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幼馴染な姉と弟と借金

 翌日。昼過ぎに目覚めたシェイラとベルグは、レオノーラの下へと足を運んでいた。
 教員室にいたレオノーラも、起きてまだ間がないようで、少しぼうっとした表情を残している。
 シェイラは教官の机に設けられた椅子に腰を下ろすと、恐る恐る口を……昨晩ベルグに話した、自分の次の“目標”――近い将来の“夢”を述べ始めた。
 “生徒”の進路相談に、嬉しそうな顔をしていたレオノーラであったが、次第に難しく神妙な面持ちへと変わってゆく。

「――私は、賛同できんな」

 全て言い終わると同時に、レオノーラはじっとシェイラの目を見つめ、静かに告げる。
 シェイラは案の定と言った様子で口を紡ぎ、伏し目がちに『はい……』と返事をした。

「志は立派であり、褒められるべきものだ。
 しかし……言葉の中に、いかにも片手間で考えたような、()()()()さが垣間見られた。
 誇らしく思う目標であるが、ぼんやりとしたまま歩めば、必ずどこかでつまづくだろう。
 それを己の道と決定するには、少し早計ではないか?」
「……はい」

 重い表情のシェイラを見かね、ベルグは静かに口を開いた。

「レオノーラ。俺が口を挟むべきではないが、その瞬間の閃きが功を制す時もある――。
 これまでも、シェイラのそれに幾度か助けられてきたのだ。
 頭ごなしに否定を示すのは、可能性を奪う事に繋がりかねないと、俺は思うのだが」
「……分かっております。シェイラの、“裁断者”の“選択”の重さも、私は重々理解しているつもりです。
 ……ですが、ここは素人を教え・鍛え・送り出す“訓練場”であります。」

 レオノーラはしばらく目を瞑った。
 そして、ゆっくりと“闘う者”の目を開いてゆく。

「言わば、ここは私の“戦場”であり、私が“守護”する地――。
 厳しい言葉になってしまいますが、シェイラが“教官”になりたいと夢を語れど、素人が素人を教えるような、生半可な覚悟で挑まれては困るのです」

 シェイラの新たな“夢”――それは、ここの“訓練場”の“教官”になる事であった。
 以前までのコッパーの訓練場も、悪徳教官によって夢を潰され涙を呑み続けて来た。
 今回は、存亡の危機に瀕しているからではなく、夢や希望を胸に抱く者の力になりたいとの想いからであった。
 ここの卒業生でもあり、先輩でもあるエルマ・フィール……前・“裁断者”も訓練場に通っている時が一番楽しく、冒険者になる夢があったはずだ。
 それが“使命”よって奪われ、夢を諦め、全幅の信頼をおける仲間まで失った――。
 これまでの彼女であれば、駄目だと言われた時点で諦めていただろう。

「……まだ漠然とした物で、明日には諦めているかもしれないほどかもしれません。
 ですが、私は……誰もが、“夢”や“希望”を諦めるような“選択”を、とって欲しくないのですっ」

 しかし、今のシェイラは違う。これまで辿って来た道が、彼女に揺るぎない使命と責任感を与え、成長させていた。
 レオノーラが難色を示すのも当然であり、シェイラもそれは重々理解している。
 彼女は訓練と言うよりは、導きたかった。道を踏み外さず、正き歩みを行えるように……それには“夫”の目的でもある、幼い子供たちにも字を教えたりする事も含まれていた。

 もし――彼女が考えている通りであれば、過去の“裁きを下す者”が何かを目論み、“死後の裁判”を受けさせるために、我々を地上で訓練しているのならば……それを酌量させるための生き方も教えられるのではないか。一人ではほど遠いが、“生徒”がそれを広めてくれるのではないか、と――。

「うぅむ……」

 シェイラの言葉に、レオノーラ顔は更に難しい物となった。
 しかし、“教官”としても“守護者”としても、その首を縦には降れないようだ。
 やはり、甘い考えだった……と、シェイラは恥ずかしさからか、キュッと唇を噛んだ、

「――ならば、“導く者”がそうして簡単に、“夢”を諦めてはならんだろう」
「え……?」
「私は言葉を並べ立てるだけで、行動を伴わない奴は嫌いだ。
 認めはしないが、心意気だけは買おう。……明日からの訓練、覚悟しておくようにな」
「はっ、はいっ――!!」

 だがシェイラは“裁断者”――その“選択”の重さは本人はもちろん、周りの者も熟知している。
 シェイラの目には多少なりとも、熱意と意志も垣間見られたため、レオノーラは『“夢”に向けての訓練を乗り越えれば、意志を見せれば考える』との条件を出したのだ。
 ベルグは腕を組み『うむ……』と一つ頷いた頃、ふいに教官室の扉をカリカリと掻く音が鳴った。

「む、誰だ?」

 ベルグがその扉を開くと、黒い中型の犬が座っていた。
 その顔はどこか困ったような表情で、クゥーン……と弱々しい鳴き声をあげている。

「黒犬のっ! 随分と久しぶりだが、これまで何を――。
 うむうむ……何、“裁きの間”に? ふむふむ……あれが送料をケチっただと!?」

 黒犬の宅配便は、前金で運賃を払わなければ真面目に運送しない。
 シェイラの借金騒動からしばらく、“裁きの間”に召喚され、“声の主”より書類を送り届けるよう指示されたと言う。
 ……しかし、送料どころか、その半分にも満たない料金しか渡されなかった。抗議の目を向ければ、逆に叱られたらしい。
 黒犬は当然これに猛反発した。ふて腐れ、ストライキを起こしていたのだが、先ほどまた呼び出され、“声の主”に散々怒られた……と述べた。
 寂しげな鳴き声をあげるが、その目は『誰でもいいから金払え』と怒りに満ちている。
 二人は持ち合わせのなかったため、代わりにレオノーラが立て替えると、黒犬は溜息を吐きながら部屋を後にしてゆく。

「一体何を……宛先は【シェイラ・トラル】……むぅ」
「わ、私あて? もしかして……」
「かも、しれん……出頭願いか? いやそれなら、昨日の時に言っているはずだ。
 あのような、怠慢な奴が今更何を――シェイラ、とりあえず読んでみろ」
「う、うん……」

 シェイラの手が震え、三本線の印が入った封蝋がなかなか剥せずにいた。
 ガサガサと音を立て、魔法紙に書き込まれた文字に目を落とすと――

「え……?」

 呆然と立ちすくむシェイラの手から、書状がすり落ちた。
 ベルグは血相を変え、慌てて拾い上げたそれを確認すると――

【裁きの間 守護像(ガーディアン)の弁償通知書】
【あなたが『これでもか!』と言うほど破壊した、守護像(ガーディアン)は“裁きの間”を護る大切な存在でした。いくら将来的に別の者が守護すると言えど、ゆくゆくはその者が使役する事にもなりますし、それがやって来るまで持たせねばならないものであります】
【よって――以下の弁償代金を、()()()()()()()お支払い下さい】
【弁償代金  大判金貨 2,000-(税別)】
【※修理費用申請が蹴られたので、出来れば速やかにお支払いいただきますよう――】

 この内容に、ベルグも口をあんぐりと開いたまま、呆然と立ち尽くすしかなかった。

 ・
 ・
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 その夕方、宿屋のテーブルの上にその手紙が置かれ、そこに居るカートやローズ、そしてテアまでもが、微妙な顔と視線をシェイラに向けていた。

「紙はホンモノ……れっきとした請求……いえ、借用書よこれ」
「あ、あうう、何でまた借金を……」
「人殺しより、石像殺しのが罪重いってのかよ……」
「まぁ、別の手紙には『人を殺めたと言えど、あれはモンスターの以下の所業。それと変わらぬため、“血の罪”は問わぬ』とあるしな……」

 “声の主”が言った、『勘違いをしている』とはこの事であったようだ。
 同封されていた別の手紙には、シェイラに多額の借金を背負わせ、苦しめ続けたスポイラー殺害に関しては罪は問わないと記されている。
 多くの女が涙し、その命を絶った――誰もが“罰”を望んだ結果であり、無罪を告げた上でのそれであったので、“声の主”は形式に則って連行しただけに過ぎない。
 “声の主”は事情を汲んでいた。……が、石像を破壊した“器物破損”の罪は、別の問題であるようだ。

「初めて会った時から見えてましたが、金難に見舞われますね。やはり。
 ()銭すら身につかない体質と申しますか――いやぁ、悪()苦闘ですね」
「……アンタ、楽しんでるでしょ?」
「他人事であれば、何でも甘く楽しい物なのですよ」

 第三者のテアは、艶のある口元を緩め、実に楽しそうにしている。
 しかし、借金を返したかと思えば、また借金……シェイラは、再びどん底に落ちていた。
 大判金貨が二千枚と言えば、一生遊んで暮らせるような額だ。そのようなものを得るアテなぞ……と彼女は考えた時、ある物を思いだした。

「そ、そうだ! “金獅子”が――」
「あーあれ、国に渡しちゃってるじゃない」
()()が与り知れない物だし。手元にはねェな、あー実に残念だ」
「嘘よっ!?」
「あまり世間に広まってはならない物ですし、エルフからすれば広まってほしくもないですし。
 きっと、どこかの湖の水底に沈んでいるかもしれませんね、ええ」

 あまりに白々しい悪党二人と、テアの言葉に、シェイラはガックリと肩を落とした。
 今回は偽造ではない。あまりの額を見たベルグも同様に、がくりと頭を垂れている。

「……で、どうするのだ」
「大判金貨二千とか、どうやったらいいの……」
「その、私が立て替えた、送料の中判金貨三枚もだな……。
 ただでさえ、今月は物入りで厳しいのに、あれだけ持って行かれると辛い……」

 “教官”の月給は、中判金貨が四枚程度である。
 ゆくゆくは“教官”になったとしても、最初は中判金貨一枚ないし、二枚貰えれば上等だ。
 安定して収入が得られるようになったとしても、まず生きている間には返せない。
 ならば、当初の目的の通り『冒険者になって一山当てる』事になってしまうのだが……。

「う、うぅ……“目標”決めたばかりなのにぃ……」
「私の宿屋をここでオープンさせるので、そこのルームサービスの担当すれば、月二十枚は見込め――」
「エルフの“組織”撲滅が楽しみだ。大判金貨千枚は固いだろう」
「……冗談ですよ、はい」

 テアは半ば本気の目をしており、はぁ……と肩を落とす。
 だが、コッパーの町を去るローズの代わりに、ここに宿屋をオープンさせるのを条件として、訓練場の“嘱託教官”として務める事が決定していた。
 これは昨日、レオノーラが提案したもので、同機は不純であれど各職を渡り歩いた()()と、“魔法”関係を教えられるテアは、まさに痒いところに手が届く存在だったであろう。

「――で、“死者の書”のお宝は、どれくらい漁ったんですか?」

 そんなテアは、小さくため息を吐きながらそう尋ねてきた。
 思わぬ言葉に、ベルグはその狼の頭を傾げてしまう。

「“死者の書”……? あれは、“金獅子”の事だろう?」
「それは言わば、“裏ルート”みたいな物です。
 あの本は基本的に、金に憑りつかれた亡者の末路をまとめた本ですし」
「む、むぅ……確かに、“生”への渇望は鬼気迫る物があったが――。
 まさか、それの全ての記述が、宝の隠し場所と言うのか!?」
「我々が聞いた報告だけですが、まだ半分以上はあったと思いますよ」
「じゃ、じゃあ……」

 絶望的な目をしていたシェイラに、力が戻って来る。

「二千は行かずとも、千五百ほどは行くんじゃないですか?
 残りは働くなり、罰を下して悪者から金を奪うなり、身体を――いえ、何でもないです」

 最後はジロリ……と、ベルグに睨まれ、口をモニョモニョと動かしていただけだった。
 だが、目標額には達しなくとも、それだけ稼げれば、後は何とかなりそうである。

「お宝探しか、俺らの手も必要かもしれねェな」
「そうね、アタシ達も協力を惜しまないわよ」
「カートさん、ローズさん――」
「分け前はブツを見てからだな、大体は等分だが」
「え……?」
「『え?』じゃねェだろ、俺達も金が要るし、報酬があるからやるんだよ。
 卒業すれば“友情”ゴッコじゃなくて、“金”が絡むビジネスだぜ?」

 その言葉に、シェイラにある不安がよぎった――。

(等分なんてされたら、私の取り分減るじゃない……っ!?)

 千五百どころか、千すらも危うくなってきたのである。
 迷宮でお宝を見つけると、仲間同士の殺し合いが勃発する――その気持ちも、今では何となく理解できたようだ。
 カートはそれに『“学生”の内であれば話は別だがよ』と続けた。

「こうなった原因の一端は俺にもある。俺も協力は惜しまんし、何とかなるであろう」
「うむ、ベルグ殿の言う通りだ。諦めなければ、道は開ける。
 “かつての訓練生”は規則を破って、勝手に探索をしたが――シェイラの場合は、もう立派な裁断者(ヴァルキリー)なのだしな。
 事情が事情であるし、“裁きを下す者”として出歩くのであれば、私かテア殿の同伴を条件として課外研修を許可しよう」
「同伴してもしなくても、“教官”の給料は同じ――ですが、まぁいいでしょう」
「レオノーラさん、テアさん……あ、ありがとう……ございますっ……」
「同じ“夫”を持つ“妻”であるのだ――当然だろう……。
 だが、“夢”に向かっての訓練は、厳しくやるつもりだからな?」
「は、はいっ……!」

 シェイラは涙声に……あれこれ理由を付けても、手を差し伸べてくれる“仲間”にポロポロと涙をこぼし始めている。

「これまで一人で行ってきた、“裁量”に使うメダルももう無い。
 つまり、“断罪者”は“裁断者”がおらねば何も出来ん――俺に“姉”が必要であるように、な」
「スリー……ラインッ……」
「“守護者”としても、“夫”……“弟”としても守ろう。
 ……シェイラ放っておくの、すごく危なっかしいし……」
「ちょっとっ、私まだそんなに頼りないって思われてるのっ!?」

 ベルグはもちろん、カートとローズ、レオノーラ、そしてテアまでも『うん』と大きく頷いた。
 シェイラの新たな借金返済と教官の夢、そして――“頼れるお姉ちゃん”になれる日は、まだまだ遠いようである。

「それに……ずっと一緒にいると約束したからな」
「あ……うんっ!」

 形は違えど、幼き頃の約束は守られていた。
 天秤と羽と本――一度崩れたことによって、それは二度と断ち切れぬ絆となった。
 新たな持ち主と仲間たちは、これから先も“羽”の持ち主に振り回され続けるだろう。

しおり