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04

 私に背中を向けたまま、仮面の男……オクルスは掌で自分のとなりを示した。

 そこに座れ、と言いたいのだろうが、従うつもりは毛頭ない。

 低いテーブルを挟んで対面に置かれたソファに座ると、オクルスは顔の下半分だけで悲しそうな表情を作ってみせた。

「ひどいじゃないか、レディ。となりに座ってくれないなんて」

「あなたのとなりに座りたい物好きが、この世に存在すると思っているの?」

「あぁ……いつになく不機嫌だねレディ……もしかして暗闇の中で待たせてしまったことに怒っているのかい? 怖かったかね? 私だって君の顔を見たくてたまらなかったが」

「オクルス」

「なんだね?」

「気持ち悪い」

 言葉の限りを尽くすまでもなく、オクルスはその一言で沈黙した。

 オクルスはころころと表情を変えるものの、私は彼に殺意を覚えない。オクルスが感情以外の色を持ちすぎているせいか、仮面を被っているせいかは不明だが、不快感はあるのに殺意がないのは嫌な意味で新鮮だった。

 そもそも、オクルスという存在を殺せるかどうかは定かではない。

 彼は人間ではない。と思う。

 廃墟の地下に貴族趣味な部屋を造ったのは、おそらくオクルスだろう。他に誰かが侵入した形跡はなく、見る限り天井以外の出入り口もない。

 原理は不明。

 けれど、それを訊ねたところでオクルスは適当に話を逸らしてしまうだろう。

 その彼は、いまだ仮面の上から両手で顔を覆ったままうつむいている。

「ねぇ、私、喉が渇いているんだけど。ジェントルは紅茶も出せないの?」

 注文すると、オクルスは主人にかまってもらえた犬のように顔をあげた。

「気がきかなくて申し訳ない、レディ! 今すぐ、この私が、手ずから紅茶を淹れよう!」

「ミルクと砂糖はいらないから、そのまま出して」

 オクルスは空気を切る音すら聞こえそうな勢いで頷くと、すっくと立ち上がった。足取り軽く部屋の隅へ向かい、棚の前でごそごそやったと思うと、はやくも紅茶の香りがたちのぼる。

「ねぇ」

「なんだいレディ」

「あなた、何者なの?」

 今更なにを訊いているんだ、と私自身も思う。

 もう、この男と出会ってから二週間が経とうとしている。その間、何度も疑問に思っては、口に出さなかった。そんな問いだった。

「レディは自分が何者か、分かっているのかね?」

 不覚にも、どきりとした。

「はぐらかすつもり?」

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