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3.女の戦い

 自力で《トロール》を倒したことが、シェイラの自信へと繋がったようだ。
 あれから、二度、三度とモンスターの襲撃があったのだが、最初のようなガチガチの緊張感はなく、状況もよく見られるようにもなっている。

「――やぁッ!」

 ブンッと斜めに振り降ろされた槍の穂先が、巨大な蛾のモンスターの頭部を二つに割った。この程度のモンスターであれば、もう容易いものだろう。
 教え子の成長を目の当たりに、レオノーラは『うむっ』と腕を組みながら頷いた。
 ベルグはそれに『よく指導してくれた』と言わんばかりに、優しくそっと彼女の肩に手を乗せる――。
 ごく普通のやり取りにも見えるのだが、シェイラはその二人の様子に、どこか首を傾げてしまう。

(まさかと思うんだけど……あの二人、進展してない?)

 女の勘は鋭い――。
 出発前、レオノーラは『昨日はすまなかった。勘違いで八つ当たりしまっていた』と謝ってきたのだが、その時感じた“幸せオーラ(余裕)”に、何故かイラっとしたのを思い出した。
 “弟”は普段通りである。しかし、レオノーラの方は、チラりと“弟”を見ては顔を赤らめ、己の唇にそっと手をやるのだ。あれは夢ではない、と確かめるように。

(ま、まっさかぁー! いくら何でも、スリーラインがそんな事――)

 しかし、昨夜は馬小屋で二人っきりだった――と考えると、“姉”の心がざわついてしまっていた。

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 迷宮探索において、最も注意しなければならないのは、扉をくぐる時である。
 扉の向こうでモンスターが息を潜め、獲物・侵入者を今か今かと待ち構えている事が殆どなのだ。
 だが、このメンバー・今のシェイラであれば、それも何ら問題は無い。

(あれ、何だろうこれ――?)

 シェイラが倒したその(むくろ)の後ろに、何か木箱が置かれている事に気づいた。
 鉄で補強された、頑丈そうなそれに手を伸ばした時――

「触んじゃねェッ!!」
「ひッ――」

 突然のカートの強い言葉に、思わずその手を引っ込めた。
 迷宮の中にある箱は、宿屋にあるような収納箱などではない。
 最後っ屁としてモンスターが用意したのか、欲の皮を突っ張った冒険者を道連れにせんと、“宝箱”に罠を仕掛けている場合が殆どなのである。
 その罠を解除するのがシーフ(盗賊)の役目であり、そのためにシーフ(盗賊)を入れていると言っても過言ではない。
 迷宮探索のパーティには僧侶(プリースト)に次いで、絶対に欠かせない存在なのだ。

 カートは、ギッ……と僅かに宝箱の口を開き、真っ黒な空間に存在する“仕掛け”を調べる。
 小さすぎては見えず、開きすぎては罠が発動してしまう――罠の解除に置いて、最も重要で危険な作業だった。

「石か――」

 罠としては比較的軽度な物で、発動しても()()()()が出来る程度である。
 他には毒針や爆弾、バーで注文した本来の意味での虹のきらめきと言った、多種多様な物が存在しているため、必ずそれとは言い切れず安心はできない。
 もし間違った“識別”のまま罠を外そうものなら、たちまちドカン――である。

「シェイラ、開けてみるか? すげェ痛ェぞ」
「やだよっ!?」

 痛いと言われて開ける者は、その手の変態しかいない。
 カートは笑いながら、僅かに開いた蓋の隙間に短刀を突き刺し、カチャカチャと音を立て始めた。
 しばらくすると、宝箱からカチリ――と小さい音がなり、カートは大きく息を吐いた。

「よし、じゃあ開けてみろ」
「え……じょ、冗談だよね?」
「罠は解除してるから、後は開けるだけだ」

 シェイラは、周囲に目を向けるも皆の目は『やるべきだ』と言っている。
 どうやら冗談ではなく、本気であるらしい。

「宝箱の蓋を開けるのは、シーフだけとは限らないからな」
「う、うん……」
「俺もたまに失敗するけどな――」
「ちょっとっ!?」

 何事も経験だ、とレオノーラに言われ、恐る恐る箱に歩を進める。
 シェイラには見た目はただの箱なのに、とてつもなく恐ろしい物に見えていた。
 罠はない“はず”なのだが、その“はず”が曲者なのだ。
 それが、“もし”につながり、手をそれ以上あげさせまいとストップをかける。

(う、うぅ、怖い……)

 あまりに集中しているため、見守るベルグがうずうずとしているのに気づかない。
 箱の前に片膝をついたシェイラは、ごくっと唾をのみ込み、

(よ、よしっ! きっと、きっと大丈夫だから!)

 と、手を震わせながら、箱の両端に手をかけた瞬間――。

「バァンッッ!!!!」
「ひあぁぁぁッッ!?」

 真後ろでベルグが大声を響かせ、驚いたシェイラは思わず頭を覆いながら地面に伏せる。
 だが何も起こらず、ベルグ達の笑い声に恐る恐る頭を上げると――

「え、え……?」
「わっはっはっは、通過儀礼のようなものだ。いや、はっはっはっ!」
「……す、スリーライィンーーッ!!」


 悪戯だと気付いたシェイラは、怒りと恥ずかしさから顔を真っ赤にし、ぷるぷると身体を震わせている。
 新米冒険者と熟練冒険者の混合パーティーではよくある光景であり、誰しもがシェイラのような反応を示すのだ。
 だが、これは新人をオモチャにしているだけではなく、宝箱を開けるにはそれぐらいの事が起こる事を教える儀式でもあった。
 シェイラにはそれを理解しても、“弟”にされたのが我慢できなかったようで、ワフワフと笑う犬の上唇を握っては、左右に引っ張っている。

「それにしても流石シーフギルド長の子、と言った所であるな。いい手さばきだった」

 ()()()と聞いたベルグはピクッと反応したが、シェイラに『もっと姉と敬え』と顔をムニムニされているため、それどころではなかった。

「まぁガキんときから、オモチャ代わりに訓練箱弄ってからな。
 ローズのおかげでもあるな。アイツの作った訓練箱はイイ出来だ」
「ローズが?」
「ああ。何かあるのか?」
「いや……」

 レオノーラは、不思議そうな顔を浮かべた。

(あのものぐさが珍しい……)

 ローズは、あまり利のない事はしたがらない性格である。
 いくら訓練場の職員になったと言えど、わざわざ自分で作るなどとは到底考えられなかったのだ。
 錬金術師(アルケミスト)は、負けず嫌いの凝り性が多く、ローズもその例外ではない。
 カートがあまりに簡単に解くものだから、より難解なのをと追い求めていた結果、カートの技術向上にも繋がっていたのである。

「あら、このフロアでは珍しい――」

 テアはマイペースに、箱の中に入った物を識別していた。
 “がらくた”の中から、目ぼしいものを取り出してゆく。

「このサークレットは、シェイラが持つと良いでしょう。
 と言うか、全部シェイラのでいいと思いますが――」
「い、いいんですか?」
「はい。まぁ使えそうなのは、このサークレットと……後は、この若がえ――」

 テアが差し出した、ルビーのような“石”を、レオノーラは横から掴んだ。
 微笑んでいるが、その目は笑っていない。

「これは私が貰う。いいな、シェイラ?」
「え、えぇ構いま――」
「あら、いいのですか?
 一年ぐらい、お身体をアンチエイジングす(若返らせ)る力を持った石で――」
「いくら教官でも譲れないものがありますッ!」
「な、何だとッ!?」

 最年長であるレオノーラ、訓練生の中では最年長のシェイラ――。
 言葉に出せば不毛なため、互いに無言で睨みあっているが、女が永遠に求める物を賭けた、醜く静かな戦争が繰り広げられようかとしている。

『レオノーラさんはいらないじゃないですか。()()()()んですし!』
『お前の方が年下だろうがッ!!
 シェイラは強くなったのだが、“誰か”に礼を言うべきであろう?』
『それとこれとは話は別ですッ!』
『この分からず屋ッ! 年長者に譲れッ!』

 迷宮内で“お宝”が手に入れば、それは味方であっても敵となる事がある。
 その時は血みどろの争いに発展するのだが、これは醜い女の争いであった。
 ベルグとカートはどちらが勝つか賭け合い、テアはそれを見届けてから仲裁を行う。

「このままでは、“石”に固執したドワーフのようになってしまいますし――。
 “社交場”にはカジノもありますので、ディーラーに言って、ルーレットの赤黒勝負で決着をつけてはどうでしょうか?」
「う、うむっ、そうしよう」
「で、ですよね。恨みっこ無しですよ?」

 互いに『絶対に負けない』と言う目で、不敵に笑みを浮かべ合っている。

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 当初からの目的であった“社交場”へと歩を進めていたのだが、そこへの道は“転移”して来た場所から目の鼻の場所にあった。
 普通にしていると気づかないような、人が一人通れるような細い抜け道ではあったが、シェイラの実戦訓練として、テア達はあえて迷宮を一周していたのだ。
 それに気づいたシェイラは、思わず息を飲んでしまっていた。

(皆、私のために――)

 その抜け道を抜けると、更にそこから下り階段が続いている。
 空気は相変わらず冷たいものであるが、シェイラにはこれまでの迷宮の空気とはまるで違う、独特の空気に変わってゆくのを感じた。

「ここがその“社交場”です」

 テアが小奇麗な木製の扉を開くと、そこには逆さバケツのような兜を被った門番のような兵士が立っていた。銀色の甲冑に身をまとい、右手には大斧が握られている。
 テアは懐から取り出した“半券”を見せると、『どうぞお入りになって、楽しいひとときを!』と道を開いたのだが――。

(何でこの人、うずうずしてるの……?)

 ベルグ達がテアについて歩くのを、何かを聞いて欲しそうにチラチラと見ていた。
 自分も“社交場”に入りたいのか、とシェイラはその顔をチラりと見たが、くり抜かれた穴の部分からは真っ黒な闇しか見えない。そのゾっとするような闇が、ある文字を見つめてるのに気づいた。

「ぷれい……はうす……?」
「死ん――」
「おいシェイラ、置いてくぞ!」
「あ、うんっ!」

 カートに呼ばれ、小走りに皆の下へと向かって行く。
 シェイラはふと振り返ると、その番人の背中は寂しそうに見えた。

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