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パートナーは……スライム?!

「くっ……!」
「これは……!」

 教官たちがバリアを張った。吹きすさぶ風から、自身と生徒たち守る。
 暴風の中心にいるレイクは、力をこめて魔力をそそいだ。
 召喚しようとしているだけだが、かなり持ってかれている。

 くるのはドラゴン? あるいは魔族か神族か?
 そんな期待も高まる中で、現れたのは――。

(ぷる………。)

 スライムだった。
 一見すると、裸体の少女にも見える姿。
 しかしながら体の端が微妙にとろけて、人間ではないことを示している。

 この世界のスライムは、幅広く使われている。
 愛玩用や観賞用に始まって、生ゴミの処理にも使われる。

 種類によっては骨を残してくれるので、骨格標本を作るのにも便利だ。
 寸胴状の鍋に、目的の動物とスライムを入れれば、次の日には白骨化した死体が取れる。

 そんな気軽にあつかっていても、特に問題のない存在だ。
 牙のないチワワだと思えば、大体あってる。

 しかし一生のパートナーと言うと、お話にならない。
 レイクは目のやり場に困りつつ、スライムの子に聞いてみた。

「特技は……?」
(………。)

 スライムの子は、なにも言えずにしょんぼりとした。
 レイクのテンションも落ちる。

「特技……」
(ちと………。)

 少女は、上目使いでレイクを見やった。
 ほんの一瞬チラりと見やり、すぐにしょぼんと目を伏せる。

「今やってる擬態以外は、なにもできないってこと……?」
(ぷる………。)

 少女は、もはや泣きそうであった。

「とりあえず……服着てもらえる?」
(………こく。)

 レイクは服を手渡した。
 召喚の儀では、サキュバスが裸で現れることもある。
 だから準備はされているのだ。

 少女は地面に座ったままで、小器用に服を着た。
 フリルやリボンが印象的な、愛らしい制服だ。

 そのあいだ、レイクはスカウターでステータスを見た。
 筋力や耐久といった簡単な能力を、可視化してくれる魔法アイテムだ。
 貴重な鉱石を使って作るため、持てる人間は限られている。
 今日のレイクも、召喚するから特別に借りているだけだ。

「レベル1、筋力は4、耐久は8。潜在能力を示すモンスターランクは…………餌?!」

 それはまさしくスライムだった。
 擬態能力で姿を隠したり誤魔化したりして、強い敵から逃げるだけの生き物だった。
 特別な力を持っているなんてことはない、平均的で平凡的なスライムだった。

 レイクは愕然とした。
 10年近い努力のすべてが、否定されたような気がした。

 朝の五時に起きて走りこんだのも、体にいいと聞いた苦い薬草をがんばって食べたのも。
 ジャックソンに木剣で打たれ、激しく投げ飛ばされたのも。
 すべてすべて、無意味と言われたような気がした。

「はははは、はは……」

 現実を受け入れたくないレイクは、それを先延ばしにする意味でも尋ねた。

「パンチとか、キックとか、どんな感じ……?」
(………。)

 少女は静かに立ちあがる。

(んっ………。)

 力を込めようとするが――。

(ぴゅろっ。)

 と拳を放った途端。

(!!!)

 体が後ろへとよろける。

(ぱたぱたぱた。)

 (><)な顔で、ぱたぱた暴れるものの――。

(ぺたんっ。)

 尻餅をついた。

「人の形に擬態はできるけど、満足に動けなくなるってこと……?」
(こく………。)

 少女は、申し訳なさそうにうなずいた。

「魔法は、使える……?」
(ぷる………。)

 少女は小さくうなずくと、またがんばって立ちあがった。
 右手を、(んっ………。)と前にだす。

(んん~~~~~!)

 一生懸命、力を込めて――。


 ばちゃっ。

 
 とても弱い水だった。
 コップに入れた水のほうが、いくらか相手を濡らせる気がする。

「ちなみにオレは、このぐらい使えたりするんだけど……」

 レイクはさっと右手をかざした。
 軽く力を込めてやる。

 どがぁんっ!
 顕現した水流が、ぐるりと回って地面に当たった。
 轟音が鳴って土くれが飛んで、ちょっとした池ができる。

(でたよ、レイクの無詠唱魔法)
(あの威力で無詠唱なんだから、シャレになってねーよな)
(おまけに水は、得意属性ってわけじゃないんでしょ……?)
(理不尽だよな)
(本当に、理不尽だ)
(理不尽な天才って言われるだけのことはある……)

 エリートしか入れない学園の生徒たちはもちろんのこと、熟練の魔道士でもこの破壊力はだせない。
 レイクの強さはこの世界において、すごいというより理不尽なのだ。

(がーん………。)

 少女も、ショックを受けていた。
 レイクはつい先刻の、教官の言葉を思い返した。

『召喚の儀で呼ばれるモンスターは、基本的には召喚者の力量や才能に比例する』

 基本があるなら例外もあるという、論理的には当たり前の結末だ。
 それにしたって、学園創立以来の天才と謳われた自分にくることはないだろう。
 なんとも言えない空気が流れ――。

「フン……。無様だな」

 ひとりの少女が、ずいっと前にやってきた。

「スライムとはなぁ! クククク。スライムとはなぁ!!」

 そこにいたのはキャロル=キャロレイン。
 銀色の髪をポニーテールに結った美少女である。
 家柄は高く、優秀な召喚魔装士を定期的に輩出している名門の少女。
 ふたりの兄はこの学園を首席で出ており、キャロル自身も学年二位だ。

「逆に見ろ! わたしのパートナーを!」

 紹介されるは、四枚の翼を持った金髪の少女。
 キャロルが召喚したパートナーだ。

「ランクはエリート! ソルジャーやジェネラルの上を行く、特上のランクだ!
 引ける者が一年にひとりいるかいないかというほどの、わたしにふさわしいパートナーだ!」

「恐縮です、マスター」
「これで貴様が身分不相応についていた、学年主席の座を明け渡すことになりそうだな!」

 学年二位のキャロルだが、成績は優秀だ。
 例年であれば、普通に首席を取れている。
 しかしレイクがいるせいで、ずっとずっと二位だった。
 ゆえにレイクを、目の仇にしているところがあった。

 キャロルが動いたことにより、息のかかった取り巻きも騒ぐ。
 ひとりが教官に言った。

「模擬戦やりましょうや! 模擬戦!」
「確かに召喚の次は、魔装を用いての模擬戦という予定ではあったが……」

「おれは相手に、レイくんを指名しまーすっ!!」
「ずるいっすよぉ、マゴットさん! おれもレイくんとやりたいっす!」
「おれもしたいわぁ」

「やりたい!」
「やりたい!」
「「「ギャハハハハハ!」」」

 下卑た笑いと声が響いた。
 下級貴族や平民層からは好かれているレイクだが、上級貴族からの受けはよくない。
 キャロルは不快そうに眉をひそめていたものの、あえて止めることはしない。

「フン……」

 鼻を鳴らして、教官に言う。

「というわけですが、いかがでしょう? アリア教官。
 首席のレイク=アベルスと次点のわたしと考えれば、釣り合いは取れていると思いますが」

「それは確かに、事実だが……」
「それにこの学園は、召喚魔装士を育成するのが目的のはず。
 そのカナメであるパートナーが弱くて力を発揮できないのなら、別の道を歩んでもらうべきでしょう?」
「…………」

 アリアは沈黙してしまった。
 キャロルがおかしいからではない。
 むしろ正論であるからだ。

 レイクがいかに強かろうと、魔装状態で弱いのならば意味がない。
 というより、魔装状態で弱い時点で、強いということがあり得ない。
 地球では、人類の上位一パーセントに入るほど強くとも、クマや虎と戦えば負けた。

「合体することで人間とパートナーの力を相乗的に高めた魔装使いが相手では、生身の人間は一たまりもないのが歴史であって常識だ」

 覆そうと思うなら、特殊な装備でもつけていないとならない。
 しかし装備で強いなら、別にレイクでなくてよい。

「……わかった」

 アリアは静かにうなずいた。
 私怨まみれのキャロルだが、間違ってはいない。
 よって教官の立場としては、ふたりの模擬戦を組まざるを得ない。

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