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娼婦

 透明なシャワーの水が、女の体を滑り落ちる。

 琥珀色の滑らかにウェーブした髪が肩甲骨の辺りで、優雅な筆先で描かれたカールを形作る。
 真っ白なつやめく肌に、わずかに赤みがかる。
 奇麗に整えられた爪、細い指先。両手が窪んだ鎖骨から隆起した胸、くびれたお腹から腰、ふくよかなお尻へと流れる。
 痩せてもいず太ってもいない、非の打ち所の無いスタイル。

 クガクレ アマコは、美しい女。美しい娼婦だった。

 ビルトインで空調設備も完備された広いバスルームから出ると、覆いを被せた姿見の前を通り、部屋に用意されてあった高級ガウンを羽織る。

 濡れた髪をドライヤーで乾かしながら、考えるでもなく…また思う。

 (あ~あ、砂色の髪、砂漠のような嫌な色)

 髪を整え終えると次はベッドに向かい、無臭の高保湿クリームを細い脚から全身に塗っていく。それはメイドが先ほど運んできてくれた、持参した荷物から出したもの。

 (あ~あ、また皺、皺。どんだけ抗っても……どんどん醜くなっていく)

 化粧台の前に座る。映る鏡は無い。顔全体にまた別の無臭の保湿クリームを丁寧に塗り……溜息。

 (あ~あ、恐ろしく……醜い)

 女は最後に、リップを付け、瞳を閉じた。


 アマコは入浴後に行ういつもの習慣を済ませ、柔らかなベッドに入ると電気を消した。そして彼女は心地良い闇の中で考える。

 (謎の招待状の送り主。こんな手の込んだお出迎えをしておきながら、いまだに現れない……。ほんとに超能力者クラブなんか作って影のスポンサーにでもなる気かしら? 真の目的はなんなの? 分からない……でもまぁ……ただ、私を抱きたいだけじゃなさそう……)

 耳に残る、姿を見せず奇妙な声だけのホストの挨拶。

 (あなたのおっしゃる通り、確かに私は孤独。……ただそれは…………能力の為なのか……そうじゃない、そうじゃない気がする、私の場合は…………)

 晩餐会にてテーブルを囲み揃った奇妙な招待客の面々を思い浮かべる。

 (能力者たち…………私と同じ? ですって!?………………うふふ……あの子、あの力は凄いわ。探偵やマジシャンのように、ただ天才的に頭がキレるなんて言う範疇じゃあない。想像外、常識外の能力だった…………私と同じ匂いがする少年)

 カーテン越しの微かな闇明かりで、うっすらと天井が見える。彼女の暮らすマンションのそれより遥かに高く美しい天井。
 ここは、謎のホスト、シラヌイの大邸宅、その招待客に用意された個室。

 (彼らも今、こんな感じで思いを巡らしているのかしら。いいわ……とりあえずは一週間、平穏無事に、この可笑しなバカンスを楽しみお金を貰えれば、それでいい…………)


 食事の後、執事のクロミズから客室の鍵を受け取った。
 
 屋敷の2階と3階に6室ずつ分かれ、合計で12ある部屋。
 12の客間には12星座の名が付き、建物を入り口正面から見て3階の左上から、おひつじ座の間、おうし座、ふたご座と続く。正面ホールを挟み同3階の右側に移り、かに座の間、しし座、おとめ座。
 同じ法則で2階部分の部屋も、てんびん座の間、さそり座、いて座。中央を過ぎ、やぎ座、みずがめ座、うお座となる。

 つまりこの館は、1階は玄関ラウンジ、食堂など共有空間と、それに付随する部屋で占められており、2階3階は全室が招待客用。建物の地上部分は、すべてゲストの為の場所と言ってよい造りになっている。

 「地下には、なるべくお立ち入りなさらないで下さい。絶対禁止とまでは言いませんが……ご主人の部屋をはじめプライベートスペースとなっていますので」
 執事はそう言ってから、以下の説明を加えた。

 地下中央に主の寝室と部屋があり、他に書斎、食料貯蔵庫、ワイン庫、メイドの寝室があるのだと。


 執事の差し出したキートレイに整然と並ぶ鍵。それぞれには部屋の名前を模したマークと飾りがついていた。
 先に島に到着し、すでに部屋を決めていたモリヤとドクター以外が、思い思いの部屋の鍵を選んだ。

 モリヤは3階のふたご座の間を、ドクターは2階の右端、うお座の間を選んでいた。

 執事によると、部屋の広さや設備に差は無く、少し間取りが違う程度だという事で別段もめる事もなく部屋割りが決まっていく。

 2階のさそり座の間にスリング婦人、やぎ座の間に初老のカメラマン、オオツ。階段を多く上らなくていいからという訳ではないだろうが、結果、この時すぐ上の2階を選んだのは、招待客の中では年を召した二人だけに。

 3階の左端、おひつじ座の間に大人しい青年。
 右側に探偵と少年、クガクレ嬢が、それぞれ、かに座、しし座、おとめ座の間。

 自分から率先して意思を示し決めたのは
 「おいらはカッコいいから、このライオンの飾り付き、しし座にする」と言って鍵を取った、サイキックの少年、ロクロウぐらいだった。

 アマコは食後のこの鍵選びを思い出しながら
 (私は、おとめ座。ふふっなんとなく覚えやすいかなと思っただけだけど)


 3階の部屋に泊まることになった客たちは、同じようなタイミングで階段を上がり、それぞれ室内に入って行った。

 彼女はベッドの中で寝返り、体を横向けた。
 (隣は子供か……。…………そういえば、あの探偵、ドアを閉めるのがちょっと遅かった……、一瞬、私を部屋に誘っているのかと……思ったけど……只の癖? 気のせいね)

 部屋に入るとすぐに鍵をかける、そんな習慣が体に滲みこむ都会の生活を送っていた一人暮らしの女性の感覚から来るズレだろうか。

 (あ~あ、気にしすぎ。まだまだ分からない事だらけ、緊張するのも仕方ないけど……これじゃあもたない。……大丈夫……いざとなれば、お金をあきらめ帰れる……の……だから)


 彼女は客室に上がるタイミングで、去り際の執事に聞いた。
 「あの…執事さん。もし途中でリタイアしたい場合は……」

 彼は心底驚いたような表情で
 「? 島を出たいという事でしょうか? お金を受け取らずに? ……え~でしたらば……その場合は、前もってわたくしに言って下されば、翌日以降にはなってしまいますが船を呼び寄せることができます」

 「い、いえ、帰ると決めたわけじゃないけど、一応聞いておきたくて……そうなの……ありがとう、分かったわ」
 少し安心した笑みを見せ彼女そう言った。

 執事は丁寧なお辞儀をして離れていく。これが彼女が見た最後のクロミズの後姿。


 (私ならできる……きっと…………今日はもう寝よう)

 徐々に彼女の脳を緩やかな眠りの波が覆う。

 (そう…ね……最初に……探るのは)

 睡魔に抱かれる最後、彼女の脳裏に過ぎるのは探偵マーヴェルの澄んだダークブルーの瞳だった。



 薄明りで照らされた廊下をひっそりと歩く人影が、とある客室のドアの前で止まる。左右に顔を振り、誰もいないことを確かめしゃがむ。

 扉の下の僅かな隙間から、一枚の紙きれが差し込まれた。

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