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僕の手紙の結び

 で、その夜のことです。
 町内会長さんがやってきて、丁重なお礼を言って帰られましたが、それは別にたいしたことではありません。
 理子さんの所にも行かれたと思いますが、どんな様子でしたか?
 その後、いつものようにお互いに正座して、僕と向かい合った父は「やっちまったな」の一言と共に苦笑いしました。
 こんなことにはもう、慣れっこになっていた僕はさっさと荷造りにかかりました。夜逃げ同様の引っ越しが始まったのです。
 夜中に部屋の片づけをしていると、窓ガラスがこつんと鳴りました。何事かと思って近寄ってみると、家の前をうろうろしている小柄な影が見えます。慌てて玄関から出てみると、少し離れたところに豹真が立っていました。
 たいへんに迷惑でした。夜が明ければ、新学期前の出校日です。朝いちばんで入学辞退を届け出て、町を出て行かなければなりません。
 ちょいちょいと差し招くと、豹真があの不機嫌な態度まるだしで歩み寄ってくるなり、「俺、出ていくから」と言いました。
 余りに唐突なことなので、さっぱり訳が分かりませんでした。近所の人に聞かれたくないので、小声で問い返さなくてはなりません。
「家出?」
 そうじゃねえよ、と吐き捨てるように言った豹真は、「町を出るんだ」と真顔で言いました。
 やっぱり訳が分かりません。あの春の嵐で、僕たちの勝負はどっちが勝ったとも言えない状況になったからです。
「何で? 君の方が早かっただろ?」
 実際に、僕や理子さんの衣装は燃え上がる寸前でした。しかし、豹真は納得していなかったらしいのです。
「あの雨でパアになったろうが」
 確かに、町内会長さんの話では、火事のカの字も出ませんでした。
「でも、そんなこと言ったら僕だって」
 雷は避雷針に逸れてしまったのです。豹真に勝ったとは言えません。それでも、豹真は自分の勝ちを主張するほど図々しくはありませんでした。
「別にジャッジがいるわけじゃないだろ」
 そういうものらしいのです、言霊使いの関係は。掟はありますが、それは信頼関係の支えに過ぎないのでしょう、たぶん。
 豹真は口元を歪めて笑いました。
「バカはどれだけ傷ついても仕方がない」
 おい、と言い返そうとしましたが、続く言葉で遮られました。
「じゃあな。刀根理子とうまくやれよ。他の男に取られんな」
 そう言い残すなり、豹真は走り去って、それっきりです。僕は次の朝、父と共に四十万町を去りました。
 さて、長々と書きましたが、幼稚ないわゆる中二病の絵空事と思っていただいたほうが気が楽です。
 お互い、そういうことにしておいたほうがいいのかもしれません。
 最後に、改めてお手紙のお礼を申し上げます。
 まさか、豹真がお節介を焼いていたとは思いませんでしたが、それにしても電光石火の早業でしたね、理子さん。
 すぐに手紙をしたため、勿来高校に先回りするとは……。
 事務の方もシャレの分かる人だったようです。
 学校紹介パンフレットにラブレターを仕込んでくれなどという頼みをこっそり聞いてくれたのは、理子さんが旧家の娘で高校の理事の娘だったからでしょう。
 さて、手紙を読んで目を疑ったのは、僕たちとは別の力を持つ人たちが、わずか数日とはいえ、すぐ身近にいたということ。
 お母様が厳しい方なのも無理はないと思います。素質を見出せばこそ、事故や間違いが起こらないよう大切になさっているのでしょう。どうぞお母さまと仲良くなさってください。
 今年は受験の年です。大きなことが言える立場ではありませんが、理子さんの願いが叶うことを、同じ空の下で祈っております。
                                  敬具

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