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スライムの子と訓練


 模擬戦に圧勝したレイクだが、レイクの気分は晴れなかった。
 確かに自分はキャロルに勝った。
 しかし思い出の中にいるあの人は、こんなものじゃなかった。
 今の自分が過去に戻ってオーガパレードに出会ったとして、撃退できるとも思えなかった。
 本当に強い相手と戦うためには、やはり魔装がほしかった。

 しかし落ち込む権利があるのかと言うと、そんなことも思えなかった。
 教官に言う。

「今日の授業は、パートナーの召喚と模擬戦だけですよね?」
「あっ、ああっ」
「それならオレは、切りあげさせてもらいますね」
「……うむ」

 置いてけぼりになっていたスライムの子の手を繋ぎ、会場をあとにした。

   ◆

(………。)

 闘技場の外。
 レイクに手を引かれて進むスライムの少女――スーラは困惑していた。
 血盟契約によって召喚されたモンスターは、パートナーの気持ちを感覚的に察することができる。
 なのに気持ちがわからない。
 ぼんやりとしたモヤのようなものがかかって、わからない。
 わからないことは、時に怒りよりも恐ろしい。

(ご主人さま………。)
「……?」
(わたし、がんばる………です。)
 両の手を握り締め、下唇を噛(か)みしめて、必死な顔で訴える。
(いっぱい、がんばる………して。強くなる………です。)
「…………」
 レイクは無言でスーラの手を引き、訓練場に連れ込んだ。
 ワラが巻かれた木の柱はもちろんのこと、ゴーレムやドラゴンが使うような鉄柱や、こんにゃく状の体を持ったブロゥツリー(殴打用の木)などもある。
 レイクは、一際(ひときわ)細い木柱の前に立つと言った。
「体当たり一〇〇〇回」
(っ………?!)
「レベルをあげる一番の早道は、モンスターを倒すこと。だけど今のスーラだと、ほとんどの相手に勝てない。だからまず、スライムの基本の体当たり」
 それにしたって一〇〇〇回は多い。
 スーラは怯(ひる)んでしまった。
 が――。
「やめるか?」
(ぶんぶんぶんっ!)
 首をすぐさま、左右に振った。
(ご主人さまのおためでしたら、なんでも、します………!)
 レイクの右手を両手で握る。吐息がかかりそうなほどの至近距離にて、はっきりと言った。
(いっぱい、ご命令してください………!)
 一片の迷いも感じられない、決意に満ちた強い瞳(ひとみ)だ。
「オレは別のところで、オレのトレーニングをする。しばらくしたら戻るから」
 そう言って、レイクはその場を立ち去った。

   ◆

 十分後。
 スーラはワラが巻かれた木の柱目がけて、一生懸命に体当たりをしていた。
(ごじゅう………です。)
(ごじゅう、いち………です。)
(ごじゅう、に………です。)
 当たるたびに肩が痛んで息があがった。
 しかし体当たりを受けている木より、与えているスーラのほうがダメージを負っているような有様(ありさま)であった。
(はあっ、はあっ、はあっ………。)
 息を吐き、すこしだけ休む。
 模擬戦を終えた生徒たちが、パラパラとやってきた。
『見ろよアレ。レイクのパートナーだったスライムじゃね?』
『うわ、ホントだ』
『どうしてひとり?』
『捨てられたんじゃねーの?』
『レイクも気の毒になぁ』
 どの声も、スーラを貶(けな)すものばかり。
 スーラは惨めな気分になった。
 が――。
(ごじゅう、さん………です。)
(ごじゅう、よん………です。)
(ごじゅう、ご………です。)
 体当たりを続ける。
 頭の中には、召喚される前の日のことが浮かんでいた。

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