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伴奏曲 5

 旅費を削る意味でバスからこぼれ落ちそうな定員オーバーを軽々と超えたバスに揺られる。さいしょは怖かったがバスの屋根も遠くが見渡せて見晴らしがいいものだ。
 治安が悪い国と内戦が多い国を渡り歩くしかない安藤は商売道具であるノートパソコンだけは奪われまいと腹部にガムテープで何重にもぐるりと巻いて固定していた。着替えなどを入れたリュックサックはいつ奪われてもいい。カメラ代わりのスマートホンは胸にしっかりとガムテープで貼り付けておいた。日本人感覚そのままで行けば身包みを剥がされる。
 それ以前に生きて次の国に行けるかもわからない無謀な旅であった。
 非常食代わりの乾パンと角砂糖に雑草。食べて安全なのかさえわからない食糧事情と難民で溢れかえった惨状は痛ましい限りであった。
 濁りきった河の水を飲むしかないときはタオルで濡らすと安藤はタオルを絞り濾過をした。濾過とはいえないだろうがそのまま飲むよりはいい。死体が流れる河だ。
 さいしょはジャーナリスト気分の安藤であったが銃撃戦に巻き込れるのは日常茶飯事だ。浮かれ気分ではいられなかった。
 おちおちと寝てもいられない。どれだけ日本が平和なのかを安藤は思い知らされた。
 ぷっくりとした体つきがみるみるとやせ細っていった。この島にたどり着く前に行き倒れるのではないかと安藤は不安で一杯であった。
 エルサルバドルからどこをどう巡ったのか安藤はもう岐路すらも思い出せない。
 それ以前に日本に生きて帰れる保障もまたない。
 この島にたどり着いたとき安藤はその場に倒れこんでしまった。
 土埃と淀んだ内戦独自の匂い。と、大きく違う澄み渡った空はまさに聖地にふさわしい。安藤はなんども大きく深呼吸をした。
 この島をみたとき、直感的に「この島だ」安藤は確信をした。
 深い意味はないがまさに厳かな神々しさに包まれているとしかいえない。
 ボートを降りると安藤は腰が抜けたように白い砂浜に座り込んだ。
 身動きができないでいる安藤のボディチェックを島民である青年からされた。
 ここでは銃器の持ち込みが一切できない。これだけ内戦の多い地帯で安藤は大丈夫なのかと訝ったがここまで来て追い返されるのは辛い。

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