったですが……」

 遠く離れた場所で起こる悲鳴に、小さく息を吐いた。
 部屋の外、玄関ホールから西棟に繋がる廊下では、既に獣に噛み殺された男が横たわり、引きずられてゆく。
 死体がどうやって消えるのか? と、疑問に思うが、敢えてその様を見に行くつもりもないらしい。
 今はゆっくりと過ごす時間である、と言わんばかりに紅茶を啜る。

「ですが……このままでは、親玉が総攻撃を仕掛けてくるのも時間の問題ですね。
 そうなると、ここを治めるレゴン城主も黙ってはいない……更に騒がしくなりそうです」

 魔女と盗賊の戦争に、騒動を聞きつけ<魔女狩り>にやってくる領主の軍勢――。
 国からすれば、共に目の上のたんこぶ。潰しあってくれるなら、それに越した事ではない。
 しかし、ここのところ思っているような成果を上げられていないレゴン国とって、これは千載一遇のチャンスでもあろう。
 治安を乱す盗賊、理由は分からないが“悪い魔女”を同時に駆逐する……彼らは漁夫の利を狙い、必ず“戦争”どこかで首を突っ込んでくるに違いない。
 ミラリアには頭の痛い話だった。いくら<スフィア()>を仕掛けるとしても、盗賊の本隊を相手にするだけの数すら足りていないのだ。

(私も、頑張らなきゃいけないかもしれませんね)

 重いため息を吐いた。
 玄関ホールで起る最後の爆発音を聞きながら、静かに紅茶を啜り続けている。

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