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殺人現場 

 殺人現場 

 覆面パトカーの運転は、桜木が担当した。
 大打にやらせると、交通法規を一々無視したり、ナビが付いているにも関わらず何処だか訳の分からないお宅の沢山いるイベント会場とかに連れていかれたり、時間の無駄使いが甚だしいからだ。 
 殺害に現場になった発掘現場までの道のりは車でも40分は掛かる。その間、桜木は少しでもまともな仕事の内容に話題を持って行こうと大打に話しかけた。
「薬のルートを押さえても、捕まえられるのは末端のヤクザの売人です。署の取り締まりの記録を見ていてもいつもトカゲの尻尾切りですよ。真の悪人である組の幹部の人達は痛くも痒くも無いんですから」
「尻尾切りか…………」
 大打の何か過去の事件でも思い返しているような物言いと遠くを見る眼差しに、桜木は興味を感じて聞き返した。 
「何ですか、大打さん何か引っかかる事件でもありましたか、私の話から……?」
「トカゲは尻尾を切った時、果たして痛くも痒くも無いのだろうか?」
 桜木は何かを期待して聞き返した自分がバカだったと痛感した。
「さぁ、痒い程度はあるかも……とかげさんに聞いてみないと」
 どうでも良い答えしか返せない、その程度の質問だ。それに大打は話を続けた。
「一旦は切れてしまった尻尾はそれが元の通常のトカゲが付けている長さに成長を遂げていくまでに、いったいどれほどの時間がかかるののだろう? さぞやトカゲも日常生活には不便することだろう。なにせそれまでとは体全体のバランスがかなり違ってくるからな」
「そんなこと考えたこと無いです。尻尾切りはそれだけでもう、言葉の慣用句になってますから。切れた尻尾はどうでもいいと言う例えですから」
「桜木、いいか、真の日本語の心を忘れてはいけない」
「ここで私に対して、それ言いますか?」
「トカゲが尻尾を切って逃げ出した後、残された尻尾見たことはあるか?」
「あります、小さい頃に田舎で。ピコピコ生きてるみたいに動いてますよね。あれってちょっと気持ち悪いですよね」
 それに大打が答える。
「そうなんだ。しかし気持ち悪いのは最初だけだ。違う!」
何時もながら妙なところで、大打は自問自答すると桜木は思った。思ったが慣れたのでスルーした。
「俺が言おうとしているのは、そこじゃない。けっこう切断して痛そうに見えるということだ。
しかし真にオレが気にしているのは切断面の方だ。綺麗に刃物で切ったみたいに切れている」
 大打のトカゲの尻尾に対する強いこだわりに当惑して、桜木は答えた。
「そんなに、しっかり見たこと無いですから。それからあまり、その現場に遭遇しないですし」
「なぜ、あんなにしっかり切れるのだろうか?」
桜木は、どうでもいいやとばかりに相づちを打った。
「トカゲさんが、ちっちゃい刃物とか出してサッサッと尻尾切っていたりして、エヘッ」
 その桜木の投げやりな態度に敏感に反応した大打は、いきなり切れた。
「メルヘンに逃げるのはよせぇ! 俺の一番嫌いな世の中を斜に見た不良の暴走族の考え方だ」
「意味不明です」
「すまん、トカゲがちっちゃな刃物持ってる絵が余りにリアルに頭の中に浮かんでしまってな。俺の内面の尻尾切りの真実が塗り変えられてしまいそうになったんだ。今は危なかったホントに」
「じゃあ、私のメルヘンって、説得性アリアリって事じゃないですか」
「そう、そう考えた俺自身が瞬間許せんかったんだ……」
「そこは良いですから、話を続けて下さい。何の話がしたかったんですか?」
「トカゲの尻尾ってやつは、ひょとしたら、前から切り取れるように断面が幾層にも用意され
ていて、尻尾の中で組織がスライス状態になっているんじゃあないのか?」
 これも過去に聞いたことのない仮説だ。桜木は回答に窮した。学研の「生物なぜなぜ図鑑」とかにも載ってない。
「………………」
「前から尻尾を細分化してあるならそんなにトカゲは痛くは無いのかも知れない」
「でも、切り離された尻尾がピョコピョコ動くという事は、神経が通っていると思うんです。それならやっぱ痛いんじゃないすかね??」
「あれは神経じゃなくて、単に電気的刺激に反応しているだけの筋肉と考えられないか。尻尾の中は輪切り体質になっていて、どこを切ってもポッキンほら金太郎体質に作られていると俺は考察する」
「それならそれで私は良いです。賛成ー 尻尾は輪切りで出来ている」
 優美子はまたしても、しまったと感じた。今の発言は猛烈大打刑事から突っ込まれると予感した。
 その予感は的中する。
「なんだ桜木、会話をなんとか早く切り上げようとしている今の見え見えの相づちの入れ方はー 大人を馬鹿にしているのかぁ」
 やっぱり来た、と桜木は思ったがもう遅い。大打のトークに口を挟めない。
「ある時優美子は意中の男と結婚を企んで、そのお母である男の実家の婆さんに媚を売ろうとして『お母さん、それは私がやりますから』みたいなことを口では言ったとしてもだ。その言い方が今のトカゲの尻尾の返答のような上の空の相づちの入れ方をしていたら、お前の態度にお年寄りに対して一切の愛情、関心が無いことは見え見えになってしまうじゃないか。それがわからないのか。俺じゃなくても大抵の成人男子なら、この逆セクハラ並の言葉の暴力にナイーブなハートがジンジン傷つくと思うぞ!」
「そんなムキにならなくても……いや、私の気持ちは確かにそうでしたが……認めます。傷つく時はズキズキでは……?」
 そう答えながら、優美子は改めて、自分が何故今ここで大打刑事に対して卑屈とも言える低姿勢な態度を取らないといけないのかと言う事に疑問を持った。そして、つい条件反射的にそういう応答をしてしまった自分に対して心中憤りが沸き上がって来た。これでは昨日の自分を反省したことが実になっていないではないか。桜木はそうも感じていた。

 そんなたわいのない会話を続けているうちに、大打と桜木、二人を乗せた車は港町署を出て、港町の山間部にある大学考古学部の発掘現場に到着した。

 桜木は現場に到着した事を大打に告げた。
「そろそろ現場に着きますよ、大打さん。車どこに止めるんですか?」
「ここいらに止めとけば良いだろう。問題は、ない。今は大切な話をしようとしていたのだ」
 桜木は、まだ話が続くのかと嫌気がさしたがそれを気取られないように、指示された場所でハンドルを切って停車した。大打からは雑な指示しか出なかったが仕方なく言われた通り道路上に車を停車させた。発掘の現場からは多少離れてはいるが、その場所は四方を見渡せる小高い丘の道路際で、これから捜査を開始するには悪いロケーションではないと思われた。
偶然停車位置からは、女性の殺害現場の遺跡発掘場が眼下に見下ろせる位置でもあり、近隣の建物もほぼ視野に捉えられた。
「あの、向こうのビルはなんだ?」
 大打は発掘現場の反対側に立つビルの一つを指さして言った。
「他には、農家か倉庫、資材置き場くらいしかない地域ですからビルは目立ちますね」
「それもそうなんだが、大体あんな感じの建物はラブホだろう。それにしちゃぁ看板がない。会社のビルだったら何の会社が入ってるんだ?」
「そうですね。気になりますね」
「良いか、ひよっこ。あそこのビルからだったら殺害現場は見下ろせる。すなわち2日前の夜の22時から1時くらいの間に誰かがいたら、事件目撃の可能性は十分あるってことだ」
「あっ確かにそうですね。さすが大打刑事」
 桜木は言葉の端々で、さり気なく大打をおだてることにより、彼に捜査に対するやる気を起こさせようといつも考えている。彼女が編み出した大打操縦法だ。彼がやる気を出してくれた方が、仕事は常にそうじゃない状態より遥かにやり易いからだ。そう言って、ちらっと大打の表情を横目で観察してみた。前方のビルに注意を集中している感じだ。絡まれずに上手くいったと桜木は内心胸を撫で下ろした。
「馬鹿、ひよっこに煽てられたら体が痒くなってきた。俺は車で待ってるからひよっこ一人であの向こうに見えるビル、探ってこい。ただし怪しまれるなよ」
「ええ―――私一人で聞き込み行ったら、なんか不自然じゃありませんか?」
「ふっ、ふっ、ふっ、ビルに引っ張り込まれて犯されるかも知れんな」
「ホラー映画のハウスですか? それは大丈夫かと。警察学校で護身術の訓練は優でしたから。鍛えてますから」ハウス???
「そう、じゃあ恐れずに行って来い!!」

 大打の指さしたビルは雑居ビルのようだった。そこをひと回り歩いて桜木は戻ってきた。
「どうだ、誰かいたか?」
「鍵がかかっていて、人影もなかったので、戻りました」
「そうか、まだフラグが立ってないようだな」
「えっ?」
「いや、何でもないんだ。独り言だ」
 大打が独り言を言い始めたので、桜木は一人で作業を始めた。
 彼女は鑑識課から借りたDVDカメラを車内から発掘現場が見える位置にセットし始めた。大打は桜木が自分の話を膝を正して聞こうとしない態度に多少、いらいらしてしゃべりかけた。
「オイ、聞いているのか、桜木?」
「はい、はい、聞いてます。 ところでここの位置から張り込みで良いんですか、大打さん?ここだと、下り車線一車線ですから、ずっと停車していたら交通の邪魔になります…………
 現場にもっと近づいて適当な場所を探した方が……」
 彼女は一向に大打の会話に耳を傾けようとはしていない。
「そんな事より俺は今は大切な話をする。なかなか聞けない話だ。実は俺はこびとを見たことがある! どうだ、真実のメルヘンだろう、刑事魂のたぎる勇壮な肉体の中に潜むメルヘンの心…………正に男のロマンよね」
 桜木はやはり大打の話をまじめに聞かなくて良かったと確信した。しかし、仕方なく話に相づちを入れた。
「いったいこびと、どこで見たんですか、幼少期の頃にとか……??」
「いや、現在形だ。今もちょろちょろ署の中にいるじゃないか、視界の端に小さなおやじみたいのが見えていて、さっさっと机の陰とかに隠れたりして、桜木も見たことあるだろ署の中で」
「無いですよ! それってメルヘンじゃなくてただの危ない中年の幻視ですよ。幻覚ですって」
「こびと観察日記とかいう絵本が、通っている歯医者に置いてあってな、それに俺がいつも見えているこびと達が載っているのか待ち時間の間に探してみたんだが……」
 優美子は多少この話に興味を持ち始めた自分が悔しかった。しかし事の真偽は聞いておこうと思った。
「大打刑事、それで署内はくまなく探しましたか?で、居ましたか、小人は…………!」
 大打は口惜しそうに答える。
「いない、いないんだ。俺に見えるのは動きの素早い黒くて小さい……」
「わかりました、触覚の長いヤツだったんですね?」
桜木は騙されたと思ったが、話に釣られた自分がいけないのだと後悔した。大打は話を続けた。
「そう、そう……そう言えばその図鑑の中に「モクモドキオオコビト」とか言うこびとがいてな。オオコビトとか言っても全然大きくない、どちらかというと他のコビトと同じ位の大きさなんだが。カブトムシの種類に大カブトとかいるから、そこいら辺のゴロから名付けられたんだろう。カブトムシと言えば、カブトヨソオイというコビトはカブトムシみたいな殻を被って擬態していてな、人間に捕まえられると、体を下を向けられると、体の殻を残してパカッと中身が落ちて逃げるんだ。まぁ、トカゲの尻尾切りのパチネタだな、はっはっはっ」
「こびと信じてるとか言っているその口で「パチネタだ」とか言いますか!」
 桜木は一応突っ込んだ。
「臨機応変にだ、日本語は適切に使わないとな。とにかくだ!!こびとのOVAは桜木が小さい頃に置き忘れて来たメルヘンの心を呼び覚ましてくれる。一見の価値が…………」
「誰が、置き忘れて来たんですか! 私、今でも夢は沢山持ってると思っています」
 桜木は大打のさりげない一言に自分の人間性に対しての批判が含まれていると感じて、反論した。その言葉を受け流して、大打は話を続ける。 
「……でさぁOVAって言い方おかしくねぇ…………?」
「もう、私の問いかけに返して下さいよ。こびととかは、いいですから」
 大打は桜木の言葉を無視して話題を変えた。人の話をまるで聞かない。
「ところでさぁ桜木、OVAって、何の略だと思う」
「オリジナル・ビデオ・アニメーションの略じゃないですか?」
 仕方なく桜木のほうで会話に合わせていくしかない。
「そうだが……今、ビデオって新作って製造されてないだろ?落語とか浪曲とかは例外だが。だったら言い方変えてさ、ODVで良いじゃない。DはDVDのDだよ」
「ちょっと言いづらいですね。でも、大打さんが、そう言いはって、その言い方を世の中に広めて行ったら良いんじゃないですか?」
 それこそどうでも良いと優美子は思った。
「それがさ、改めて言うほど大発見でもないし、ポンと手を叩くほどの話でもないじゃん」
「そうですね」
「ただ、その事に気がつくと、もうこれからOVAって言い方は言いづらくなってくるだろ。
 しかしそれを自分から世の中に大々的に言い出しづらい理由はな、自分以外の大抵の人はもうその事に気がついているみたいに感じに思えてしまうからだ。
 言い出しづらいわけよ。そう言う心理から、ことばの狭間サルガッソーにはまりこんだことばが「OVA」じゃないだろうか!」
「大打さんの話聞いてたら、私もどうでも言いように思えて来ました。ODVの事。誰か何時の間にかそっと、言葉を言い換えてくれませんかねー」
「桜木、おまえの出番だぞ!」
「私が何言ったって、こんな小娘の話、誰も聞いてませんよ!」
「いや、いや、いや、交通課のネットで、パンチラ写真とセットで押していばODVも注目される可能性が出てくるかも……」
「警視庁のHP使えるわけないじゃないですか。それにネットだとよっぽどのパンチラじゃないと、大体の人は無視しちゃいますよね。エロ写真は沢山ネットに溢れてますから」
「桜木、意外と自分の価値を分かってるな、おまえって」
 この一言には桜木はさすがにむかっと来た。多少は謙遜して言ったのにと思ったのだ。
「私、価値はありますよぉ、かなりぃある! バカにしないで下さい。ただ、ネットでは、そ
の手の写真、動画は飽きられてると思いますっ」
 大打は優美子の機嫌を損ねたことにはとんちゃくせず、言葉を続けた。
「じゃあ、どうやったら注目されると思う?」
「え……え……そうですね……私の育てている熱帯魚のモモちゃんとか、自作の刺繍付きの手袋を公開しちゃったりしてですね……! そこで、私が登場して……ピースピースとかして、可愛く…………毎日データを更新してですね」
「よさんか!!聞いた俺が悪かった。そんな映像流したら、俺みたいな男は顔真っ赤にしてパソコン壊すぞ、マジでぇテロ電波だろぅ……!」
「えっえっえっ何でですか……?!」
 優美子は大打の表現に反論しようとしたが、とっさに言葉が浮かばない。
「話がOVAだか、ODAから遠く離れてもはやおうちに帰れなくなって来ちゃっているだろうが! お母さんが心配するだろう!」
「大打さんの話だって遙か銀河の辺境まで遠く離れて、おうちに帰れなくなってしまってばかりじゃないですか! 『歩いてイスカンダル』の出番ですよ! お母さん心配しまくりマンボですよ!」
 優美子の口をついて出た言葉は、悲しいかなおよそ大打に対しての反論には不適切な表現だった。それに対して大打が答えようとした。
「帰れるよ。なぜかと言うと……」
 その時、桜木は刑事として重要な発見をした。
「あっ! 今、車の横を通り過ぎたの下鴨教授では!?」
「会話に夢中になって、思わず見過ごす所だったな」
 桜木の指さす方向を見て、大打が言う。
「大打さんは完全に見過ごしてました、今は! 全く気がついていませんでしたって? 気がついてのは私です。」
「言うようになったな。桜木」
「その言葉の使い方、また違ってませんか……大打さん?」
「教授の素行調査は今日はもういいから、俺の話を最後まで聞け」
「聞いてましたけど、聞き込み、張り込み職務優先ですよね」
 桜木は大切なタイミングだと感じて、大打の戯言をなんとか抑えようとした。
「何時しか価値の逆転が起こったのだよ」
「古代……」
 仕方なく大打のさっき使っていた「慣用句?」を使って話を合わせてみる。
「そーそー、語法はそれで正しい! 良い嫁になるぞ桜木」
「ですかーですよねー。えへっ」

 桜木はペロッと舌を出した。大打からめったに褒められたことのない桜木は、ちょっと嬉しかった。
「ちょっとおだてるとこれだ。けっけっけっけっ」
「もう、話合わせてあげたのにー」
「ところで張り込みは良いのか? こんなくだらない話にカマケている暇は刑事にはないんじゃないのか? どうなんだ桜木」
 急に真顔になった大打は頭を低くするような態勢を取った。道を歩いてくる教授はさっきよりこちらに近づいてきていた。
「この流れ、私のせいにしますかー?」
 桜木は誰に対して何を抗議していたのか、訳が分からなくなってきていた

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