バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

第十話『あの人』1/3

▲【12/12】
◆【暗闇】
『あの人』
成績優秀。品行方正。
誰にでも笑顔を向け教師の言う事を素直に頷くのは模範生の代名詞。
部活動の陸上では誰よりも練習を重ね、短距離、中距離共に地区大会で優勝を収めた。
学年のカースト制で言えばその頂点を位置するのは彼と距離が近い者から挙げられていく。
軽口なトークと甘いルックス。それでいて誠実さも伴わせており、誰一人彼の悪口を言う人物はいなかった。
まさに完全無欠の名に恥じない比喩として生まれた敬称は『あの人』だった。
手が届かない、あの人。
きっと、そんなところだろうと推察する。

「キャー、"あの人"と話しちゃった」

彼は同学年の黄色い声に得意気になることはない。
彼からすれば当たり前で、自分が他者より優れているのは日常であったからだ。
キャプテン「よーし、今日はここまで」
少年「ぜぇ……ハァ……ハァ……!」
キャプテン「あまり無理はしないように。大会前に身体壊したら元も子もないぞ」
少年「ハァ……ハァ……はい……」
練習が終わって部活生全員が帰ってから自主練が始まる。
学校を締め出されてからの夜の市営グラウンド。
初めは負けてられないと言わんばかりに隣でやっていた同級生も、練習量の多さから一人、また一人と減り今では一人になった。

少年「ヒィ、ヒィ……ぜー、ぜー」
少女「……」
一人で筋力トレーニングを続けるとある日、女の子が遠目でこちらを眺める事があった。
同じぐらいの年齢であろう少女は、喋らず、絡まず、ただ遠くからこちらを眺めているだけだった。

夜なのに危ないなあと思いながらも、トレーニングを中断する事はなかった。
目標としているメニューが一通り終わり、びちょびちょになったTシャツを替える頃に決まってようやくその女の子は帰る。
会話をしないタイミングを意図しているのか、交えた事もない相手興味が募っていった。


家に帰るとまず玄関を確認する。
今日も父さんの靴がない事を残念に思いながらも、もう慣れてしまった自分が居た。
少年「ただいま」
母「おかえりなさい」
テーブルの上にはラップされて並べられている夕飯。
感覚が麻痺していたが、家族で最後に食事を摂ったのはいつだろうか?

シャワーを浴び、食事を頂く。
その際にも母さんとの会話はなく、二人でぼんやりとテレビを眺める数少ない親子の時間。
母「正明」
時折、呼びかけられた後に続く事はいつもと同じ機械的で、
母「正しくありなさい」

しおり