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 どちらも似たような壁と扉が並んでいる。部屋のない方は窓になっていて外が見えるが、わずかな敷地を挟んだ向こうには外壁と、上から突き出すような木々の先があるだけだ。

 迷った末、十三番はこの神殿に辿りついたときの記憶をさかのぼり、ひとまず階段のある方へ向かう。

 そして、歩き始めてから思い至る。

 ──息苦しくない。

 残された記憶によれば、この廊下を進んでいるときは、意識して呼吸しても苦しくなるほどだったはずだ。

 流動を拒んでいたようだった空気は、侵入者を拒絶していただけだったのだろうか。

 角を曲がってしばらく進むと、記憶の通りに階段があった。下りた先にある広間も、記憶通り。

 ただし、明るい広間のあちこちにある白い落書きは、薄暗い記憶の中には確認できなかった。

 魔術や象徴を含んだ内容を見るに、【世界】が石灰石で書いたものだろうか。

 床や壁を問わず、備忘録のように残された文字を避けて十三番が歩いていると、特徴的な薬草の香りが漂ってきた。門扉がある方とは反対、建物の奥に当たる方向から。

 間に立ちふさがる扉に、十三番は数瞬ためらってから、諦めて背負った鎌に意識を集中した。

 刃は風の象徴。

 象徴に合わせて意思を研ぎ澄まし、風を操って扉を開く。

 ただそれだけに手間取るのは、ここまで精密な魔術の使い方など十三番の記憶には残されていないからだ。

 腕の使い方も覚えていないのに、腕のない生活に必要な技術は習得できていない。

 もどかしさを感じながら、十三番はわずかに開いた扉を肩で押す。

 室内に向かうかと思われていたが、先に広がっていたのは中庭だった。

 薄暗い廊下の壁は、腰までの高さしかない。ほとんど外にいるような造りで、薄く漂うだけだった薬草の香りも強くなる。

 陽光が照らす中庭の芝の上で、深紅色のローブが揺れている。

「【世界】の話は終わったのですか?」

 ニコラは振り向きざま、十三番へ視線を向ける前に口を開いた。

 十三番は体で押して扉を閉め、肯定してからニコラの元へ向かう。

 昼過ぎの陽光は思いのほか強く、灰色が視界を占めていた室内との明暗差に目を細める。隅には柱に支えられた小さな屋根とベンチで構成された東屋や、ハーブ類が植えられているらしい一角まである中庭は、神殿の中心部を四角く抜いたような位置にあるらしかった。

 光に慣れたころに十三番が目を開くと、ニコラの足元には衣服や芝とは違う色彩があった。

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