バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第一章 港町署 鑑識課 5

「殺害現場は港大学考古学部研究室の発掘現場なんだ。化石が落ちている可能性がないことはない。ただ、すでに教授の研究室に運ばれていた化石がまた発掘現場に戻されて凶器に使用されているというのは、食い詰めたアラブ人の犯行では説明が着かないだろう」
 そこにまた、大打が口を挟む。
「殺害時刻は……凶器から判定して約1億5千年前か……」
 大津以下その場にいた全員が大打のその発言に耳を疑った。どこからそんな結論に繋がって行くんだ。
「オイ、オイ、その方向には話は行かないだろう。そうは報告書に書かないでくれよな」

「冗談だ」
 大打はにやりと顎の下の無精ヒゲを撫でながら、大津を見つめていた。
 彼の表情は今のがウケたと思っているドヤ顔だ。

 大津は話が進まないので、少しイライラする気持ちを押さえながら、説明を続けた。
「それより、この時代の生物の全身の化石というのは、今まで日本の土壌の中からほとんど発見されていない。それが、フタバスズキリュウで、ここで発見されたとなると、それはそれで考古学上の大発見という事になる」
「考古学上か……神の手を持つ発掘教授か……胡散臭いもんが揃ってきた感じだ……」
 どうやら大打は有名な考古学者が嫌いなようだ。
「この港町の地層から首長竜の生態系の確認が取れた訳だから、考古学的には大発見だろうが……」
「その化石がもしも、どっかから持ってこられた物だとしたら。良くある犯人の殺人の偽装だとしたら。犯行時刻をごまかすとか、捜査の視点を犯人から遠避けるとか……」
「そうだとすると犯人の意図は……」
 大打の発言に混乱させられた井村刑事が慌てて口を挟む。
「ふふん、俺の灰色の脳細胞が活発に活動を始めている。これは一見単純な衝動殺人に見えて、極めて奥の深いスペクタクルな大事件の一端なのかも知れない」
 不覚にも井村刑事は多少大打に乗せられかかっている。
 大津は大打の本音を聞きたかった。ここまでの鑑識の説明から何か現場の叩き上げのデカは感じ取ってくれたのだろうか、そのくらいの勘は期待したかった。
「おまえの推理を聞かせてくれ」
「犯人は古代の人類の先祖クロマニオン人、時空間の亀裂から現代に出現して、過去の狩猟の延長で現代の女性を殺害してしまった、無論残忍なことに餌としてだ。その凶器を現代に落とすのだが、また時空の歪みに捉えられてどこかの世界に移動していったのだ。
今はどこの時空をさまよう時の旅人となっているのか……その旅の中で無用の殺生をしてしまった事を後悔しているかも知れない。それとも空腹で苦しんでいるか…」
 大津は本気で全身の力が抜けた。何とか大打の話を本筋に戻そうと言葉を続けた。
「と、警察に思わせたい現代人の犯人の犯行現場の偽装工作だと……」
 大津が推理を現実的な話に少しでも近づけようと補足する。
「そうそう、それだと警察は、『時間警察ウラシマン』や『スピルバン』じゃないから犯人を追えない。迷宮入りしてあきらめるしかないと思わせる、俺が犯人ならそうするね」
「お前の担当していた事件に迷宮入り、未解決の多い理由はそのせいか……」
 大津は目頭を押さえて、イスに座り込んだ。
 その仕草をどうとらえたのか、大打が言葉を続けた。
「実際、面倒くさい事件が多くてな……今捜査している『チンコ殺人事件…………』思いの他時間を取られてな。そっちの捜査にも署長から別の面倒臭い助手を同行させられて。ベビィのお守2人も大概にしてほしいもんだ」
「チンコ殺人事件ってなんだ? 捜査本部の名前くらいもうちょっとましなのが付かなかったのか?」
 と大津。
「殺された男が書いた殺害現場のダイングメッセージが片仮名で「チンコ」だ。そこから捜査本部が作られて事件に名が付けられた。そうなったら、そう呼ぶしかないだろう、この事件」 
 大打はそんなことも分からないのかと言いたげな口ぶりだ。
「片仮名のチンコ……。日本語で片仮名のチンコが付くのは「パチンコ」がまず思い浮かぶ。その現場で「パ」が書いてある何かはなかったのか? 鑑識は当時現場のレポートにそこいらの推論を書いて提出したぜ。俺が書いたんだ」
「そうなのか、大津」
「良く読んでくれ、せっかく鑑識を使ってるんだから」
「チンコから始まる言葉ばかり追っていたからな。その手があったか」
 大打は大津のアドバイスに心底衝撃を受けた様子だ。チンコ堂に行った捜査は無駄だったのかと、思い知らされる。
「いいから今回の検死レポート持って、君は捜査本部に戻ってくれ。時間が経つと現場の手がかりはどんどん消えていっちまうだろう。まだ、他にもこの後に犯人を限定する決定的な手がかり、目撃情報などが出てくるかも知れない」
「そうだよな。時空の歪みを観測した天体研究所が存在したかとか、地震測定研究所に地軸の亀裂を観測できていたかどうかなどを専門家筋に聞き取り調査に回らないといけない事が山積みだ。今日は忙しくなってきたな」
「何故そうSF的方向に事件を発展されて行こうと考えるんだ。その可能性は、ほぼ皆無だろう!」

しおり