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メイド

 メイドのウルフィラは屋敷の前でクルーザー船からの客を待っていた。

 「はぁ」肩を落とし、思わずため息が出る。

 (全員でお客さんは何人だったかしら……、皆さんのお世話をするのは、わたししかいない。ちゃんとこなせるのかしら、心配だ……)
 お腹のあたりに両手を当て、今一度背筋をピンと伸ばし、気合を入れ直す。

 「ダメダメ、しっかり仕事をやり遂げよう」

 街路灯や庭園灯はまだ灯っていないが、だいぶ日も陰ってきた。そろそろ5時を過ぎる頃である。

 目の前に広がる庭は、それほど特筆すべきことの無いありきたりなもので、急造感のぬぐい切れない造りだが、背後の大きな館はなかなか細部にまで凝った造形を施し、お金をかけた豪奢な建物だった。
 館の見た目、タイプとしては城屋敷というよりホテル。ヨーロッパ洋式建築の老舗の高級ホテルといったイメージだった。事実、客室が12室ほど用意されている。その他、敷地内には倉庫や自家発電のためのガスタービン施設を収めた建物もあった。

 此処の主は、まぎれもなく大富豪である。それも超の付く。

 メイドの目に、招待客達がはっきり見えてくる。ちょうど庭園の一角に設けられたヘリポートの横辺りを進んで来る。

 今回の招待客の一団にはウルフィラよりも若い人もいるようだ。
 彼女は、もしかしたら気兼ね無くお喋りできる人もいるかもしれないと少し期待した。
 (一週間ずっと気難しい人ばかり相手だとプレッシャーに押しつぶされそうだ)


 玄関ポーチ、この島に車はないが、いわゆる車寄せに客人が到着された!
 「ようこそ、ようこそいらっしゃいませ。どうぞ」
 丁寧にお辞儀をしドアを開け、次々に玄関ラウンジへ招き入れる。

 軽く頭を下げ応じるが、何を思うのか感情の読み取れない男。全くこちらを見向きもしない美しい女。目を合わせず下を向いたまま、おどおどと通り過ぎる若者。丁寧なお辞儀を返してくれたが、何か冷ややかな老夫人。
 結局、誰一人言葉を交わす客はいなかった。

 (ふぅ。これで最後の方だったかしら??)とメイドのウルフィラが思い、今一度庭を見やると、複数の人影。

 執事と共にしんがりの客、探偵が現れた。
 「やあ! どうもどうも。お出迎えをありがとうメイドさん。お名前は?」

 ウルフィラは思わずにっこり笑って答えた。

 「ウルフィラと申します。わたし達、皆様のお世話を精一杯務めさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」

 側にいた執事はドアの前で一時、足を止め何か口を開きかけたが考え直し、軽くメイドに頭を下げそのまま建物の中へ向かう。

 「僕は、名探偵マーヴェル。以後お見知りおきを! ウルフィラさん」
 帽子を取り、ややオーヴァーにお辞儀をした。一瞬、何か違和感を感じたが…瞬時に吹き飛ばされた。

 「うちは! うちは、超絶パートナーで、ビヨンド相棒な、めっちゃキュートなクリスやよ~(ハート)」
 ぴょんぴょん飛び跳ねて注目を煽る。

 「分かった分かった! クリス。も~う止めてくれ。僕が毎回挨拶をするたびに、こうされちゃあ、時間がいくらあっても足りない! 全招待客の前で何度も繰り返す気か? この漫才ごとき赤面物の挨拶を」

 「ぶぅ~。だってぇ、うちだって招待されたんやもん!」

 「それは違うぞ! 正確には、招待されたのは僕だけだ。クリスはおまけ、それも了解を取っていな~い。これ以上煩わせるなら、帰らされるぞ。頼むからもう少し立場をわきまえ、静かに! ね、お願い!」

 「もう~……ちぇっ。うん、分かったわ。ちょっお淑やかに付いてく」

 「大丈夫ですよ。クリス? ちゃん? ご主人様の了解はとっております。どうぞ起こし下さいました」
 メイドも執事と同様、この名探偵マーヴェルの事は知らされていた。知る人ぞ知る人物、捜査機関界隈では探偵の中の探偵と言われ、超絶探偵、ビヨンド探偵という異名を持つ者として有名人らしい。
 (私にとって……カギとなる人物……かも……)

 探偵は、こちらに熱い視線を向ける純粋そうな女性、メイドのウルフィラをじっと見つめる。
 年は二十歳そこそこだろうか、丸っこい顔に……丸っこい…体型。同じ船に乗り合わせたドレスの若い女は、だれが見ても十人が十人とも美人だと口を揃えていうであろうが、彼女はお世辞にもそうは言われまい。

 デリカシーという文字の刻まれた辞書を持っていない、お喋りな引っ付き虫が囁きかけてくる。
 「なあなあ、このメイドちゃん、めちゃ太ってるなぁ」

 「ばばばっバカ~、しっつれいなことを口にするな~お前は子供か!」
 焦ってオニの顔をしながら口の動き全開で答えるマーヴェル。声には出さない。

 お茶目で悪戯なクリスは続けて、別空間での寸劇を始めた。
「ぷぷぷ、想像してみ~、ママさんの集まる公園にて、妊婦さんに連れられた子供」
いかにも「私も純粋無垢なの」といった風に、ちょこっと小首をかしげて
 「あ、ママといっしょ~、ねえねえ、おねぇ~ちゃん……いつ生まれるの? 赤ちゃん…………」

 「わわわわ!」子供のしつけは常に言葉で諭すべし主義の探偵も、さすがに慌てて口を塞ぐ! フガフガッ。
 そぉーっと、かなり失礼な中傷を受けた女性を見る。幸い彼女の耳にはすべての会話が届いていないようだった。

 目をクリクリさせながら、この遅れてやってきたゲストを、戸惑いながらもにこやかに接待していたメイド。豆鉄砲を食ったように数度、パチパチ瞬きすると……口を開いた。

 「いっ、いいかげんに…………


 ……せんか~い!」

 「このわたしが? 赤ちゃんを??」ウルフィラは自分の太っ腹をぷにぷにする。
 「ほ、ホンマや。2,3人おるワ~…………うふふ、ふふふっ」笑った。

 つられて探偵も笑顔になりつつも、マーヴェルはめまぐるしく思考する。

 (ああ~なんて事……クリスには決して悪気はないんだ! ただただ思考回路が未熟なだけ……おお! だけど、どうした? いつも以上にお喋りが過ぎる。……バカンス気分で、テンションが上がってるからなのか……、それともこの島、今回の舞台が…いかにも……いかにも探偵心をワクワクさせる絶好の舞台だから? ウルフィラ、並の容姿の太った女……確かに、確かに通常のセレブな大富豪なら、もっとスラリとした美女を揃える、外見の美しい使用人を雇うのでは? なんといっても彼らには見栄が重要なのだから。……いやいや、彼女には愛嬌がある。何より素敵な思いやりがある……明るく寛大な大人の対応をしてくれた。……すまない。けど僕は見た。君の一瞬見せた悲しみ……)

 マーヴェルは首をちょっと傾げた後、口元に手を添えるとぶつぶつ呟いている。
 そして、ハッと何かを思い出したようにポケットをいくつか探ると
 「そうだ、ウルフィラさん。招待状を見せなきゃ?」

 メイドは大きく首を振ってはっきり答えた。
 「いえ、結構でございます。間違いはありませんので」


 探偵マーヴェルは、この不可思議な集まり、催し物のホスト補佐が、なぜ彼女だったのか? 彼女と数日接し内面をよく理解するうちに知ることとなる。

 ウルフィラは両開きの玄関扉に手をかけた。

 キィィー……ドアが開き、夕闇迫る外界を漏れ出る光の粒子がキラキラ照らす。

 「ではどうぞ、D.M.シラヌイ様の世界へ」

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