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11.淫欲の悪夢(潜入)

 多くの冒険者と観光客で賑わいを見せる【ビュート湖の町】――。
 金貸し・スポイラーの手によって、何の変哲もなかった町は大きな変貌を遂げていた。
 今日では冒険者ギルドまでも設立され、更に大きな発展を遂げようとしている、成長著しい町である。
 しかし、近隣に迷宮などはないにも関わらず、どうしてこの町は大きくなったのか?
 それは【町の裏路地(メインストリート)】に足を向ければ、すぐにその実態を知る事ができる。

『ビュート湖には“精霊”が住む』

 町の傍には美しい湖が広がっており、かつてはそう語られていた。
 表通りは当時の風貌を残しているものの、その建物と建物の間にある、暗く狭い裏路地に、もう一つの異様な“町”が形成されていた。
 そこでは、薄いローブをはだけた“商売女”たちが並び、淫靡な肉体の餌に食いついてくる“獲物(おとこ)”をじっと待ち続ける。無数に軒を連ねる“宿”の中では、買われた女たちが嬌声・悲鳴・懇願・叫びをあげる。
 この、愛欲で満たされた“裏路地の町”こそが賑わいの正体――金で身を売った“女”に“ムチ”を打つ、【淫虐の町・ビュート】なのである。
 かつての美しさはどこにも存在せず、“精霊”の存在など程遠い。

(ビュートの町には“性隷”が住む――か。
 カートの言葉の通り、何とも腐った町よ……“神”は一体何をしているのだ)

 町に足を踏み入れた、《ウェアウルフ》は嫌悪で顔を歪めていた。
 湖からの涼しく心地よい風が、こげ茶色のその身体を撫でるが、町に漂う不快なオスとメスの臭いに、ブシッと不快感を露わに鼻を鳴らした。
 この《ウェアウルフ》は、数日前からずっと機嫌が悪いまま――。
 それもこれも隣にいる、世間知らずで“獣”の話を聞かない、“姉”が原因であった。

「あ、あの、依頼を受けた……者です」

 ギルドの依頼受注所へと足を踏み入れた、“姉”の声が上ずっていた。
 何とも表現しがたい悪臭が満ちており、それが彼女の不安をより煽り立てる。

「ん、えぇっと、〔シェイル・トラル〕――ああ」

 依頼主・タイニーから『くれぐれも丁重に扱うように』と、言われていた“女”の出現に、受付の男はかつての教官を連想させるような、下卑た笑みを浮かべた。

「そんな身体で……へへへ……仕事できるのかねぇ?」
「……はい」

 シェイラは弱々しく、か細い声で返事をした。
 その姿に、男は更に気を良くした。まるで“品定め”するかのような目で、彼女の身体を上から下までじっくりと眺めてゆく。
 まず特筆すべきは、その男にとって“理想的”な身体であろう――。
 これでもかと自己主張する女の胸に、すらりと引き締まった腰、張り裂けそうなほどの尻……見れば見るほど、とんでもない“上玉”である。
 顔は並みであるが、この身体の前ではそんなものはどうでも良い。
 この暑さで胸元をはだけ、“女”をより象徴させているその姿は、業務を放っぽりだし、今すぐにでも宿へ連れ込みたいと思うほどの色気を持っていた。

(しかし、今晩はあの方……くそっ、羨ましいぜ……。
 ああ……時の女神よ、今日と言う日をすぐに終わらせ、明日――俺の|刻(とき)を、永遠に続かせてくれ)

 この女が“解禁”されるのは、明日から――町の代表であるタイニーから、ギルドの者、各所関係者には既に通達がされている。
 ()()()を狙うかと、汚い笑みを浮かべた男に、横にいた《ウェアウルフ》はついに唇をせり上げ、怒りの感情を露わにした。

「あ? ああ、お前もあの店か……おら、さっさと行け野良犬っ」

 スケベ心を丸出しだったのと、態度がまるで違う。
 野良犬と呼ばれた《ウェアウルフ》は、『今は《ウェアウルフ》だし、ぶん殴っても許されるのではないか?』と本気で考えている。
 その一方で“姉”――シェイラは、早々からの洗礼に目に見えて動揺しているのが分かる。
 俯かせた顔は赤く、“品定め”に唇を噛みながら、身体を震わせながらじっと耐えていたようだ。

(だから言わんこっちゃない――)

 呆れ顔の《ウェアウルフ》の鼻から、怒り交りのため息を漏らす。
 ローズからの依頼と作戦について聞かされた翌日、この“姉”が『その作戦を決行する――』と言い出したのだ。
 当然ながらベルグは反対し、他の皆も誰もが思いとどまるよう諭そうと試みたが、

『これはワタシにしかできないこと。いざとなったらスリーラインもいる!』

 と、絶対に大丈夫だと言い張った。しかも、

『これは私の“選択”なの!』

 と、“裁断者”の覚悟とも言えるそれを口にされては、不本意ながらも認めざるを得ない。

「いくら策があると言えど、あまりに――」
「スリーライン、しっ!」

 《ウェアウルフ》――の姿をしたベルグは、反抗的にブシッと鼻を鳴らした。
 不貞腐れたようなその態度に、シェイラもムッとした表情を浮かべてしまう。

(もう、機嫌悪いなぁ……)

 しかし、それは心配の現れだと思うと、“姉”は少しだけ嬉しくあった。
 だが、“弟”の怒りと不安も感じ、その度に彼女の罪悪感がどんどんと湧き上がって来る。

(――けど、今は“任務”の遂行に集中よ、集中。
 確か、ナチュラルに腰で誘うように……かつ、下品にならないように……)

 《サキュバス》の“訓練”の成果は、すぐに目に見えて表れていた。
 一夜漬けの付け焼刃ではあるものの、素直な性格もあって覚えが良かった。腰をくねらせるよう歩けば、それに合わせて男が好む形の尻が揺れ動く――。
 依頼の店へと足を向けるシェイラのそれは、まるで“疑似餌”のようであり、飢えた肉食魚はその“誘い”にまんまと乗せられ、惹きつけられていった。

(――でも、背伸びした子リスって何なの……?)

 《サキュバス》は、教えを請うシェイラをそう表現した。
 いくら獣になろうとしても、今のシェイラは己を大きく見せようとする脆弱な小動物に過ぎないだろう。
 ハイエナのような肉食獣からすれば、そんな“世間知らず”は格好の獲物なのだ。
 各々が理想とする女の胸や尻、獲物に対する視線を向けられている事に、シェイラは未だ気づいていない。


 ◆ ◆ ◆


 その一方、シェイラ向かっている反対側の建物では――。
 遠眼鏡を片手に、やや長い金髪の男が彼女の後ろ姿を追っていた。
 その丸いレンズに映し出されるのは、彼女の母性に満ちた胸や尻、丸みを帯びた腹……。
 よほど魅力に映ったのか、これに思わず唇を尖らせながら、舌なめずりをしてしまう。

「ああっ……今晩が楽しみだよ……」

 と、薄汚い笑みを浮かべる男の名は〔タイニー〕――今回の依頼主である。


 ◆ ◆ ◆


 食堂と言うだけあって昼間の客は多い。
 シェイラは挨拶もそこそこに、休憩もなく働きっぱなしであった。
 客は男ばかりで、ウェイトレスは女ばかり――制服は胸元しか隠さぬそれに、下はもう意味の無い程短いスカートをはいている。
 そのため、男たちは無駄にスプーンやフォーク、ナイフを落として、拾うフリをして女のそれを覗こうとする。
 時にはわざと水をこぼさせ、身体を拭くそれを堪能する……この店ではこれが日常であり、慣れた女は何も言わない。

(下着見て喜ぶ人多いけど……何で、そんなに喜ぶんだろ?)

 シェイラは、男がシェイラの()を見て喜ぶそれが理解できなかった。
 普段のような色気も何もないそれであるが、“商売女”を見慣れた男たちにとって、それは逆に新鮮でもあった。
 入口に立つベルグはチラチラとそれを見ては、眉間にシワを寄せ、訝しい目を店内に向けている。

(クソッタレ向けらしい、馬鹿馬鹿しい店だ――)

 暑いし、腹が減ったし、シェイラはあんな恰好をして男たちの好色めいた目を受けているし――と、時には恨みがましい目をシェイラに向ける。
 そんなベルグを見て、同じように入口に立つ()()《ウェアウルフ》の番犬が話しかけてきた。

「何だ、気になる“商売女”でもいるか?」
「……いや、そんな女はいない。()()()()()
「ふふっ、隠さずともいい。そうだな……今日お前と一緒に入った女だろう」
「う、むう……」
「はっはっは、お前は実に分かりやすい奴だ」

 老いた犬であるが、身体中は傷が多く、雰囲気や臭いからは実力者である事を漂わせていた。
 店に居た、息子を含むヤンチャな七匹の<<ウェアウルフ>>も|遊()()に行ったきり帰らないため、ずっと話し相手が居なくて退屈だった、と老犬は言う。

「――あんたは行かなかったのか?」
「ほっほ。年を取れば臆病になるものなのよ……腰が弱って堪らんわい」
「その臆病は、“腰抜け”ではなく“利口”だ」
「ほっほっほっ……で、お前さんはどこの出だい?」
「ふむ……北だ」
「ほう、北とな……()()()とこうして会うとはのう」
「縁とは分からぬものよ」

 互いに知ってか知らずか、含み笑いを浮かべている。
 長年相容れぬ存在であった、“代表”同士がこうして肩を並べ合っているのだから無理もない。
 性風俗を行う店と聞いていたが、表通りの店に関しては“夜の営業”まで手を出してはならないらしく、老犬は『昼間の営業は、“品定め”の時間だから安心しろ』と言う。
 品定め? とベルグは首をかしげたが、日暮れと共にそれの意味がようやく分かったようだ。

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