激突! 若旦那vsオカン
そこへドアベルをからんからんからんと威勢よく鳴らして入ってきた若者がおります。
「そこまでだよくやったクレルヴォ!」
「若旦那!」
クレルヴォが振り向くまでもなく、床屋の鏡の中には颯爽と立つ美青年。
それは恋の病で床に伏し、余命あと1日もないはずの若様、レミンカ・イネンの姿でございます。
「アンタ誰だい!」
眉の間に皺を寄せて、荒々しく一喝するオカンでございましたが、レミンカ様は相手にもしません。
「クレルヴォ誰だそのババアは」
「ババアとは何だいババアとは! 聞かれたらきちんと名乗んな若造!」
「やかましいお前に名乗る名前なんぞあるか!」
売り言葉に買い言葉で罵り返す若旦那、暗いお部屋で死ぬの生きるの言っていた病人と同一人物とはとても思えません。
「ああ! 何で若旦那が元のキャラに!」
「悪いけど、お兄ちゃんのやることなすこと全部モニターさせてもらったわ!」
クレルヴォの悲鳴に答えるようにやってまいりましたのは、人呼んで「永遠の匠」、妹のイルマ・リネンでございます。
「お前何でここに……」
「発信機と盗聴器、それ」
さっきオカマが外したインカムとバックパック。
音声を拾っては場所を妹に告げていたわけで。
道理でアンテナが生えていたわけでございます。
「何で一瞬で来られたかって聞いてんだよ!」
お忘れかもしれませんが、ここはろんぐたいむあごお、いんなぎゃらくしいふぁあ、ふぁあらうぇい、星と星の間には、神秘の宇宙空間がございます!
ちょっとそこのタバコ屋まで、というわけには参りません。
「それは……」
イルマが口を開きかかったとき、一触即発は相手を変えて発火点を迎えておりました。
「どこのドラ息子か知らないけど、婿に来ないなら娘は渡さないよ!」
「ならば力ずくでも貰っていくぞ!」
傲岸不遜、厚顔無恥、傍若無人、これこそが「不滅の賢者」、ワイナミョ・イネンの息子レミンカ・イネンの本領でございます。
そこでクレルヴォ、大向こうの声を発します。
「よっ! そうこなくっちゃ若旦那!」
がっくりと膝をついたイルマはといえば、どうやら争い事を収めるつもりでおりましたようで。
「……ってそっち? 私はいったい何のために……!」
クレルヴォの声援を受けて若旦那が向き合うオカン、そこで相好を崩します。
和解の兆しが見えたかと思いきや。
「面白い」
こちらにも矛を収める様子はございません。
「アタシをポホヨラの主と知っての狼藉かい!」
すなわちこの品のないそこらのオカンが、ポホヨラの女帝ということになります。
その名もロウヒ。
ポホヨラの母。
どうもちょっと話が違うようでございます。
ポホヨ~ラ~よい~と~こ~いち~ど~はおい~で~
ロウヒ~の母~さ~ま~良いお~ひ~と
あ~こりゃこりゃ……
ちっともよいお人ではございません。
店の隅で震えておりましたオカマの床屋、蚊の鳴くような声をようやく振り絞ります。
「あの、ここはまだこれからお客さんが……」
鼻で笑った若旦那ではございますが、どこまで守られるか分からない安全をきっちり保障だけいたします。
「心配するな、よそでやる!」
表へ出ろとばかりに店から駆けだした若旦那、握りこぶしを一振りいたしますと、手の中の柄からぼうんと伸びましたのは一条のらいとせいばあ。
それを追ってきたロウヒの母様が構えましたのは、どこから取り出したのかフランシスカと呼ばれる手斧。
かつては海の戦人が手にしていたものでございますが、これもぼんやりと光を放っております。
斧の刃が熱を持っておりまして、厚い鋼鉄の板でもバターを切るように真っ二つにいたします。
「行くよ若造、キュリッキが欲しけりゃ力ずくで取っていきな!」
打ちかかる斧を軽くかわした若旦那、軽口叩いて光の刃を一閃させます。
「へえ、あのお嬢さん、キュリッキとはまたいい名だ」
「親が苦労してつけた名前を気安く呼ぶんじゃないよ!」
こんどはかわしきれず、中高年の斧を刃でしっかと受け止めた若旦那、あろうことかパワー負けして地面に転がりました。