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雨中の決戦 その2

 午後5時。厚い雲のせいで薄暗くなった。
 ちょうどミカミから、敵が動いたと聞いた。
 アンドウが塹壕から顔を出す。
「敵が近づいてきた! アンドロイド達の出動命令が出た! 準備するからまだ動かないで!」
 俺は前方を見た。まだ敵は見えない。

 途中から雨が降り出した。
 そろそろアンドロイド達が全員トラックから降りる頃、遠くの方で紺色の人影が多数、地面から湧き出て来る。
 いよいよお出ましだ。
 相手はざっと五十人。横一杯に広がって近づいてくる。
 もしアンドロイド達が間に合わなかったら、と思うと絶望的な気分になった。

 後ろでミカミが根を上げたような声で言う。
「ねえ、この意味分かんないんだけど」
「タブレットですか?」
「そう。変なのよ」
「はいはい、今行きますよ」
 体をねじって塹壕を出ようとすると、それまで肩を寄せ合うように左側にいたミキが俺の右腕をガシッと(つか)む。
「お願い! 行かないで!」
 俺は彼女の手を振り払って、「ちょっと見てくるだけ」と言ったが、今度は彼女が両手で右腕をガシッと(つか)んで後ろに体重を掛けながらグイグイ引っ張る。
「わかった、わかった」
 俺は諦めて腰を下ろした。
 ちょうど敵の方から銃撃が始まった。弾が頭の上を通過するような音がする。
「班長、何が分からないんですか?」
「敵のボコってマークが-」
「あのー、ボコって凹んでいる方で、出っ張ってるデコの方が敵ですよ」
「そっかー。そのデコマークが点滅しているの」
「え? 点滅!?」

   ◆◆

 キリシマ少将のにやけ笑いもさすがに消え失せ、口はへの字になっていた。
「やっと今頃我が国の主力を向かわせるとは。遅すぎやしませんか?」
 リクは無言だった。
「敵もこちらの動きを察知したのか、ようやく重い腰を上げましたね。まだ準備に手間取っているみたいで、一部しか動いていないようですが。で、囮はどこまで持ち堪える計算ですか?」
 これにも無言だった。

「ところで、何ですか? その点滅」
 それは彼女も気づいていたが、プログラムのせいではないのは分かっている。
「レーダーの誤差を補正しているからです」
「それで点滅?」
「雨や濃霧では表示に誤差が出ます。それを現しているのです」
「表示に誤差が出る。となると、このシステムは雨の中では使えない。そうおっしゃっているのですか? 火縄銃みたいですね」
「いいえ」
「いやいやいや。こんなの使えないでしょう」
「ハードウェアがいけないのでは?」
「ハードの誤差は物理現象だから避けようがないのです。だったら、ソフトで何とかするのが筋でしょう」
「ハードウェアの誤差が大き過ぎるから、ソフトウェアでの補正が追いつかないのですが」
「何をおっしゃる。ハードの精度を上げろと? そうじゃなくてソフトが馬鹿だからでしょう?」
「ソフトウェアは馬鹿ではありません!」
「馬鹿でしょう? ほら、今見てご覧なさい。点滅どころか、消えてしまって、いつの間にか現れる。モグラですか、これは?」
「ハードウェアからそういうデータが飛んでくるから、こう表示されるのです!」

 彼女はもちろん、レーダー等の誤差を計算に入れていて、補正するプログラムを組んでいた。しかし、実験を重ねても雨や霧の場合、補正が間に合わないほど誤差が大きくなり、異常値で表示がおかしくなることは分かっていた。だから、これらの事象は今になって分かったことではない。
(軍部がシステムの完成を急がせたからこうなったのよ!)
 リクはこの場で叫びたい衝動を必死に抑えていた。

 ミノベ中将が水掛け論の仲裁に入る。
「まあまあ、お二人とも。今まで十二分に成果を上げてきたではありませんか。非常に苦戦しましたが、敵の失策もあってようやく敵の戦車部隊は殲滅され、残りはここだけ。よくまあここまで追い詰めました。今、天候が悪いのは運が悪いと思って」
 仲裁に入られた当の二人は、プイッとそっぽを向いた。
 キリシマ少将は皮肉を込めて、しかし口をへの字にして言う。
「それより、囮とは言え、貴重な人材。あの状況を放置してこのまま15名ほど失うのですか? リクさん。敵はあのスペードのそばにも近づいていますよ」
 モニター画面では●と■のマークのそばに凸マークが5つ近づいていた。そのうち、スペードのマークには凸マークが1つ近づいていた。
 リクは慌てたが、全自動システム故、人の手が介在できず、自分ではどうすることも出来なかった。

 キリシマ少将は哀れんで言う。
「可愛そうに、あの小隊は拳銃しか持っていませんよ」
 リクは、ハッとして彼女の方を見る。
「だって、あなたが『軽装備でいい』っておっしゃったじゃないですか? システムが確実に敵を攻撃するから重装備は要らないって」
 リクは泣きそうな顔になる。
「昨日半日程度の訓練を受けただけの素人ですよ。拳銃を扱えるのかどうか分かりませんけど。一体どうするのです?」
 キリシマ少将はさらに畳みかける。
「むざむざ殺されて敵に糠喜びさせるためだけの囮ですか? リクさん」

   ◆◆

 点滅しているのはシステムがおかしくなったからだ、さあどうしよう、という不安が彼女達の間で広がった。
 しかし、俺は冷静だった。
「点滅はおそらくレーダーのせい。こういう雨だと、うまく映らないのかも知れない。だとすると、表示だけの問題だ。こうなったら、人間が判断するしかない」
 アンドウ隊長が声を上げる。
「分かった。そっちからタブレットが見えないと思うから一応言うよ。敵のマークが5つ近づいて来ている。横一列に展開している。今、アンドロイドの準備が整った。まずは、こっちに任せて!」
「はい!」
 ミカミが会話に割り込んできた。
「ねえねえ。アンドロイドに傘を持たせたら?」
「ミカミ班長。それでは銃が撃てません」
「そっかー」
「それより班長! 今は拳銃で応戦!」
「ロジャー!」
「そう書いてラジャーです!」

 ようやくアンドロイド達がドスドス足音を立てて横一列に並び、前進し始めた。
 しかし、連携にぎこちがない。
 どうも雨の影響でアンドロイド達の間のレーダーかセンサーか何かが影響を受けているらしい。
 いつもなら等間隔で綺麗に並ぶのだが、立っている位置が左右も前後もバラバラなのである。
 銃撃も敵をきちんと認識して出来るのか、不安が付きまとう。

 敵はアンドロイド達の異様な姿に驚いて退却するか、一斉射撃で斃れたが、中には勇気を振り絞ってアンドロイド達を迂回し、こちらに向かって来る奴がいる。
 俺は奴らを見逃さない。
「10時の方向!」
「2時の方向!」
「また10時の方向!」
 すり抜けた敵は、冷静な俺の監視の目で確実に捕らえられる。
 だから全員が指示された方向に一斉に拳銃で応戦するだけでいい。
 まぐれ当たりもあると思うが、すり抜けた敵を全員倒した。
 ヤマヤが大声を出す。
「右に左にって、向くのがめんどい。そっちは右専門、こっちは左専門でいいんじゃねぇ!?」
(それもそうだ。自分で何とかするって考えから抜けきれなかった。任せれば楽になるじゃないか)
「お願いします! アンドウさんは真ん中をお願いします」
「了解!」
 こうして三方向の分担が確立された。

 とその時、俺の近くで爆弾が炸裂した。手榴弾か。
 激痛が全身を走り抜けた。
 泥水の中に倒れ込んだ。
 塹壕の中でミキが必死に看病してくれるのが分かるが、動くことが出来ない。何度も気を失いかけた。
(ここは我慢だ……)
 ふと、お守りのことを思い出した。
(これで前に助かったから、今回も……)
 俺は服からお守り袋を引っ張り出した。一つしか出てこない。もう一つはまだ中らしい。出てきた一つを堅く堅く握りしめた。

   ◆◆

 タジマが大声を上げる。
「スペードのエース、攻撃を受けた模様です! 心拍数、呼吸とも低下!」
 リクは絶句する。
 モニターではスペードのマークが赤く点滅した。
 生命の危険がある場合、このように表示されるようになっていた。
「さらに低下! 危険な状態です!」
 リクは目を見開き、頭を抱える。
「許せない……
 許せない……許せない……
 許せない……許せない……許せない……
 許せない許せない許せない許せないいいいいいいいいい!!」

 彼女の錯乱に司令室の空気が凍った。

 その時、彼女の後ろにボゥッと人影が見えたかと思うと、全身黒タイツの人物が現れた。
 リゼである。
 突然に人が湧いてきたので、司令室の中は大混乱になった。

 リゼは機械人形のような声で「マモルさんを傷つけたのは敵。憎むべき敵に制裁を」とリクに(ささや)く。

 彼女は同意し、不気味な笑みを浮かべて天を仰いだ。
「お前達は天の裁きを受けろ!!!」
 それを合図に、リゼは恐怖に怯えるタジマの右腕を(つか)んで、装置のとある場所でタジマの右の手の平をスキャンする。
 指紋認証と静脈認証をしたのだ。
 そして、タジマのキーボードから何かのコードを打ち込んだ。
 それを見ていたリクは、手前の装置のとある場所で左の手の平をスキャンする。
 これも同じ認証だ。
 そして、自分のキーボードから何かのコードを打ち込んだ。

 リクは叫ぶ。
「この世界は私とマモルさんの世界になるの! 生まれてくる子供が救世主になるの! 邪魔はさせない!」
 リゼは続ける。
「さあ、一緒に新たな世界を創造しましょう」

 リクは緊急用のボタンに左手を掛けた。リゼはリクの右肩に手を置いた。
「いっけええええええええええええ!!!!」
 リクの左手の上からリゼが左手を被せると、二人は力一杯ボタンを押した

 複数の大陸間弾道ミサイルが、敵国とその同盟国の首都へ向けて発射された。
 間もなく敵国とその同盟国から、それの報復として複数の大陸間弾道ミサイルがこの国およびこの国の同盟国の首都へ向けて発射された。

 報復合戦が始まったのである。

 マモル達が戦っていた敵の1個大隊は、この国の主力部隊が救援に駆けつけたおかげで降伏した。
 孤軍奮闘したマモル達全員は救出された。
 しかし、喜びも束の間、戦争はこのような一地域の小競り合いの次元をすでに超えてしまっていたのである。

 エスカレートする報復合戦は連鎖を呼び、やがて並行世界における最終戦争へ発展するのだった。

   ◆◆

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