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ⅩⅢ

「それ、どういう事よ!」
気が付くと私は医者に掴みかかっていた。
「君は誰だ!?」
驚く医者の胸ぐらをつかむ手に力を入れる。
近くにいた男に無理やり引きはがされた。
「お前はあいつの心配をしているのか?それはおかしな話だな。あいつには恋人どころか友人の一人もいないはずだが」
この男はジュリウスの父親のライアンらしい。
「私はジュリウスの友達よ」
私がそういうとライアンは嘲笑する。
「あいつの友人?はっ、笑わせる。あいつは生まれてから一度も外に出たことがないというのにどうやって友人をつくるというのだ?」
ライアンの高圧的な態度には少し腹が立ったが、言っていることは正しい。
まさかここで「実は私は盗賊でこの屋敷に盗みに来た時に友達になりました」なんて
言えるわけもなく、
「私がこのあたりを散歩しているときに窓から話しかけてくれて、そこから親しくなったの。あなたは知らないでしょうけど」
あの侍女についた嘘をそのまま使うことにした。
ライアンとにらみ合っていると例の侍女が走ってくる。
「ライアン様。その方はジュリウス様の恋人です」
「何?こんな生意気な小娘がか?その話は本当なんだろうな、シンシア」
シンシアと呼ばれた侍女は頷く。
人の思いを勝手に別人に伝えるのは感心しないが、否定する必要もないので
話を合わせるようにした。
ライアンは私のほうを見る。
私は黙って頷いた。
するとライアンはプルプルと震えだした。
「お前のような小娘があいつと恋仲にあるだと!?ふざけるな!今すぐここから出て行け!そして二度と私の前に現れるな!」
ライアンの剣幕に押され、私は屋敷を出た。
その日から私はジュリウスを訪ねることはなくなった。

私が次にジュリウスにあったのはジュリアスの葬式の時だった。
ばれないようにこっそりと忍び込んで棺桶に入ったジュリウスの顔を見る。
とても安らかな笑顔で横たわっている姿はただ寝ているようにも思えた。
「あの…」
急に後ろから声をかけられた。
私が振り向くとそこにはシンシアがいた。
「これ、ジュリウス様があなたにと」
シンシアの手には一枚の手紙があった。
受け取って封を切る。
『デイジーへ
君がこの手紙を読んでいるということは、君が僕のことをまだ思ってくれているという事だろう。元気にしているかな、と言っても僕が元気ではないけれどね。
さて、僕がこの手紙を書いたのには理由がある。君に僕のお願いを聞いてほしいからだ。
わがままだと思っているかもしれないけど聞いてほしい。
一つ、僕の遺品を一つだけ盗み出してくれ
僕の遺品をもって時々でいいから僕のことを思い出してほしい。
二つ、屋敷の地下にとらわれている人たちを盗んでほしい
あの屋敷の地下には貧しい人々を捕まえて人体実験をする施設がある。それを僕は見て見ぬふりをしてきた。こんなことを頼むのはおかしいとは思うが、僕の代わりに屋敷の真相を民衆に伝えてくれ。
三つ、僕のお願いをかなえてくれたらもう盗みはしないでほしい
僕はとてもわがままだ。でも、僕と会うようになってから君のうわさを聞かなくなった。それはつまり、君が盗みをしなくなったという事だろう。それなら僕もうれしい。僕は君のファンではあるが、君には罪を犯してほしくないから。
僕のお願いをかなえてくれることを祈っているよ。君の未来に幸あれ
ジュリウス』
きれいな字で書かれた文字の一つ一つにジュリアスの気持ちがこもっていた。
私はその手紙をポケットにしまう。
シンシアに一礼してから葬儀場から出た。
その胸に決意を抱いて。

「またあの盗賊が出たらしいぞ」
「何でもライアンの息子の遺品を盗み出したらしい」
「ライアンが大けがを負ったって話だぜ」
街ではすっかり噂が立っていた。
確かに私はジュリウスの手紙通り、遺品を盗んだ。
そこにライアンが怪我をしたという尾ひれがついて広まっているらしい。
「……」
私は自分の手のひらを見る。
何の変哲もない肌色の手。
その手に勢い良くナイフを突き立てる。
深々と刺さるナイフの隙間から赤黒い液体が漏れ出す。
遺品の本を手にしてから私には痛みがなくなった。
怪我をしてもまるで粘土のようにすぐにくっつく。
私は人ではなくなってしまった。
「はぁ…さて、と」
私は手紙を取り出して一つ目のお願いを横線で消す。
そのまま屋敷へと向かった。

敷地内に入るとシンシアが庭で作業をしていた。
「あ…」
シンシアは私の姿を確認したが何も言わずに通してくれた。
シンシアに心の中で感謝しつつ私は屋敷に入る。
屋敷は静まり返っていた。
いつも通りならこんなラッキーなことはないが、今回は罠を警戒しつつ進む。
しかし屋敷内には罠はおろか人すらいなかった。
あっさりと地下室への階段を見つけることができた。
地下に入ると薄暗く、よく目を凝らさなければ先を見ることもできないほどだった。
湿った石の廊下を進むと急に開けた場所に出る。
そこは牢獄のようになっており、その中には生きているのか死んでいるのか区別がつかないほど衰弱した人たちが牢の中で蠢いていた。
長年の勘と技術で牢の鍵を開ける。
「おぉ…ありがとう」
助けた人たちが口々に感謝の言葉を言う。
その牢の隅に置かれていたものを見る。
それは二人の赤ん坊だった。
私はその二人をそっと抱きかかえる。
牢の中の人はその様子を見ていたが、そのまま地上への階段を上っていった。
私はその人たちが無事日常に戻ったのを確認して奥に進んだ。
奥には机がありその上に研究日誌が所狭しと並んでいた。
その中の一冊を取る。
『2月8日
魔力を持たないものに人工的に魔力を投与した。
その結果激しい拒絶反応とともに体が崩れ落ちた。
その遺体は研究用として倉庫に保存。
2月16日
魔力の投与実験の最中魔力に適応するものが現れた。
この二名を隔離し、研究の第二段階へ進める。
2月27日
二名の身体能力を検査したところ一名は不合格の判定が出た。
しかし、この者は女だったため別の研究に使うことにする。
12月31日
女が身ごもった双子が無事生まれた。
この子供たちに魔力が受け継がれているかを調査する。
1月7日
検査結果
親の魔力量をはるかに超える魔力を確認。
研究を最終段階に移す。
2月 日
我々の夢は遂に実現した。
人工ノーツマスターの研究は完成、この技術を応用して国に対抗する軍隊を作ることができる。
月  日
これを読んでいるものに告げる。
人工ノーツマスターは危険だ。今すぐ引き返せ。
ここの研究員はみな殺された。私ももうじき死ぬ。
あの者たちは人の皮を被った化け物だ。
念のため牢の鍵は死ぬ前に私が飲み込んだ。』
「化け…物」
私は読み終わった瞬間血の気が引いた。
おぞましい研究の記録に書かれた化け物の文字。
私が開いた牢の中にいた人たちが化け物…?
いや、彼らは衰弱しきった可哀想な人たちじゃないか。
私は急いで外に出る。
すると町はたくさんの悲鳴に包まれていた。
そこにけがをしたシンシアを見つける。
「大丈夫!?」
「ええ…なんとか。デイジーさんは牢を開けたのですね…」
「町がこんなことになってるのは私のせいだ…。ごめんなさい…」
シンシアはパァン、と音を立てて私の頬を叩く。
「落ち着いてください。ここからまっすぐ南に行ったホットヤードというところに私の家があります。そこに隠れてください。あなたは彼らに顔を見られている」
私は戸惑ったが、迷っている暇はない。
私は二人の子供を抱きかかえて走った。
シンシアに心の中でお礼を告げて。

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