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 右足に軽く体重をかけてみると、テーピングはほどよい圧迫を足首に与えてくる。痛みはかなり軽減されていて、ヴィオレは御堂に頷いて返す。

「それはよかった。無理な運動はしばらく禁止だけどね」

「……うん」

 もう一度頷いて応え、ヴィオレは最後の身だしなみを整える。ニーハイソックスとロングブーツで足元を固めて、ようやく人心地ついたような気がした。

 ハイジアとしての扱いに慣れたとはいえ、それを全く気にしないことはいまだできない。実験対象や戦略兵器と同様のものとして自分を見る多くの人間がいると同時に、あくまで人間として扱おうとする者が一人いるからだろうか。

 御堂は科学者仲間からも白眼視されているが、ヴィオレからしても考えの読めない男だった。二人の関係は、実験対象と科学者以上のものではない。そもそも、御堂がハイジアを人間として扱うこと自体、ヴィオレに限った話ではない。

 ハイジアとなる施術を自ら施したか否かすら問わず、御堂は全てのハイジアを人間扱いしている。だから彼の研究室の応接スペースはハイジアたちの領域と化しているし、研究室らしからぬハーブの香りもハイジアたちに趣味を作るために御堂が持ち込んだものだ。

 ここまでくると、さすがに常軌を逸している──と、ヴィオレは思う。

 ヴィオレの認識で言えば、ハイジアは人間ではない。培養されたペスト細胞を体内に取り込み、成熟済みの体を作り変えた「ペスト寄りの人間」だ。

 そう考えてみれば、御堂以外の科学者がハイジアを避けることにも納得がいく。自分で培養したものであっても、天敵の細胞を体に埋めこまれた者へ拒絶反応を示すのは当然のことだからだ。

「みんなが帰ってくるまで、ここで待つか?」

 御堂が椅子から立ちあがりながら問う。彼の言う「みんな」は、浅間近辺で群れを作ろうとしていたハエ型のペストを掃討しに行ったハイジアたちのことだ。

 山頂付近にある浅間の塔から少し下ったところへ行ったはずで、そろそろ帰投予定時間になるころだった。

 とはいえ、予定は三十分から一時間は前後することを考慮しなければならない。地下と地上の間では通信機器も充分な働きができないからだ。浅間直上にいたヴィオレでさえ地下との通信でノイズを聞き続けていたのだから、さらに距離をとれば通信状況がどれだけ劣悪になるかは容易に想像できる。

 ヴィオレは数瞬迷ってから、部屋の出口を見た。

「ん……ちょっと行きたいところがあるから」

「レゾン、かな」

 問いかけるような言葉だが、御堂は半ば確信している口調で言った。残念そうに、ため息が混じる。

「苦手?」

「いや……そういうわけじゃない。ヴィオレにとって親みたいなものだからね」

 言って、御堂は苦笑に似た複雑な表情を浮かべる。

 ヴィオレの知る限り、御堂は嘘が下手な男だ。正直と言うべきなのかもしれない。他人に、というよりは、自分に。

 だから、ヴィオレは御堂にレゾンの認識を改めてもらおうとは思わなかった。確かに彼の言う通りレゾンは親のようなものだが、誰かの評価など気にするような性質の持ち主でもないからだ。

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