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第一章 港町署 鑑識課 4


 世間から彼の発掘は数々の考古学的新発見に繋がりそれらが話題になって、この港町を発掘の町として町起こしをしようという市民団体、市の運動も盛んになってきている。
 それが今の港町の現状だ。駅前で売っていた発掘化石弁当とか、埴輪饅頭とか見たことない
かお前は?」
 大打の言い方に、大津は断定は危険だと言わんばかりの口調で彼に向かって、両手を前に掲げた。
「さぁ……決めつけるのは、危険だ」
 どうやら大津に言わせると、ただ凶器が特定出来ても、犯人に繋がる具体的な証拠とは言い難いようだ。
 大打はおせいじにも気の長い方ではない。大津の説明にいらいらしてきた。その彼のふてくされた態度を見かねて大津は、多少諭すように言った。
「お前、刑事として、世間のニュースに興味無さ過ぎじゃねぇ……」
 それにさらに、むっとして大打が答える。
「興味持たないといけないことが、職業上多すぎてな」
「それは良いとして、被害者の女性は下鴨教授の発掘現場で発見された。死後6時間から10時間経ってな。
 彼女は前日の発掘終了時に姿が見えなかったと言うからその時すでに死んでいたという線も考えられる。 
 下鴨教授は、今回の事件を受けて今から一週間程前に考古学上の大発見をマスコミ各社に発表すると言っていた記者発表を突然中止した。その対応は、自分のゼミの生徒が亡くなったのだから当然だが。
 彼が取りやめた発表の内容を聞いて驚くな。白亜紀後期に日本近海に生息していたフタバスズキリュウの新種がこの港町で発見されたという内容になるはずだったらしい。報道によるとかなり完全な全身の化石だ。そしてここに凶器となったフタバスズキリュウの化石の一部がある」

 大打はまた大津の説明が枝葉に逸れたと思った。
「驚かんよ! たかが骨の話だろう。大昔の恐竜の骨……人一人殺す動機とは考えにくい」
「関係あるだろう……報道によると、その発表が急遽取りやめになったのは、教授の発掘した新種の海竜の化石が紛失したからだと書いている記事もある」
 大津は大打が聞いてないのかと言わんばかりにそう説明を続けた。大打はやっと大津の説明が本題に繋がってきた事を感じて、口を開いた。
「すると鑑識が現場近くの草むらから発見したこの化石がその……」
「フタバスズキリュウないしは、下鴨教授の発表しようとしていた新種フタバシモガモリュウの化石の一部だったという公算が極めて高い。
 そんな発掘発表予告が先週なければ、放射生元素検査程度で恐竜の種類まで俺は付き合わせたりしない」
 大津はそう言った。それに応えて大打
「まぁ、日本の原っぱに恐竜の化石がそんなにごろごろ落ちているとはとても想像出来なかったからな。化石っつうもんは埋まってるもんだろう」
 大津以外の鑑識の面々はなんて呑み込みの悪い刑事だと言わんばかりに大打の方を見ている。
「発掘現場とかでは、一概にそうは言いきれない。一旦発掘した石の破片を見落としたとか、発掘標本の一部を誰かが持ち出したりとか、可能性はいろいろ考えられる」
「一応、その骨の写真預からせてくれ。あと、下鴨って教授からは、改めて話を聞く必要はありそうだな」
 大打はそう言って、写真に手を伸ばした。
「フタバスズキリュウと言うのは、今から1億5千年程前に日本近海に生息が確認されている小型の恐竜だ。全身のほぼ完全な化石が出土していて福井県の恐竜博物館に保管展示されている。 
 フタバシモガモリュウというのが本当に実在していたとすれば、のび太の恐竜に出てくるピー助の子孫に当たるわけだ。
 この恐竜が生息していた頃の日本列島は、まだ地核変動の激しい時代で日本の形状も現在からは、ほど遠いものだったと推測される。日本はジュラ紀から白亜紀の終わりまでの間、約1万5千年間の間で何回もの地核変動を経験している。
 日本全体で出土している白亜紀の恐竜の化石から考えても、水面から隆起した日本列島に大陸から渡ってきたと思われる陸上生活の恐竜の化石は多数出土している。
 同様に海か海岸にしか生息していなかった首長竜や魚竜の化石もまたこの日本列島では発見されている」
「地学の講習はいい。その化石は誰かが盗んで殺人の凶器に使用したという事か?」
 そういう大打の問い掛けに
「血痕と害者の頭蓋骨の陥没の形から、凶器とほぼ断定できる」
 と大津。
「おいおい、そんな目立つ物を、どうして凶器に使ったんだ? それ以前に犯人が下鴨以外だったら、どうやって大学の研究室からその貴重な化石を盗み出したんだ?」
 大津は大打のせっかちな性格にため息を漏らしながら、諭すように言葉を続けた。
「それはわからんよ。凶器としては目立つ物ではない。素人が見たらただの石っころさ。発掘された直後、まだ成型が済んでもいないような化石が紛失し、それを使って発掘現場でそれを掴んで撲殺の凶器にしたという流れは仮説としては有り得るからな」
 大打が口を挟む。
「ちょっと待った。発掘現場だからと言って、そう何時も化石がそこいらに落ちたりはしてないよな? 通りすがりの食い詰めたアラブ人の犯行という説は……? つまりは物取りの犯行?」

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