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抒情詩 8

 瞬く星空、蒼白とした月明かりが幻想的な今を創り出している。
 まるで穏やかな木漏れ日が降るようだ。

 冬の寒さを和ませる人肌に頬をよせた。
 忘れていた穏やかさに松島は思わず目を閉じた。
 眠りの影に、懐かしい少年を見つけた。

 疎まれることに意味などない。
 覆い被さった真崎の身体が冷えていく。
 広がり消えた彼方、今を隔てた街灯の明かるさが月明かりにさえ思えてくる。
 寝返りを打つたびに目を覚ました。
 落ち着かない安らぎがある。

 木枯らしに揺れる紫煙が嫌に沁みる。
 眠るには惜しいまでの時間だ。
 ベランダから覗く街並みは今まで由紀恵になにを話しかけてきた。
 白む空が松島の眠りを誘う。


     *



 髪を一つに束ねた由紀恵に送り出された気分は清々しいものだ。
 乱雑にフォークを握った和也はまだ朝食の続きを楽しんでいる。
 いつもの店での待ち合わせ、
 決まって遅刻をするのが小木だ。
 なにか言いたげな和也はメニューを見ては話しかてくる。
 嫌な笑いだ。
「鬼が来るぜ」
 着替えをすませていない松島を和也は茶化す。
 背後から声がした。
「あら、お疲れのようね」
 嫌な笑いは和也だけではなかった。
 松島は思わずメニューを開いた。
「甘い卵焼きに、変に凝った食卓、色々あったよ」
「嬉しかっただろう?」
 松島が手にしたメニューを和也が奪いとった。
「どうせ、黙々食ってたんだろう? 旨いって言ってやれよ。喜ぶぜ」
「分かってるさ」
「本当かしらね?」
 小木が手を上げる。いつもと変わらない朝だ。毎日同じメニューを小木は飽きることがない。
 松島はコーヒーだけを頼んだ。
 ぼんやり、行きかう人波を眺める。
 幸せそうに見えるほど寂しいことはない。不幸を独り、背負いきるにも限界があった。
 頬杖をついた和也と松島は目があった。
「依頼者と会ってくるよ」
 今を踏み止まることに執着はない。
 過ぎてしまった月日を振り返ることもなかった。ただ漠然と過ぎていった月日だけがある。

 松島は和也から受け取った写真を手に、地域包括支援センターに向かった。

 高齢者が何らかの虐待を受けた場合、特別養護老人ホームに措置されることになっていた。養護を目的とした施設は特別養護老人ホームに限られる。

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