バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

雨中の決戦 その3

 ようやくアンドロイド達がドスドス足音を立てて横一列に並び、前進し始めた。
 しかし、雨のせいか、連携がぎこちない。
 敵が容易にすり抜ける。
 すり抜けた敵は、俺の指示する方向へ一斉に拳銃で応戦し、まぐれ当たりもあると思うが、全員を倒した。
 ヤマヤの提案で、三方向の守りの分担も出来た。

 とその時、俺の近くで爆弾が炸裂した。手榴弾か。
 激痛が全身を走り抜けた。
 泥水の中に倒れ込んだ。
 塹壕の中でミキが必死に看病してくれるのが分かるが、動くことが出来ない。何度も気を失いかけた。
(ここは我慢だ……)

   ◆◆

 ミキは、マモルの胸に手を当てる。
 彼女は彼の鼓動が弱くなっていくのを感じた。止まる寸前に思えた。
(ここは心臓マッサージだわ!)
 本来は心臓が停止していないので心臓マッサージの必要はないのだが、気が動転しているのか、彼女はそれを始めようとした。

 ミキは、マモルの服のボタンを外して開いた。
 彼は服の下を着ていなかったので、彼女はちょっとドキッとした。
 と同時に彼がユックリとスローモーションのようにお守り袋へ手を掛けようとした。
 彼女は、『捨てなさい』と注意したはずのお守りが彼の胸にまだあることに気づき、彼より先にお守り袋へ手を掛けた。
「このお守り、邪魔!」
 彼女は彼が掴みかけた二つのお守り袋を素早く奪うと、袋の鎖を力強く引っ張って首から引きちぎり、それらを放り投げた。
 お守り袋は二つとも塹壕の水溜まりに落ちた。

 そこへルイがやって来た。
「手伝いますわ!」
 その時、彼女は水溜まりに落ちたお守り袋を見つけて手に取った。
「これ、確かマモルさんのお守りですわね。マモルさんの首に掛けて差し上げないと」
 ミキはルイを見て強く拒絶する。
「それ縁起悪いお守りなの!」
 彼女はルイからお守り袋を奪うと足で踏みつけた。
 袋は二つとも水溜まりの下の泥に埋まった。
「私がお守りの代わりになる!!」
 彼女は心臓マッサージを再開した。

 ルイは、「何興奮していらっしゃるの?」と、ミキが心臓マッサージを行っている傍らで心配そうに見守る。
「心臓止まったの!?」
 ミキは返事しない。
 ルイはミキが心配するほど悪い状況ではないと半ば直感で感じ取り、マモルの左手の脈を診る。そして、ミキの肩をポンポン叩く。
「ミキさん! ミキさん! もう大丈夫ですわ!」
 ミキは手を止める。
「ホラ、ちゃんと脈が復活していますわ!」
 元々止まった訳ではないので、動いていて当たり前なのだが、ミキは自分が救ったと思ったらしい。
(私がマモルさんに恩返しが出来たのね……)
 そこにミイ、ミル、ミカも集まってきた。
「し、止血しなきゃ! た、大変だ!」
 ミイとミルは持っていたハンカチを取り出す。ミカは、自分の服の袖を破る。
 ルイが叫ぶ。
「アンドウ隊長! 援護をお願いしますわ!」
「分かった!」

 五人の誰もがマモルの手当に必死だった。

   ◆◆

 タジマが大声を上げる。
「スペードのエース、攻撃を受けた模様です! 心拍数、呼吸とも低下!」
 リクは絶句する。
 モニターではスペードのマークが赤く点滅した。
 生命の危険がある場合、このように表示されるようになっていた。
「さらに低下! 危険な状態です!」
 リクは目を見開き、頭を抱える。

 タジマが真っ青になって、力が抜けたように言う。
「……スペードのエース、……ロスト」
 リクはキョトンとした顔でタジマの方を向く。
「え? ……ロスト? 今ロストって言った?」
「……はい」
「ロストって?」
「……心肺停止です」
 キリシマ少将は、苦々しく言った。
「囮はまだ攻撃を受けていますよ。このままだと全滅です」
 リクは朦朧となった。
「攻撃……ロスト……全滅……攻撃……ロスト……全滅……」
 そして、バンバンバンバンとキーボードを叩く。
「嘘よ……
 嘘よ……嘘よ……
 嘘よ……嘘よ……嘘よ……
 嘘よ嘘よ嘘よ嘘よおおおおおおおおおお!!」

 その時、彼女の後ろにボゥッと人影が見えたかと思うと、全身黒タイツの人物が現れた。
 リゼである。
 突然に人が湧いてきたので、司令室の中は大混乱になった。

 リゼは機械人形のような声で「マモルさんを傷つけたのは敵。憎むべき敵に制裁を」とリクに(ささや)く。

 そして、リゼは恐怖に怯えるタジマの右腕を(つか)んで、装置のとある場所でタジマの右の手の平をスキャンする。
 指紋認証と静脈認証をしたのだ。
 そして、タジマのキーボードから何かのコードを打ち込んだ。
 しかし、リクは止めどなく涙を流し、髪の毛を()(むし)り、何やらブツブツ言いながら体を揺さぶっている。
 リゼは「さあ、コードを打ち込むのです」と()かす。
 すると、リクは何を思ったのか、パソコンのキーボードからユックリと噛みしめるようにコードを打ち込み、力一杯エンターキーを押した。
 リゼは予想もしなかったリクの動きに慌てて、彼女の左腕を(つか)んで装置のとある場所で彼女の左の手の平をスキャンしたが、すでに遅かった。

 モニター画面の中央に『ou9xl06fdq0squ3』という文字列が現れた。
 それは彼女が先ほどキーボードから言葉を噛みしめるように打ち込んだ文字列だった。
 それだけでは意味不明な文字列だが、実は、上の文字列を逆からキーボードに打ち込むとしてカタカナ入力で同じことをすると『アナタトワタシハオワリサヨナラ』になる。
 そんな意味があるとは、その場の誰もが気づかなかった。

 同時にシステムが停止した。

 何故ならその文字列は、敵の手に万一システムが奪われた時、システムを全て停止し、プログラムを自動で破壊するためのコマンドだったのだ。
 ストレージに格納されていたプログラムは修復不可能なほどランダムな文字で埋め尽くされ、最後は自動でオールゼロが書き込まれて、完全に消去された。

 リゼが事態に困惑していると、彼女の後ろでボゥッと3つの黒い影が現れた。
 影が実体になると、それはトマスと屈強な二人の男だった。
 トマスの「捕まえろ!」の命令で二人の男がリゼを捕らえて手錠を掛ける。
 部屋にいた人々は、次々と起こる不思議な現象をポカンと口を開けて見つめていた。

 トマスが周囲に向かって(にこ)やかな顔で言う。
「これはこれはお騒がせいたしましたな。今捕らえられた彼女は、歴史に極度に干渉する罪により、厳正な裁きを受けますのでご安心を。もうこの世界の運命は曲げられることはないでしょう。そして……」
 彼は、俯せになっているリクに哀れみの目を向ける。
「リクさんは、歴史に干渉した彼女の被害者です。どうか、彼女を裁かないでください」

 とその時、トマス達の隙を見たリゼは、難なく手錠を外してリクの所へダッシュする。
 そしてリクを両手で抱きかかえると二人ともボウッと煙のように消えた。
「追え!」
 トマス達も煙のように消えた。

   ◆◆

 敵はアンドロイド達の攻撃に被害が拡大するのを恐れ、前進を諦めて一斉に退却した。
 と同時にアンドロイド達は、射程距離内に敵がいるにも関わらず銃撃を止めた。
 本来なら射程距離内に敵がいる場合、殲滅を指示されているのでまだ攻撃を続けるはずなのだが、何故か銃撃をピタリと止めてしまったのだ。

 ミカミが大声を上げる。
「あら!? 画面が固まったわ!」
 アンドウ隊長も大声を上げた。
「本当だ! ……あ! 今度は画面が真っ暗になった!」
 ミカミが不安そうに言う。
「どうしましょう!? お先真っ暗よ!」
 ヤマヤがミカミの肩をパンパンと叩いて叫ぶ。
「それって、自分で判断してやれってことさ! やってやろうじゃん!! うおおおおお!!!」

 その後、敵は体制を立て直し、今度は2個中隊でマモル達のいる場所へ前進を始めた。
 ところが、そこへようやく主力部隊が駆けつけた。
 味方の2個大隊である。
 それが複数の中隊に別れて敵を徐々に包囲しつつ、まずは前進を開始した敵の2個中隊を押し戻した。
 それに成功すると、敵の1個大隊を三方向から囲んで、総攻撃を加えた。
 簡単に突破できるはずの小隊に撃退された上に主力部隊の圧倒的な火力に押され、敵は混乱に陥り、潰走した。
 もちろん、主力部隊の作戦指示はタブレット上の指示ではなく、その場の現場の判断で行われた。

 敵はその後、逃げ場を求めて海岸へ達したが、海上へ脱出するための船舶が(ことごと)く破壊されたのを知った。
 主力部隊と海に挟まれる形で全員が投降した。
 午後9時だった。

 リク鮫作戦は、結果的に敵の降伏を早めたが、成功かというと失敗の部類だろう。
 全自動で戦闘するシステムは、人間の判断や行動を超えて、最短かつ最適な攻撃作戦を立案・実行するように設計されたが、実戦では欠陥だらけで目的を達し得なかった。
 華々しく始まったリク鮫作戦は、昔からある電撃作戦の形になって敵を混乱させた。
 それから、作戦が途中の悪天候でグダグダになったのだが、敵が弱体化していたから助かったようなものだ。迅速に動かれたら、どうなっていたのか分からない。
 だから、作戦が成功したとはお世辞にも言えないのである。

 ただ、実態はそうであっても、敵は投降し、結果的に勝利した。
 この国が保有する戦闘システムに脅威を感じた敵国は、これ以上の派兵を諦めた。
 実際は、当のシステムはすでに消去されていたのだが。

 早期に行われた停戦交渉によって一時停戦となり、交渉は政治の場へと移った。
 長い戦争は両国民を疲憊(ひはい)させていたので、再度戦争を起こすことはなく、お互いが冷静になって平和な未来を作るよう交渉を進めて行くだろう。
 そして、もう全自動戦闘システムなど考える必要のない世界になるはずだ。

 並行世界で新たなる歴史の一歩がスタートした。

しおり