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憲治罠に嵌る

 別室でと老執事に促され、憲治は工具箱を持ったままついて行く。
「私の部屋はこちらになりますので。こちらで採寸をお願いいたします」
 そう言われ、憲治は首にメジャーをかける。次の瞬間、老執事の服にほつれを見つけた。
「ほつれがありますよ。直しますか?」
 珍しいと思いながらも声をかける。
「これは失礼しました。ありがとうございます」
 その言葉と共に憲治は上着を受け取った。

 ほつれを直し終わり、採寸しようとした瞬間。
 老執事が憲治の工具箱を持っていた。
「返していただけませんか?」
「それほど、この箱が大事ですかな?」
「当然でしょう」
 老執事に気圧されながらも、憲治は何とかそう答えた。
「ならば、その時計のねじを回して欲しいのですが」
「俺の仕事に関係ありますか?」
「大有りでしょう。あなたの顔が全てですよ。私がこれを取り上げたのは、あなたが怖くなったからだと言えば、たいていの人は信じますからな」
 舌打ちしたいのをこらえて、憲治は鍵を受け取った。

 ねじを回し終わると、急に時計が動き出した。
「……合格、ですな」
「は?」
「それではいい旅を。あなたの大事なこの仕事道具は返って(、、、)来れたらお渡しします。鍵だけはなくさないように」

 次の瞬間、老執事は身体に見合わぬ力で憲治を時計の方に突き飛ばしてきた。

 その時、しっかりと憲治は仕事道具を掴んだ。


「……返ってくるための鍵よりも道具が大事だとは。……まぁ、よろしいでしょう。これからが楽しみですな」


 少しずつこの世界の住人から、憲治の記憶は消えつつあった。

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