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8.裁きのプロセス

 本来《コボルド》は群れで行動する種族である。
 しかし、その好奇心旺盛な性格から、こうして群れを離れる者も少なくなかった。
 その中には人間の暮らしを真似る者もおり、この《コボルド》も『大草原の中で、小さな家を建てるのが夢だ』と嬉しそうに語っていた。
 しかし――

「どうしてこんな勿体ない事するのッ!」

 《コボルド》の夫婦を叱る女は、どんな嵐よりも恐ろしい。
 収穫祭飾りの“ジャック・オー・ランタン”を作ろうとした痕跡があるのだが、どれも上手く行かなかったのか、カビの生えたボロボロのままで放置されている。
 それが、食べ物を無駄にすることだけは許さないシェイラの逆鱗に触れ、《コボルド》一家に説教していた。

『た、食べらないカボチャですし、肥料にでもと……』
「気合で食べるのよっ! 喉を通りさえすれば、お腹は膨れるの!」

 ウォウウォウ……と唸るだけの《コボルド》であるが、シェイラは怒りからか獣が発している言葉を理解できており、

『不味くても舌を通さなければ平気』
『火さえ通せば殆どが食べられる』

 ――と、無茶苦茶な、シェイラ(貧乏)理論を述べている。
 このままでは埒が明かないと、ベルグはその間に割って入った。

「まぁまぁシェイラ、今回はそこまでしておけ……。
 で……どうして、ジャック・オー・ランタンなんて作っていたのだ?」
『あれを復活させれば、やっつけ方を教えてくれるって言ってやした』
「誰が?」
『赤っぽい、蘇芳(すおう)のローブ着てた女でさ。
 鈍くさい感じは、そこのおっかない姉ちゃんに似てやしたね』
「ふむ……モンスターの復活や召喚となれば、国の司教(ビショップ)ギルド辺りだろうか?」
『ですが、いくら作ってもそれは出来なくて……萎びたカブのがいいんでしょうかね?』

 彼らには藁にもすがる思いだったのだろう。シェイラが怒る原因となった、カボチャ飾りの残骸はそれを蘇らせようとした結果であるらしい。
 それを告げた《コボルド》は、ボロボロのカボチャ飾りの中に、報酬として差し出したエメラルドをコロンと投げ込み、ころころと転がしている。
 しかし、何も起らないまま、目の部分からコツッと音立てて地面に転げ落ちた。
 それを見たシェイラは、不思議そうな顔をしながら首を傾げた。

「何で宝石なの……? 中に入れるのは、ろうそくじゃない?」
『教えてくれた奴が、キラキラ光る小さい脳みそ飛んで行った、って(うた)いながら去ったんでさ』

 彼らにとって“キラキラ光る物”は、エメラルドやルビーなどの宝石である。
 今度は別のカボチャで再挑戦してみる、と盗んで来たままのカボチャを手に取ると――

「待って。私が作ってあげる」

 と、シェイラが名乗りをあげた。
 皆が大丈夫か、と眉をひそめるのを見て、彼女はどこか得意げに鼻を鳴らした。

 ・
 ・
 ・

「――よしっ、出来た!」

 一時間ほどで完成したそれは、雑貨屋などで売っているそれと、まるで遜色ない出来であった。
 不器用な者が作った物とは到底思えない出来であり、鼻高々に胸を張るシェイラとは対照的に、ベルグたちは驚きを隠せないでいる。

「見事なもんだ。あむ――」

 ベルグは『腹が減った』と、くり抜いたカボチャの中身をモグモグと食べていた。
 食べられるカボチャのそれであるので、《コボルド》の子供も真似をし、あむあむと齧ってはべっと吐き出している。
 大人の《コボルド》は、早速これまでと同様に宝石を入れて転がすが、何も変わらず地面に転がり落ちるだけであった。

『……宝石が違うんでやすかね?』
「そうは言われても、俺は魔法系に関しては疎いからな――宝石も持っておらんし」
「宝石ねぇ……ウチに行きゃ、埋葬物から親の形見、その他多く手に入るぞ」
「……一度、お前の実家にも行かねばならんな」
「おっと、俺らは“カネ”を貸してその対価を貰う、至極正統な方法で得てるんだぜ?
 シェイラみたいに、道で拾った宝石をガメる奴と同じにするんじゃねェよ」
「私は届けようって言ったじゃないっ!?」
「そう言えば、あの石はまだ持っているのか?」
「う、うん……」

 そう言って、胸ポケットからオレンジサファイアのような石を取り出した。
 人肌で温められただけではない、それは自ら熱を発している奇妙な石である。
 石の温もりは、心落ち着く温かさであり、彼女はどこか手放したくないと感じていた。

「一度それでやってみてはどうか」
『では、はいどうぞ――』
「う、うん……」

 シェイラはダメ元でそれをころんと落とし、カボチャを揺らしコロコロと頃がし始めた。
 ――すると、淡い橙色の光を放つ石は、次第にごうごうと燃えるような音を立て始め……突然ぐるりっ、と反転したのである。

「イェアッ、やっと戻ったぜッ! おい、マフィー! マッフィー!
 ヘッドバンギング見せろっつーからしたら、オレサマの核飛んで行ったじゃねーかヨッ!
 超久々に呼び出しておいてなんだヨッ! しかも、それ放置してくしヨッ!」
「きゃっ、な、何っ!?」
「『きゃっ』って、何かわいい声出してんだ、なぁマ――あれ、誰ダッケ?」

 すぐに忘れてしまうのか、頭に思い浮かんだ言葉を矢継ぎ早に喋り始めているようでもあり、一人で途中まで喋っては切り、別の話をし始める。
 くるくると回りながら、けたたましく喋り続けるカボチャ飾りについて行けず、皆が唖然とした表情で、それを見つめるしかないようであった。

「――おおっ! そこにあるのは“天秤”! 断罪者サマではありませんか!
 いやー、アンタがまだいるって事は、アイツぶっ飛ばしたんだろ!
 俺アイツ嫌いだったんだ、ヨーホーッ」
「……む、アイツとは?」
「アイツだよアイツ! ……えーっと、何の話してんだ?
 まっいーや、過去は過去だ。今が楽しければオールオッケー!
 で、オレサマに何かよーじ? 何か『女の子を手伝ってあげて』って言われた気がするから、手伝うヨ」

 赤く光りを放つカボチャの目は、シェイラの方向に向けられた。
 自分が作ったそれであるが、ふいにそれを向けられると言葉が出なくなってしまう。

「え、えーっと……《キングクラブ》のヌシ、の倒し方教えて?」

 ほぼ無意識の内に、頭に浮かんだそれを口に噤んでいた。

「――へ? そんな事で呼び出したの?
 “断罪者”いるんだからそれでいーじゃん、“裁断者”の声でパワーアップ!」
「んむ? どう言う事だ?」
「“裁きを下すトリオ”が、それを知らネーって事はネーでしょ?
 死を定め、雌雄を決するのがヴァルキリー! “裁断”あってこその“断罪”!
 “宣告”さえあれば、“本”もいらない。それに応じた刑罰を与えられる方法があるんだーヨ。
 けど、独裁的な力は邪悪にもなるヨ。孤独を恐れた奴は、その力と女を欲したヨ。
 コマッタコマッタ、バラバラ、バラバラ――オヤスミオヤスミ」

 カボチャ頭はケタケタと笑いながら光を失い、元のカボチャ飾りに戻った。
 核となっていたであろう、オレンジサファイアも消えたようだ――。
 ほぼ一人で喋り倒したため、その場に居る者たちは呆然と立ち尽くし、洞穴の中はしん……とした静寂に包まれている。
 ベルグも黙り込み、その言葉を何度も頭の中で反芻していた。

(“裁断”の宣告……? “裁断者”とヴァルキリー……?
 あのジャック・オー・ランタンは、シェイラの他のヴァルキリーを知っているのか?
 いや、他のではなく――先代の、か)

 ベルグは“天秤”に目を落とした。
 確かに、前・“裁断者”がいなくなってからは、“断罪者”が一人で担ってきた“役目”である。
 天秤の裁量は罪の重さを量るだけだ。その罪の重さに応じた力を得る――その者が“有罪”とするか、“無罪”するかは断罪者本人のさじ加減でしかない。
 これまでずっとそうして来たように、彼もそのプロセスに準じてきたのである。
 “天秤”以外の二つは、遠い過去に置いて来た遺物のような物だ。
 どうしてそうなっているのか、などはこれまで考えた事もない。
 ……そこでふと、昨晩の出来事を思い出した。
 《キングクラブ》叩き斬った時、眼が赤く――“断罪”の力を発していた、と。

(シェイラを守ろうとした一心だったと思っていたが、確かあの時何かを呟いていた)

 “メダル”を介してもいないのに、“天秤”は相手に“罪と認めた”のである。
 断罪者は罪を恐れねばならない、と父親から教えられた言葉が頭をよぎった。

「まさか……シェイラの“宣告”で、全て決まるのか……?」
「ふぇ?」

 ベルグがふと漏らした言葉と、気の抜けたシェイラの返事がその静寂を破った。

「――もし仮に、シェイラが『死刑』と決定すれば、それ相応の力を……天秤を経由せずとも、“断罪”の力が出せるのではないか、と考えたのだ」
「え、えぇぇっ……!? わっ、私にそんな決定できないよ!?」
「まぁ、ものの例えだ。それは権力を振りかざした、“独裁”でもあるからな。
 個人の見識のみで、罪を決めつけ、人の生死を決定する責任はあまりにも大きい」
「だが、悪党が好きな言葉でもあるぜ?
 特に親父のような、武力・権力でモノ言わせるような奴にはな。
 ――ま、非情な選択は、時に無責任さも必要だ。
 イチイチ気にしてたら、いつか自分の首に縄をかけちまうからよ」

 と、カートはシェイラに言った。
 その言葉は正しく、最終的には決定を下す者に責任がのしかかるため、全てをまともに受け・考えていれば、心身が持たなくなってしまうのである。
 ベルグもそれは身を持って理解しており、大きく頷いて同意を示していた。

「通常のプロセスでは、審理・裁断・断罪の順で“裁き”が行われるが……」

 罪の重さを量るのには一定の時間を要するため、それまでの時間を稼ぐのが、レオノーラが就く予定である“守護者”だった。
 だが、そのプロセスを飛ばし、“最終決定”だけで済ませる方法――“独裁”が存在する。ジャック・オー・ランタンは、その方法を教えたのだ。

「有罪か、無罪か――そのどちらかだけでも決めれば、俺も天秤の重さを見るだけで済む。
 “裁断者”も“天秤”を所持してた方が……む、そうすると俺がいらなくなるな」
「後は、“審理者”の持つ“タブレット”だっけか?
 もし、そいつが“過去の行い”を調べあげれば、判断も確定的になるだろうよ」

 裁きの行程が鮮明になっていくにつれて、彼女はどこか冷たい物を感じていた。
 シェイラはこれまで『自分が“ヴァルキリー”と言うクラス』程度の認識しかなかった。
 二人の会話を聞き、ようやく“裁きを下す者”の、責任の重大さに気づいたのである。

(私が、人の運命を、命を左右する立場に……)
 
 それを実感すると、背中を這う“何か”を感じてしまった。
 そして、それは尻から背に伝って来ると――

「ん? ――ちょ、ちょっと!?」

 《コボルド》の幼子が、フンフンと、目の前にあったシェイラの尻を嗅いでいたのである。
 犬は尻の匂いを嗅いで、個々の情報を知る――この幼子も、シェイラと言う女に興味を持ち、その人となりを知ろうとしているのだろう。

「まぁ、犬の挨拶のようなものだからな」
「うぅ……で、でも、長くない……?」

 《コボルド》の幼子は生態的には犬に近く、文化を知るにはもう少し成長しなければならない。
 手で振り払いたくとも、それは幼さからくる純粋な興味で行われているので、シェイラは恥ずかしさとくすぐったさに我慢するしかないのである。
 その興味は、尻からその股ぐらに移ろうとすると――

「――ちょ、ちょっと!? そこはだめっ!?」
「うむ、そこからは性的興味だ」
「こっここ、コラーッ!! 待ちなさいッ、有罪判決下すわよッ!!」
「さっそく独裁者じゃねェか……」

 顔を赤くした新米ヴァルキリーは、キャンキャンと逃げ回る犬を追いかけ回していた。

しおり