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第三章 取り調べ 2

 今時のアイドルはファンとラインやったり、握手、ツーショット写真に笑顔で写ったりしてあげないと少ないファンからの人気を維持出来ない。何しろ次々にアイドルが名乗りを上げて同じようなファン獲得合戦を繰り広げる時代なのだ。
 アイドル戦国時代と呼ばれている。ファンの人数が限られている以上戦いは熾烈だ。追っかけやってる男どもがその子が自分の彼女だ、相思相愛だと妄想して、勘違いにすぐに一線を越える危険はいくらでも転がってるってわけだ。そいつらに同じCDを何枚も買わせたり、ポスターやカップを買わせたりして収益を上げてる商売なわけなんだから、男女のトラブルの起こる危険性は常に存在する。
 最近、大打は別の事件でマンション住まいの女のゴミを収集しているストーカーに聞き込みをしたが、奴も犯罪すれすれだったか。とにかくハイテクメカに凝った奴だった。そいつは多少犯罪側に足を突っ込んでいた感はあったが、他の事件の捜査中だったので見過ごした。そんなことがあったと大打は思い出した。
「ストーカー条例があるからなぁ。通報されたら捕まるよな。で、お前は何をやったんだ。コンサートの地方の宿泊ホテルで部屋に不法侵入か……。下着でもドロボーしたのか?」
「違いますよ。そんなもの欲しくない」
「じゃあ、何が欲しかったんだ。愛情とか言ったらぶっ飛ばすからな」
 ぷっと言う声が後ろから聞こえた。桜木が笑いを堪えきれずに、小さく噴き出したのだ。大打はそれを無視して話を続けた。
「何が狙いだったんだ?」
「無論、僕は彼女に溢れるくらいの愛情は持ってます。あの時は心配で、彼女の事が……」
調書を読んでいた大打の眉間にしわが寄った。
「それだけじゃないだろう。お前、地下アイドル達はその収益構造からすると、お前らみたいなアイドルボケしたストーカー何人、ラインで掴まえてるかで売り上げが決まるんだ。アイドルの生存の寿命が決まるってことだ。命の蝋燭の長さだよ。そんな彼女がお前を通報するってことは、どっかストーカーの一線を越えたんだろう」
「ストーカーの一線て、どういう意味ですか?」
 つい、桜木が大打の言葉に論理矛盾を感じて口を挟んでしまった。
「ひよっこは黙ってろ。ストーカーが何人掴まえているかで地下アイドルの価値が決まる。それ以上に犯罪性のある何かやったヤツってことだよ、こいつは」
仕方なく大打は振り返って桜木に短くそう答えた。その後向き直って小日向を睨み付ける。
「吐け。俺は大体想像がついた。俺に言わせたいか? それともこうなった以上自分でゲロするか?」
「ぼ、ぼ、ぼ、僕は何にも―――」
「白を切るな。今、白状しとけばせいぜいお前の罪状は不法侵入程度だ。すぐに帰れる。しかし、俺に睨まれたら20日拘留だけじゃ済まなくなるぞ」
「ぼ、ぼ、ぼ、僕を脅かすんだなぁ」
「脅かすんじゃない。俺は暴くんだ、お前の隠された性癖をな」
 大打がさらに小日向に詰めよっていく。
「やめてくれよ、僕はただ、ユッコが心配で部屋に」
「旅館風のホテルだったから彼女が泊まった部屋に鍵が掛かってなかったんだろう。それで部屋に人がいない隙を狙って侵入した。忘れ物を取りに帰った女がお前のことを発見した。女の通報記録では、部屋付きの風呂場にいたところを見つかったらしいな。何をしていた、洗い場の落ちている陰毛でも集めてたか?」
「それはなかったよ、排水溝にはあっただろうけど、いろんな人のがごっちゃになって、誰のだか分からなかったんだ」
「しっかり見てんじゃないか。まあそうだろうな。捕まった時のお前の所持品の中にそんなものはなかった」
「でしょう」
「持っていたのは水筒だけだ」
「げっ」
 その大打の一言で小日向の顔面が俄かに蒼白に変わった。大打は彼の変化を見て、自分の推理に確信を持った。そんな変態を数多く見てきた刑事の勘が成せる推理だ。
「うっ、それってただの水筒ですよね。なんでもないただの……」
大打は現行犯で捕まった小日向の所持品の中の調書にある水筒を取り出して、机の上に置いた。
「それは僕のだ、返してくださいよ」
「どうやら、図星の様だな。警察としては凶悪犯で拘留所が一杯なんで、お前くらいなら帰してやりたいんだが。さて、お前の回答如何では長期滞在お泊まりコース確定だな。もう白状したらどうだ?」
「法律では、法律では僕を縛ったりできないはずだよ。何も悪いことはしてないんだからぁ」
「自分でしゃべれないなら、俺が言ってやろうか、どうだ?」
「ぼ、ぼ、ぼ、僕は何にも悪くない。さっきから言ってるでしょう」
 桜木は小日向の態度を見て、なんだか可愛そうになって来た。単なるアイドルのストーカーならこのくらいで調書作成はまとめてもいいのではないかと思い始めた。そこで、つい一言大打に声を掛けてしまった。
「大打刑事、彼は不法侵入以上の事は何もしてないと自白してます。それ以上に何かあるんでしょうか?」
「ひよっこは黙ってな!!」
 今の桜木の一言は明らかに大打刑事の肝に障ったようだ。先ほどといい今といい、大打は桜
木の言葉でいささか取り調べの追及の矛先を折られた感じがしていた。それをまただ。むっとしてきた。
「刑事さん、あちらの婦警さんもそう言ってることですし、僕の罪状は不法侵入ってことで」
ただでさえ脂ぎった顔なのに、その顔中にさらに脂汗を噴き出させて、不安そうに左右に視線を彷徨わせた小日向は桜木の言葉でなんとかこの場を逃れようと画策したようだ。
「菊門を覗かれる思いだろう」
 小日向を睨み付けて、ぽつりと大打が言った。小日向にはその意味は通じた様だ。
「はっ」
小日向はその一言でまた、下を向いて汗だらけの震える両手を強く握りしめた。
「大打刑事、キクモンって言いましたか? ポケモンの仲間とかですか?」
記録を打つ手を止めて、無邪気に桜木が聞き返す。
「ひよっこ、口を挟むな。菊門と言うのはお尻の穴、うんこを出すところ」
 大打がそう言って桜木を睨み付ける。
「そうなんだ。時代劇とかで使うんですか? でもですね、その言葉死語なんじゃないですか? 私聞いたことないもん。彼に意味通じるんですか?」
 この問い返しに大打は完全にキレた。
「立派に生きてる言葉だ。高齢者の読むSM雑誌とか時代劇小説では、バリバリの現役の言葉だ。お前が知らないだけだ。確かに古い言葉だがな。人に気持ちの底まで見透かされてるって時に使う表現だ。お前も言ってみろ、さあ大きな声で、桜木」
 大打に意味を教えられて、顔を赤らめて咄嗟に言葉が返せない桜木だ。
「えっ、言ってくれるんですかそこの婦警さんが。待ってください、今スマホの録音入れますから」
 過敏に反応したのは、むしろ小日向の方だった。まだ没収されていないポケットの中のスマホに急いで手を伸ばす。
「嫌です。なんで私がそんな恥ずかしいこと言って、おまけに録音までされないといけないんですか。嫌ですよ」
「えー一言そう言ってくれるだけで良いのに。それだったら『肛門』でも『穴』だけでも良いです。言ってよユッコ」
 と調子に乗った小日向が促す。
「黙れ、黙れ、黙れ、小日向ぁ――、婦警侮辱罪で罪が重くなるぞ、良いのかぁ」
 大打が小日向を怒鳴りつける。
「そんなぁ、あの娘に言えって言ったのは刑事さんじゃぁないかぁ」
 小日向がいかにも残念そうにそう言う。
「今のとこ、記録飛ばしていいですか?」
 気を取り直した桜木はデスクに向き直って、大打にそう聞く。
「ダメだ、容疑者はこう言った。菊門を覗かれた思いです、と」
「大打さんがそう言っただけじゃないですか。彼は何も……」
 桜木は大打の言葉にまた少し反抗するが、そこにも小日向が口を挟んだ。
「僕も言います。はい、『菊門を覗かれた思いです』はい、言いました」
「ほら、彼だって言ってるじゃないか」
 大打が小日向の言葉を聞いて、桜木に調書に残すように即した。容疑者の陳述だと、打たないわけにいかないと桜木は唇を噛みしめ、キーボードを打ち始める。
「録音、良いですか?」
 諦め切れないのか、小日向が大打の方にスマホを向けて嘆願してくる。
「桜木、言ってやったらどうだ? こいつお願いしてるぞ」
「一言、『菊門を覗かれた思いです』ってお願いします」
「言ってやれ、桜木、サービスタイムだ」
「どこのキャバレーですか?」
 小日向が聞く。
「あっ錦糸町ね」
 と答える大打。
「言って、言って――――」
 大打と小日向のセクハラ攻撃に、沈黙して下を向いていた桜木だが、何故自分がこうも追い込まれるのか分からなくなってきた。部屋の中は窓を開けているにも関わらず澱んだ空気の中で興奮し始めた男の異臭をさらに強く放ち始めた。
「もう、やだぁ―――キーボード打たない!!」
 桜木がキーボードから手を離し頭を抱えて、そう叫んだ。
 その言葉に、大打が一瞬、真顔になった。
「本題に話を戻す。桜木は尋問に口を挟むな。大学のミーティングじゃないんだからな。黙って調書の記録を取ればいいんだ」
 桜木の態度を見た大打が、何を考えたかこれまでの事はなかった様な口調で、話始めた。
「すみません」
 桜木が何故か謝ってそれに答える。
「えっ良いのに。可愛い声なのに」
 小日向はせっかくうまくいきかけた作戦の失敗を惜しそうにしている。
「黙れ、黙れ、黙れ変態、お前は風呂場で何をやってたんだ、今すぐ言え」
「ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、僕は風呂場でユッコの入ってた湯舟のお湯を……」
「そうだ、お前は女の浸かっていた風呂の湯を飲んでいたんだ。残りを水筒に詰めてるとこを
女に発見され、通報で部屋に来たホテルのボーイ達に取り押さえられ捕まったんだ。以上に間違いないな」

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