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アルヴァは恐る恐る室内に入って地面に横たわる人を抱きかかえる。
ぬるっとした生暖かい何かが手にまとわりつく感覚があった。
「母さん…しっかりしてくれよ。まだ…向こうに行くには早いだろ…」
アルヴァの声は空しく室内に響く。
アルヴァはゆっくり立ち上がって、外に出ようとする。
「どこに行く気?」
アルヴィンが腕をつかんで制止した。
「決まってんだろ、母さんをこんな目に遭わせたやつを同じ目に遭わせる」
アルヴァの目にははっきりと殺意が浮かんでいた。
それでも、アルヴィンは手を離さない。
話してしまえばどうなるかが容易に想像できたからだ。
アイリスとロイは若干の居心地の悪さを感じていたが、黙って見ていた。
「…はい、ストップ」
聞きなれない女性の声が聞こえる。
四人が室内を見ると、赤色に染まった女性が立っていた。
「「「うわぁぁぁ!」」」
ロイ以外の三人の悲鳴がこだまする。
「そんなに驚かないでよ、びっくりするじゃない」
赤い女性は平然としゃべりだす。
アルヴァとアルヴィンはフラフラと近づいて、赤い女性に触れる。
そこにはしっかりと生の温かさがあった。
「母さん…やっていいことと悪いことがあるよ…」
二人は生きていることが分かって途端に脱力した。
女性は謝ってはいるものの反省している様子はなかった。
「あ~面白かった。で、そこのお二人は?」
女性はアイリスとロイを見る。
「私はアイリスと言います。こっちのロイと二人で旅をしています」
アイリスが自己紹介をすると女性はアイリスの腕をつかんだ。
「若いのに苦労してるのね。こんなに痩せているなんて」
アイリスはなんだか恥ずかしくなってきて、女性の手を振り払った。
そんなアイリスを見て女性は笑い出した。
「急にごめんなさいね。私はデイジー、この二人の母です」
デイジーは朗らかな性格で、人に優しく常に笑顔を見せるような女性だった。
こんな人が迫害されているとは到底思えないほどだった。
「デイジーさんも悪魔の力を持っているのですか?」
アイリスは申し訳なさそうに聞く。
聞いてから後悔した。
この人に力があってもなくても、この人を傷つけてしまう。
デイジーは一瞬だけ暗い顔を見せたが、すぐに戻った。
「私は何も持っていないよ。私も悪魔の力があったら、この子たちの苦しみを分かってあげられるのにね」
アイリスは黙ってしまった。
沈黙が部屋を包む。
「さてと、ご飯にしようか」
アルヴィンは重い空気を換えるためにそう言って台所に向かった。
デイジーもそれに続く。
アイリスとロイとアルヴァが三人で座りながら待つ。
その日の夕食は騒がしく、とても楽しいものだった。
「母さん、その手の怪我どうしたの?」
アルヴァがデイジーの手の甲についた怪我を指さす。
「ああ、ちょっと山を散歩していたら植物の棘に引っかかっちゃって」
デイジーはその怪我をさすりつつ答えた。
「大丈夫ですか?私傷に効く塗り薬持っていますよ?」
アイリスは心配しつつ、袋を探る。
「大丈夫よ。そのうち治るわ」
デイジーはアイリスに笑顔を見せた。

「母さん、話があるんだけど」
食べ終わった夕食の皿を片付けながらアルヴィンが言う。
デイジーは皿の片づけを済ませ、椅子に座る。
アルヴィンとアルヴァはその向かいに座った。
デイジーは微笑みながら二人のほうを向いていたが、二人の真剣な表情に態度を改める。
「僕たち、この人たちと一緒に旅をしたい」
アルヴィンは少し緊張しながらそう告げる。
デイジーは目を細めた。
「この人たちは僕たちの力を知ったうえで誘ってくれた。それに、僕たちはこのままホットヤードにとどまっていたら何も変わらない気がするんだ」
アルヴィンの説得は続く。
デイジーはため息を一つついて二人を見る。
そして一回頷いた。
「分かったわ。確かにあなたたちの言うとおりね。でも、私はまだこの二人のことを知らないから、愛しの息子たちを任せられるか見させてもらってもいいかな」
アルヴァとアルヴィンは横にいた二人を見る。
二人とも力強く頷いた。
「じゃあ明日からやってもらうから今日は家に泊まりなさい」
デイジーはそういうと二人を部屋に案内する。
日中の疲れが来たのか、アイリスはすぐに眠りに落ちた。

深夜
さっきまで夕食を取っていたテーブルに一つの人影。
その人影は静かに酒の入ったコップを傾ける。
「やぁ、デイジー」
ロイが部屋から出てきて、人影に話しかける。
「あら、起きていたの」
デイジーは酒をテーブルに置く。
ロイは黙ってデイジーの向かいに座った。
「ああ、君に聞きたいことがあってね。僕ももらっていいかい?」
ロイはデイジーの酒を指さす。
「だめよ。あなた子供じゃない」
「大丈夫だよ、僕は300年以上生きてる。君よりずっと年上だ」
デイジーは笑ってロイにコップを差し出した。
そのコップに紫色をした液体を注いだ。
「年上に対する礼儀がなってなかったわ。でもこのお酒、人に飲ませるようなものじゃないの。だからこれでいいかしら」
ロイはコップを受け取り、口をつける。
甘さの中にほのかに酸味のきいたジュースだった。
「で、聞きたい事って何かしら」
デイジーはテーブルに肘をつく。
ロイはコップを置いて話し出す。
「君さ、何か隠してるだろ」
「あなたに教えるようなことは全部伝えたわ。あとは人間としてちょっとした隠し事があるくらいよ」
デイジーはロイを見つめる。
「私も聞いていいかしら」
ロイは黙って頷いた。
「あなたたちはどうして旅をしているの?」
「アイリスは世界を見て回りたいから。僕は面白そうだからついてきた」
ロイはジュースを一気に飲み干した。
「それじゃ、おやすみ」
ロイはそういって部屋の中へと入っていった。
デイジーは静かにコップを傾ける。
少しぬるい酒がのどを伝う。
この酒を飲むと嫌なことを忘れられるのに、この温度だとかえって思い出してしまう。
「はぁ…」
酒に映った自分の顔を見て一つため息をついた。

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