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第十一話:ドラゴンを飼うメリット①

「いらっしゃいませ」

 愛想のいい軽めの声とは裏腹にほの暗い店内。初めて入る店の中をぐるりと見渡す。
 それほど広くない店内に所狭しと並ぶ棚。その棚に整然と並べられた箱。
 中にはミミズのような尻尾やら乾かした葉っぱやら、魚の鱗のようなものやら、よくわからない物体が入れられており、それぞれに値札が付けられている。

 朱里を洗い終えて、俺が向かったのは街の片隅に存在する素材屋だった。
 素材屋と言うのは、魔術やら何やらに使うアイテムを取り扱っている店だ。買うだけでなく売る事もでき、それが危険な地域を探索する事で貴重な素材を手に入れやすい冒険者の収入源の一つになっている。
 俺の住む街はそれほど大きくないので一店舗しか存在しないが、人の多い王都などでは無数の店舗が立ち並び苛烈な価格競争が行われているらしい。

 幻獣種の鱗やら尻尾やらの生体素材はその中でも高額なものだ。
 俺がわざわざそこを訪れたのは、朱里から剥がれた鱗が売れるかどうか確かめるためだった。カヤの家でも売れるだろうが、多分カヤは今、店舗に出ているので、わざわざこんな日まで会う事はないだろう。

 朱里は家においてきた。無論、檻の中である。
 最近の朱里はドアを開けることを覚えてしまったのでそのまま放置するとついてきてしまうのだ。悲しそうな眼をしていたが、カヤならばともかく俺はなんとも思わない。

 港町だけあって、魚系の幻獣素材が多いのか、店舗の中は若干生くさい。どこか乱雑とした雰囲気があるのもカヤの実家の店とは異なる所だ。
 素材屋があるのは知っていたが、入るのは初めてだった。きょろきょろ辺りを見渡しながら、カウンターに向かう。

 カウンターに立っているのは、店の雰囲気に似つわかしくない明るい髪色をした女だった。癖のある茶色の髪から突き出したやや長く尖った耳は純粋な人ではない証だ。
 王国の人口比は純人族の比率が最も多い。カヤも俺も純人だが、時たまこうした亜人と出会うこともある。見分ける手段は耳である。エルフならば長は長いし、獣人系ならば耳のついている部分が違ったりする。今回の場合はエルフ程に耳が長くないし、身長が低いのでドワーフ系の亜人だろう。

 見た目、俺よりも低い年齢に見える少女。恐らく台の上に乗っているのだろう、並んだら頭二つ分くらい身長が低そうである。
 くりっとしたブラウンの眼。にこにこしているので印象がいい。この店の看板娘なのかもしれない。俺はカヤの方がいいけど。

 昔は亜人に対する差別なども行われていたらしいが王国では現在亜人に対する差別は禁止されている。
 俺も特にドワーフに対して偏見があるわけでもないので、そのままカウンターに近づくと、その上に朱里から剥がれた鱗を置いた。

 店員がそれを見て、目を丸くする。俺を見上げ、すぐにカウンターの鱗に視線を戻し、また俺を見上げた。

「お兄さん、素材の売却ですか?」

「売れるかどうかだけ確認して欲しいんですが」

「はーい」

 店員が身長にしては大きく盛り上がった胸ポケットからルーペとピンセットを取り出す。ピンセットで丁寧に朱里の鱗を掴み上げる、ルーペをそれに近づけた。
 幻獣種の生体素材を扱うには鑑定士の資格が必要だと聞いたことがある。看板娘だと思ったら鑑定士だったのか……。

 真剣な表情で観察する鑑定士をぼぉっと見つめる。癖っ毛もまたドワーフの一般的なイメージである。きっとドワーフだ。多分ドワーフだ。詳しくないから余りわからないけど……。

 店員が俺の視線に気づいたのか、ふと上目遣いで尋ねる。
 看板娘で鑑定士とか、なんかお得感がある。ドワーフは老化速度が人よりも緩やからしいが、多分オーナーではないと思う。

「……お兄さん、冒険者?」

「……いや」

「だよねー。全然見えないもん」

 馴れ馴れしく失礼なことを言うと、あははと笑った。なんで店員がタメ口で俺が敬語なんだよ、こら。

 観察を負えると、店員が片手でカウンターの下からどでかい計りのような物を取り出し、カウンターにどかんと置く。普通の計りと異なるのは、目盛りのある場所のすぐ下に透明な水晶がはめ込まれている所だ。

 物々しいそれに若干引く俺に、店員が説明を始めた。説明しながらも、店員の眼がきらきらと光っている。

「属性と魔力の数値を計るカウンターだよ。お兄さん、これは純竜種の逆鱗だ。とても珍しい物だ」

「逆鱗……」

「竜種一体につき、一枚だけ存在する鱗だよ。竜種の鱗にはそもそも強力な魔力が宿るけど、逆鱗に宿る魔力はその比じゃない。最も、これは幼生竜の鱗だからそんな強力でもないけど、それでもかなり珍しい」

 逆鱗……取れたんだが? たわしで擦ったら取れたんだが?
 俺の心中も知らず、店員がにこにこと笑う。さっきから笑ってばかりで疲れないんだろうか。

「しかも、傷がない。逆鱗は竜の大きな弱点としても知られていて、冒険者が竜を倒そうとしたらまずそれを狙うし、竜の側もそれを知ってるからそこを護る。傷のない逆鱗はとても貴重だ」

 別に俺は講釈を聞きに来たわけじゃない。売れるかどうか聞きにききにきたのだ。
 興味もあまりない。

「高く売れますか?」

「それを今から計る。竜の鱗は内包する属性値と魔力値によって大きく値段が上下するから……でも、期待していいと思うよ?」

「じゃー測ってください」

 店員の言うとおり、随分と珍しいものなのだろう。興奮したような口調はマニアが自分の得意分野について語る時のそれに似ている。テンションの差に付いていけない。
 店員は興味なさげな俺にちょっと表情を曇らせたが、すぐに浮かれたような動作でその鱗を計りに乗せた。

 目盛りの針がぐいーっと半分ちょっとくらいの所まで大きく動く。同時に、水晶が薄紅に輝いた。

 店員の瞳、ブラウンの虹彩もまた水晶の光を反射して輝く。

「悪くない。かなり強力な竜の鱗だ。お兄さん、すーぱーらっきーだよ」

「ほう」

 それはそれは……たわしでごしごしした甲斐があったもんだ。
 店員がまるでそれを自分の手柄だと言わんばかりに胸を張って言った。俺の眼は鱗よりも身長と比較してけっこう大きい胸の方に引き寄せられた。

「魔力値550MPで属性値は獄炎だよ」

「……属性は……今なんて?」

「獄炎だ」

「それは……ただの火となんか違うんですか?」

 店員が呆れたようにため息をつく。客に対する態度じゃないよなぁ、これ。
 人差し指を立て、いらいらさせる動作で俺に説教をかましてきた。 

「炎の上位属性だ。段階で言うと三つ隔たりがある」

 全然わからない。そもそも俺は冒険者でもなければ魔術師でもないのだ。ただの一般人である。今はドラゴンブリーダーみたいになってるけど。
 詳しく説明を始めようとする店員の言葉を遮る。マニアに語らせると長いだろう。

 ちょっと考え、個人的な解釈を述べる。

「それはつまり……(レッド)深紅(クリムゾン・レッド)の違い、みたいなもんですかね?」

「その認識であってるよ! やるじゃないか!」

 適当に言ったのに合ってしまった。もしかしてその二つの違いがわからない俺がおかしいのだろうか?
 うんうんと頷き、店員が今まで以上に慎重な手つきで鱗をカウンターに下ろした。

「一応、お兄さん知らないと思うから説明しておくけど、竜の鱗は盾にも剣にも魔道具の類にも使えるし物によっては薬にもなる。今回は鱗一枚だから盾と剣にするには少ないかもしれないけど、武器や防具の類に属性値を付与するには十分だ」

「へー、そうですか」

 興味ねぇ。

「特に獄炎属性の幻獣は数が少なくて、希少価値もそれなりに高い。強力な魔力の塊だから、これをベースにペンダントとか作れば持ち主に攻撃魔法に対する高い耐性を与える魔道具にする事もできる。うちに売るなら――これくらいかな」

 店員が指を三本立てる。いくらなのかわからないけど、足元見てるんじゃないだろうな。
 とりあえず予想よりもかなり下めの値段を言ってみる。この店員はかなり失礼だがそれなりに信用できそうだ。

「……三万?」

「……まさか。お兄さんさ、竜種の生体素材の値段知らないの?」

「三十万?」

 エサ代に換算すると一月持つくらいの価格だ。定期的に取れるのならばいい収入源になるだろう。
 だが、俺の予想に反して店員はふるふると首を横に振った。

「まさか三百万ですか? ……流石に三千とかじゃないと思うけど…‥」

「三千万だよ! 三・千・万ッ!」

 店員がばんばんカウンターを叩く。まだ出したままだった計りがぐらぐらと揺れる。
 三千万……マジか……。

 しげしげとカウンターの上の鱗を観察する。手の平に乗るくらいの大きさの鱗。この鱗一枚で三千万……十数枚で俺の当てた宝くじと同じくらいの金になるんだが?

 余りに現実感のない額に思わず額を押さえる俺に、店員が呆れたようにため息をついた。

「もちろん、この値段は逆鱗だからだよ。普通の鱗なら――状態にも寄るけど、一枚十万とかかな」

「普通の鱗でもけっこう高いんですね」

 もしかしてドラゴンの飼育っていい商売なのだろうか?

 店員がガタンと音を立て、ジト目で俺を見上げる。まるで俺の考えでも読んだかのように言う。

「言っておくけど、養殖ドラゴンじゃ駄目だよ。養殖ドラゴンは食用するためにだいぶ劣化してるから、素材としての格が落ちる。素材屋の中では養殖ドラゴンは亜竜種として位置づけられてるくらい違う」

 そううまくは行かないか。そういう意味で、今回はラッキーだと言えよう。
 逆鱗は一枚しかないらしいのでもう手に入らないかもしれないが、ある程度養育費の足しにはなりそうだ。もしかしたら普通の鱗も剥がれるかもしれないし……これから定期的にたわしで擦るか。

 店員が身を乗り出し、ぐいと至近距離に近づく。急な動きにどきっとする。
 息が掛かりそうなくらい至近から見える丹精な容貌。
 なんだかんだこの店員は、看板娘と勘違いしてしまうくらいに可愛らしい。状況が状況ならぐらっと来ることもあるだろう。

 そして、まるで秘密でも交わすかのように声を潜めて囁く。

「でさ、お兄さん。この鱗――どこで見つけたの? 新鮮なものだし……冒険者じゃないなら偶然拾ったとか? 骨とか牙とか他にもなかったの?」

「骨と牙か……絞めれば手に入りますけど……」

 さすがに慕ってくる朱里を絞めるのはちょっと罪悪感があるな。

 俺の言葉に、店員が眼をぱちぱちさせて俺をじっと見つめる。

「絞める……?」

「いや、絞めませんけど?」

 カヤに怒られてしまう。

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