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探索! 地下迷宮

 説明を受けたブックスは、地下への入り口をあけた。
 念入りに言う。

「下はホントに迷宮でち! 気をつけるでち!」
「ああ」

 レイクは階段を降りた。
 ブックスが、入り口を閉める。一気に真っ暗になった。
 レイクは唱える。

「ライトボール!」

 並の魔術士よりもレベルの高いレイクの放った光の球は、真っ暗な地下迷宮を、真昼のように明るく照らした。

 コツ、コツ、コツ。降りていく。
 カビ臭い図書館の地下は、一見するとただの迷宮であった。
 本がなければ棚もない。
 古びた石が床や壁を構成していて、十字路や丁字路の迷路が並んでいる。

 ただし壁のところどころに、扉があった。
 そこをあければ、本棚がある。
 試しに一冊、読んでみようと手を伸ばす。
 が――。

〈キシャーーーーーーーーーーー!!〉

 本が開いてキバを剥くっ!!

「うおっ!」

 レイクは反射でバックステップを踏むと、本をバシッと叩き弾いた。
 壁にぶち当たった本は、びくびく動いて体液を垂らす。

 寄生型のモンスター、ブックス・パラサイトだ。
 アメーバのような生き物が本の隙間(すきま)に入り込み、紙を浸食して寄生(パラサイト)したものである。
 紙の素材と一体化している上に、背表紙は本物だ。見分けをつけるのは難しい。
 限定された人間しか入れないのは、伊達(だて)ではない。

「やれやれだな」

 レイクは、自分が弾(はじ)き飛ばしたパラサイトを調べた。
 その背表紙や紙質に、触れたり眺めたりする。

「なるほど……」

 本棚のいくつかの本を、鞘(さや)で突ついた。
 それらはすべて、パラサイトであった。

 レイク=アベルスは天才である。
 熟練の目がなければ難しい、ちゃんとした本とパラサイトの見分け方も、今の調査でマスターした。
 レイクは、いくつかの本棚から、パラサイトではない本を見つけた。

「ふむ……」

 手に取って開く。
 本には、こうあった。

『禁忌図書も眠っている地下図書館だけど、全部が禁忌図書じゃない。むしろとってもくだらない、バカみたいな本も混ざってるぞ☆』

「…………」

 レイクは露骨に眉をしかめた。
 本をパタリと静かに閉じて、隣にあったパラサイトが寄生している本を手に取った。
 地面に叩きつける。

〈キシャッ!〉

 パラサイトは死んだ。
 その後も何部屋か回ったが、収穫らしい収穫はなかった。

「アクアランスに、フレイムランスの魔道書か。レベルの低い魔法じゃないけど……」
(けど………なんです?)
「授業でやってるんだよ……」
(ぷるぅ………。)
「発見された当初はすごい魔法だったけど、技術の進歩で平凡なものになる……ってことも、けっこうあるみたいだな」

 地球における電卓も、発売当初は五〇万円以上という価格をしていた。
 それが五〇年と経たず、一〇〇円で買える庶民のアイテムになった。
 技術の進歩は、そういうことを起こすこともある。

「でもスーラには、新しい魔法?」
(こくっ! こくっ!)

 スーラは、強くうなずいた。

「じゃあとりあえず、アクアランスからね」

 レイクは、青い輝きに包まれた魔道書をスーラに渡した。
 スーラは本を両手で持つと、瞳を閉じて念じた。

 この世界における『魔法の習得法』と言われるものは、大きくわけてみっつある。
 ひとつ目が、人に教えてもらうこと。
 魔法を放つための手順や詠唱、魔力の流しかたなどを人から聞いてやってみる方法だ。
 使用者に素質があれば、無事に覚えることができる。

 ふたつ目が、自力での習得。
 このやり方は、流派や分派によって違う。
 魔法を浴びて体で覚える者がいれば、火炎魔法を使うために二十四時間、眠ることなく炎を見続ける者もいる。
 水魔法のため、重りをつけて川に飛び込む修験者もいる。

 ひとむかし前の主流であったが、『それで覚えることはできない』という、身もふたもない欠点があった。
 魔法を使える者が威力をあげるための修行にはなるが、新しく覚える上では役に立たない。
 一部の天才にはできるという説もあるが、インクを塗ったスライムを這わせてシェイクスピアの戯曲を書かせるほどに難しい。

 最後が、魔道書による習得だ。
 とある魔術師が発見したとあるクリスタルには、無為の知という概念を貯めておける性質があった。
 地球で言えば自転車のような、言語化できないコツを言語化できないままに貯めておけるクリスタルだ。
 素質ある者が貯まっている状態のクリスタルに触れると、クリスタルにある無為の知を学習することができる。

 しかし結晶の状態のクリスタルは、伝導率があまりよくない。
 術者の力の一割から二割しか伝導できない。
 一旦砕き、特殊な液体に浸す。
 そこで術者が手をかざし、無為の知を液体に込める。
 力が伝わったところでできた素材をうまく加工してやると、魔力の篭った紙となる。

 一枚の板にする実験もあったが、薄い紙の束(たば)――即ち本にするのが、一番力を伝えていた。
 そうやって出来上がった本を、素質ある人間が持てば――。

(んんっ………!)

 スーラに持たれた水色の本が、まばゆく輝く。
 光はスーラのスライムの体に、染(し)み渡(わた)るかのように浸透していった。
 スーラが、(ぷるうぅ………!)と震える。
 レイクは、本を受け取り尋ねた。

「どうだ?」
(んっ………。)

 スーラは、構えた。
 水の槍をだす自分をイメージしていく。

(んんっ!)

 スーラの手の中に、水(アクア)の槍(ランス)が生まれた。
 パァンッ!
 それはすぐさま弾けたが、発現したことは間違いない。

(ぷるぅ………。)

 体が三十センチほど縮み、スライムの体がふらりとよろけた。
 魔力切れである。
 レイクは、背中のほうからガシッと支えた。

「大丈夫か?」
(へいき、で………。)
「ウソはつくなよ?」
(おみず、もらえば、へいき………です。)
「そうか」
(こくっ。)

 レイクはその場に、ぺたりと座った。
 スーラを抱っこし、人差し指を口元にやる。
 スーラは、レイクの右手を両手で持った。

(はむ………。)
「クリエイト・ウォーター」

 レイクは静かに呪文(じゅもん)を唱え、スーラに水分を補給させてやる。

(んくっ、んくっ、んくっ。)

 水分を補給したスーラは、みるみる元に戻っていく。
 その勢いに、レイクは目を見張った。
 スライムは、水さえあればなんとかなる。
 それはいろんな本に書いてあった。

「しかしまさか、こんなすぐ戻るとはな……」
(ご主人さまの、おみずは、とくべつ………です。)
「そうなのか?」
(こころが、ぽかぽか、きゅーっとします………です。)
「そっか」
(はい………♥)

 スーラは、頬(ほお)を染めてうなずいた。

(んくっ、んくっ、んくっ。)

 おかわりを飲んで息をつく。

(ぷはぁ (*´ヮ`) 

 ほんのり赤らんだほっぺたと、ふんわり笑顔がとてもかわいい。

「元気になった?」
(ご主人さまの、おかげおかげ………です♥)
「じゃあ行こうか」
(こくこく。)

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