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第二章 捜査会議 2

 どこに感心してるんだろうと優美子は思った。力が抜けてため息が漏れた。
「残念でしたー」
 大打が舌を出している。と、同時に桜木のパンチを避ける様にさっと彼女のリーチの射影範囲から身を遠ざける。そのしぐさがまた不愉快だ。彼は桜木はバッカじゃないのという表情で俯いた顔を覗き込んだ。彼女は必死に怒りを顔に出さないように、両手を握りしめ、息を整えて平静を装った。それでも頬がちょっと赤くなっているのは隠せない。
「フンッ」
 鼻で笑う大打を無視して、桜木は口を開いた。急いで話題を変えないといけないと思ったのだ。慌てて考えた話題はたいした話ではないのだが。
「だ……大打刑事、Fと言ったら、フォックスロットfoxtrot(ダンスの曲)ですよね。Sと言ったらシアラshear(大はさみ)ですよね。研修で習いました」
「昔過ぎてとっくに忘れたわそんなの、盗難車とかの確認連絡で使うアルファベット呼称だろ。あれも間違うやつ多いよな。Sはセックス、Fはファックで、当然Aと言ったらア・ナ・ルだ。これならオペレーターは間違わん」
「はぁ、何ですかそれ? それじゃぁ盗難犯を目の前にして婦警さんとか言えないですよね」
「恥ずかしかったら、顔真っ赤にしてごにょごにょ言えばよい」
「オペレーターに伝わらないじゃないですか、そんな警察官いませんよ、もう!! 私、Aでついついアイスとか浮かんじゃうんです。Airですよね」
「ふん、脳が甘そうだな。夏のトロピカル3段重ねメニューか」
「交通課の主任ったら、Gはジャイアンツ、Sはスワローズですから、ダメダメです新人の指導員なのに」
「わかり易くて良いじゃないか」
「Gはゴルフですよね、じゃあX覚えてます?」
「Xマン」
「まんまじゃないですか、それじゃぁ」
「X饅頭」
「聞いた私がバカでした。Xは、Xrayです。クリスマスXmasじぁないって言おうと思ってたのに」
「X饅頭は、さすがの俺でも言ったことないな、くだらない、げらげら」

「大打さん、私今回の件で、急いで本読んで多少考古学の基礎知識身に付けたんですが、聞いてくれます? 恐竜という生物の定義は何だと思いますか?」
「のび太の恐竜に出てくるヤツ全部だろう? 全部と言っても、無論ここはのび太とドラえもん達は除いてだ」
 なぞなぞの答えの様な、大打の回答だ。
「それが違うんです。2本ないしは4本の足を垂直にして立てる事が恐竜であることの条件みたいなんです」
「じゃあ、ワニとかトカゲとかは? ちびっ子恐竜じゃないっていうのか?」
「はい、ワニは足が体と平行に付いていて、移動するのに腹を地面に擦りつけていますから恐竜とは違います。この定義だと蛇も恐竜から外れます。
 そしてプテラノドンとか魚竜、首長竜の仲間も恐竜から外れるんです」
「ふーん、それで?」
「それだけです。豆知識ですから。あくまでマメ」
「………マメ、マメ言うな…」
 大打はじっと桜木優美子の顔を見つめた。
 それに気づいた優美子は多少体の向きをずらし、気まずそうに下を向いて、自分の手帳をめくりながら大打の次の発言を待っていた。
「桜木……今の話な、俺が今回の骨を署の全体会議や記者会見とかで「恐竜」とか言って、恥かかないように気を使ってくれたのか? フタバスズキリュウは首長竜だからな」
「あ……いやそんな……」
「ありがとうな……」
「余計なこと言ってすいません」
「本題に戻るぞ。本件はまずは教授の身辺調査が重要だと思われるな」
「はい、教授は殺害現場での聞き込みによると犯行当時のアリバイは研究室にいて、目撃者は少ないみたいです」
「ちらっとでも研究室にいたとか教授と話したという学生はいるのか?」
「今のところは居ません。まだ数人しか聞き込みは出来ていませんから。そのうち出てくるかもです」
「それなら、一発下鴨をしょっぴいてさ、取り調べ室で吐かせるっていうのがこの場合は、てっとり早いんじゃないか?」
「大打さん、そこまで決めつけて良いんでしょうか、この事件?」 
「え、ダメなの……」
「まだ、被害者の交友関係がまるで分かっていませんし、殺害の動機も分かりません。
一概に下鴨教授を犯人扱いするのもどうかと……」
「そういう時の為に重要参考人という便利な扱いが警察にあるわけだろ」
「は……い」
「嫌……いやなの……?」
 大打は挑戦的な視線を桜木に向けた。ひよっ子が操作方法に口を挟むなど一千年早いぐらい言いそうな表情だ。
「大打さんはいつも、警察の権力を笠に着た捜査ってとっても反発するじゃないですか。
 というか神様も敵対国家も全て含めて、世間で使われているありとあらゆる権力による強制という手法に全てに、大打さん無差別に反発しますよね?
 知らない人が見ているとまるで、道歩いていて周りの人達みんなに喧嘩売って歩いているみたいに」
「あれ……それって悪いこと……?」
「違うんです。私、他の大打さんの性格はともかくそういった性格の部分はとても素晴らしいと前から尊敬してたんです」
 桜木巡査はしっかりと代打刑事の方を向いて、目を彼に合わせた。大きな瞳が少し潤んでいる。感情がこみ上げてきているのは声色からだけでなく表情がさっきまでと明らかに違うことでも分かる。
「俺は権力の僕(しもべ)で虎の威を借る狐さんよ」
「はい、わかりました。照れなくて良いんです。
 だから、大打さんがまだろくに証拠堅めもする前から下鴨教授を引っ張って来て、署に拘束して20日間で吐かせるなんて手を使うのかなぁっ? て、今聞いても正直信じられなくって」
「…………わぁるかった、いや、俺も人間だからさ。今の発言撤回、魔が差したのよ。ていうか、この事件誰が考えてもこの下鴨っておやじが事件の中心に居そうでしょ?」
「最近の警視庁の極秘データでは、刑事事件で逮捕状が出て、身柄を拘束された容疑者の中で22日間の拘束期間で罪状を認めた初犯の犯人は85パーセントです。
 そして罪状否認を含めて、検察に起訴されて有罪判決が出る確率は96パーセント。
 疑わしきは罰せずではなく、ネットの誤認逮捕の市民の自白例をニュースとか見るまでもなく市民は逮捕、拘留されてしまえばよっぽどの事がない限り日本警察では大体の市民は有罪になるんです」
「中世からそこいら辺は変わってないよな、警察と言う機構は…………」
「だから、だからです! 現場の我々警察官が法を正確に運用してもらえるように最善の捜査を行い間違いのない逮捕をしていかないといけない時代になって来ちゃったんだと思ったんです。 それほど現代の法システムは一方通行で危険な面を内包している部分があると感じます」
「桜木は公僕である俺達が、市民の盾になれと言いたいのか?」
「大打さんなら、普通にそうやってもらえると、私前から信じてます」
「俺はただ俺が気に食わないヤツをぶっ飛ばすだけだ。それは変わらないぞ!」
「はい、それで十分です。ワン○―スのルフィも同じこと言ってましたぁ」
 大打の口元が緩んだ。例え相手が小娘だろうと俺の捜査の信者が一人でも出来るのは悪くないと思っているようだ。今のしてやったりの表情は彼が飲み屋でしか見せないそれだ。
「今は捜査礼状を申請するのは置いておこう。まずは足で歩くのが捜査の基本だからな」
「私、歩くの得意です。私なんかの話、きちんと聞いていただきありがとうございます! ご静聴感謝します」
「少しは警察官らしくなってきたな」
「ありがとうございます!」
「捜査は現場からか…………」
 優美子は安心したのか、ダッと疲れが出たのを感じた。
 それからの会議はそれまでとは多少雰囲気が変わって、2人の間でのこれまでの捜査の状況確認は進展出来た様だ。
 この気難しい中年相手に捜査会議を少しは先に進める事が出来たのだ。優美子は忍耐力の良い鍛練になっていると思った。社会でやりたい事を実行していくには、忍耐力こそが必要とされるのだ。それは警察学校で習った大切な教えでもある。鑑識の大津が考えていた彼女の潜在能力だ。だが、大津の心中の言葉は彼女には届いてはいないのだが。 
 一旦話が一息して、会議から開放された彼女は、フッと視線を窓の外に移した。
 快晴のとっても良い天気だ。会議室の窓の外を開けて風を頬に受けた優美子は視線を流れる雲に向けた。
 快晴の空を気持ち良さそうにヒバリが飛んでいた。

      第三章 取り調べ に続く

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