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繰り返す後悔

 壮行会の翌々日、学校に訃報が入った。
 学校から後方支援部隊に赴任した四名の女生徒、つまり壮行会の主役だった四名が、駐屯地の敷地内で遺体で発見されたという。全員が何者かにおびき出されて刺されたらしい。

 泣きながら近所の花屋へ花を買いに行く女生徒達。
 亡くなった彼女達の机の上に置かれた花束を見て大声を上げて泣く生徒達。
 すすり泣く生徒達。
 肩を落とす教師達。

 俺も泣いた。
 心から泣いた。
 ついこの間まで一緒に話した彼女達、ミイ、ミキ、ミルはもうこの世にいないのだ。
 運命はなんて残酷なのだろう。

 放課後に昇降口へ行くと、壮行会の告知ポスターがまだ張られていることに気づいた。
 今まで俺に関係ないからと無視していたのだが、今初めてポスターを見た。
 そこには四名の生徒の名前が書かれていた。

  歪名画ミイ
  品華野ミキ
  品華野ミル
  身賀西イヨ

 何度もその名前を読んだ。その時、彼女達の名前の下の一文字を拾うと「生きるよ」に読めることに気づいた。それが彼女達の何かのメッセージに思えて、急に涙が(あふ)れ出てきた。

 俺は最後まで想いを伝えなかった。伝えなかったから、想いが届かなかった。届かなかったから、悲しませた。

 それから後悔の日々が始まった。
 毎晩のように<彼女>の夢を見た。
 笑顔の後、いつも俺に背を向けて去って行く<彼女>。
 あの最後のデートの時に見た光景が繰り返し夢の中に現れる。
 俺は<彼女>に向かって「待ってくれ!」と叫ぶ。
 そんな夢を見るたびに飛び起きた。

 ある日、またいつもの別れの夢を見て飛び起きた時、突然、左手中指の指輪がブルブルと震えだしたので、さらにギョッとした。
「もしもし」
 少し涙声だった。
「あら、もしかしてまた泣いているノ~? 今度はどうしたノ?」
 未来人は優しく声をかけてくれた。
 俺は指輪の電話を通してミイとミキの顛末をかいつまんで説明した。

 彼はしばらく黙っていた。
「もしもし」
 俺は交信が途絶えて不安になった。
「もしもし」
 彼はまだ黙っている。
(おいおい、まさか電話を切ったとか!?)
 困ったことに無言のままで、向こうで何が起きているのか分からない。

 諦めかけた時、彼の「う~ん」という声が聞こえてきた。
 だが、また黙ってしまった。
(顔が見えないんだから、言葉で表してくれ……)
 こうなると、顔が見えない電話は不便である。
 やがて彼は「困ったわネ」とポツリと漏らす。
「何が?」
「イヨちゃん以外は歴史に名を残さないから、情報が足りないノ」
 長い沈黙は、人捜しに時間をかけていたからと思われる。
「歴史に名前を残さない人でも助かる方法はない?」
 俺には、知らないイヨという人物は、正直どうでもよかった。
 彼はまた黙ってしまった。
「もしもし」
 交信が途絶えてまたまた不安になった。
「おーい。電話だとそっちの様子が分からない。沈黙は不安になるから勘弁」
 すると、彼は「ちょっとこのまま待っててネ」と言う。
 こう言ってくれれば助かる。

 しばらく無音が続いた。
 その長いこと、長いこと。
 重苦しい沈黙は「調べたわヨ!」の彼の一言で破られた。
 彼は飛び上がらんばかりに喜んでいる様子だった。
「やっと見つけたノ! 四人全員が助かる方法!」
「マジで!?」
 指輪をさらに耳元へ近づけた。
「こっちから時間を戻すから、あんたはそのままで待っていればいいわヨ。……でもネ、問題が二つあるノ」
「問題って?」

 彼は一呼吸置いて言った。
「一つは、あんたがラブレターを読んだ後、イヨちゃんと出会うように行動出来るか、なのヨ。あんたが知らないイヨちゃんに。もう一つは、あんたが体を張って大活躍してミイちゃん達を救出することになるんだけど、それが出来るか、なのヨ」
「後者はなんとかするが、前者は無理」と答えると、彼は反論する。
「いいえ、前者だってやれば出来るはずヨ。イヨちゃんってたくさん小説を書く有名な作家さんになるノ。あんたの学校にそういう作家さんの卵いない?」

 そう言われて記憶を辿ってみた。
(作家の卵……小説を書く……小説は本……本は読むもの……本が好き……いた!)
 俺は叫んだ。
「ものすごく本に熱中している女生徒なら一人います!」
 そう言うと彼が喜ぶかなと思ったが、意に反して、「それって単なる本オタクじゃないノ? 読者じゃなくて書き手。……う~ん」と言ってしばらく考え込んだ。
 俺は自信を失った。
 彼はそんな俺を元気づけようと思ったのか、明るく言った。
「ま、その子、もしかしてもしかすると作家さんの卵かもネ。調べたら、イヨちゃんってあんたの学校の出身なんだけど、在校中からペンネームで小説を出版していて、無類の本好きだったらしいから。可能性ありありネ」

 未来人はここで、ちょっと間合いを取ってから言う。
「それはそうと、今回はあんたの<運>に賭けるしかないわネ。ミイちゃん達に対しては強烈な体験があるから、時間を戻しても微妙に記憶が残るので、未来の記憶で過去の行動を変えることが可能なノ。でも、イヨちゃんに対して強烈な体験がないから、時間を戻しても記憶に残らない。あんた、その、ものすご~く本が好きな子に強烈な思い出とかないノ?」
「ちょっと待って。時間を戻しても微妙に記憶が残るってどういうこと? 記憶はずっと残るんじゃないの?」
「あんた何言ってんノ? ……って、そっか。時間が戻って覚えてないのネ」
「何を?」
「面倒だけどもう一度言うわネ」
 彼は咳払いをする。
「あのネ。そっちの世界であんたの時間を戻すと、あんたの記憶もその時点に戻るノ。紙で書き置きを残しても、時間が戻ると紙に書いてあることは消えるノ。と言うことは、何かしないともう一度同じことを繰り返すのヨ」

 理解した。

 時間が戻ると記憶がリセットされる。
 しかし、記憶がリセットされても、強烈な体験は未来の記憶として僅かに残るらしい。
 未来の次に過去が来る。
 ということは未来の記憶は前世の記憶と言っていいのだろうか?
 それを何とか思い出して行動を変える。
 僅かな記憶を頼りにイヨという人物に逢うのだ。

 そうは言われても、未来の記憶として残るほどの強烈な思い出がないので黙っていた。
 彼にはその沈黙が俺の答えになった。
「ないのネ。まあ、とにかく失敗したら同じ歴史を繰り返すことになるワ。さあ、どうする? 今回は諦める?」
 俺は閃いた。
「今ここで、あの<本の虫>がイヨだイヨだ、と念じればなんとかなるんじゃないか?」
 彼は冷たく言う。
「保証はしないわヨ。もう一度聞くけど、どうする? 今回は諦める?」

(ミイもミキも助かるなら絶対にあきらめない! 運を信じて、まずは<本の虫>を探し出せ!)
 俺は決心した。
「俺、<運>に賭けてみます!」

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