第九話『理想像から身体を削り大人になる』2/2
恭介「社会。規則。常識。空気。社交性。効率――と、こんなところか?」
恭介「そんなもの俺らが知るわけないだろうが」
裕太郎「……ッ!」
恭介「いずれは大人になり屈するだろうと? 成程。貴様の世界で見た常識を俺が否定するつもりはない」
恭介「だが、本当はわかるだろう」
恭介「言ったな、貴様。自分の理想像から身体を削って――」
恭介「逆に問おう。理想像から、俺らがどれぐらい身体を削れると思う?」
裕太郎「……ッ」
恭介「魔女が笑顔で接客業ができるとでも? 頭を下げて媚びへつらう事があの女ができると思うか?」
恭介「3,000円盗まれれば人殺しができる守銭奴が恵まれない子供達に寄付ができると思うか?」
恭介「人は変われるか否か。それは個体差がある。結論としては相応しい落とし所であろう」
裕太郎「……」
とんでもない狂言を聞きながらも、思い当たる節はあるのだろう。
田代恭介。鏡望代。竹原正明。
こいつらは『我慢』という言葉を知らない。
だけど、それじゃあ――!
恭介「錬金術師は近いうちに命を落とすかもな」
裕太郎「な……そッ、え」
裕太郎「え――」
それは今日の会話の核心だった。
恭介「だから貴様に最期の挨拶をしに行ったのだろう?」
裕太郎「……」
それは、薄々感じていた予感だった。
裕太郎「いや……わかんないだろ……」
裕太郎「タケっちだって、もしかしたらデザイナーになったりモデルなったり、ホストになったり色々あいつ……」
矛盾。
ククク、貴様がそう感じたから、ここに居るんじゃないのか?
人は結局のところ、弱い。
都合の良い仮説を立て、最悪を想定せずに時を歩く。決して下を見ないように。
裕太郎「あいつ、俺より色々器用だし、顔だってそれなりにこの街じゃ広いし……」
恭介「……」
見たくないだろう。なるほど。こいつは真っ当な人間だ。
恭介「理想像から身体を削り、鬼哭啾々と"大人"へとなった貴様らが啜り泣くか、或いはせせら笑うか――と、それはない」
恭介「錬金術師が選ぶ道の先に死が待つ事は揺るがない」
裕太郎「…………ッ!」
変わっていない。
本当にこいつも昔から、何一つ変わっていない。
タケっちもそうだ。なんで、こいつは。こいつらは――。
恭介「月狂条例というのを知っているか?」
裕太郎「……はあ? なんだよいきなり」
恭介「飯もまとも作れない劣等種が世界の中心だと自負する国の話しでな」
恭介「なんでも精神異常者は満月が原因で暴れまわると。まるで中世魔女狩りの様な文明の低さを露呈しているしょうもない国という笑い話だ」
恭介「然し、その催奇性を笑うのは少し早くてな。満月になると犯罪率と運転事故が増加しているというデータもあり、一説によると体内の潮の満ち引き論とやらがあるやらないやら」
恭介「尤も、それ自体眉唾で、そうなるようにかき集めた都合の良い物と一蹴する反対派ももちろん居るがな」
裕太郎「……それが、なんだってんだよ」
恭介「明日は満月だからな」
恭介「早ければ明日にでも死ぬだろう」
裕太郎「……」
死ぬ。
友人の死を。もとい、自殺行為を平然と今日のランチを想像するような軽さで口にする目の前の人物。
ここからの景色の月は、かつて皆で眺めた半月だった。
裕太郎「それで……それで、いいのか?」
裕太郎「友達なんだろ! それで、死ぬって、本当にそれでいいって思ってんのかよ!?」
恭介「裕太郎」
初めて、名前を呼ばれて驚いて顔を上げた。
恭介「もう二度と、俺らには関わるな」
恭介「貴様の居場所はここではない。己の力で掴み取ったと豪語するのであれば、それを手放すな」
裕太郎「は、ははは。なんだよそれ」
裕太郎「結局お前は、お前達は最後まで刹那主義ってのを貫いて死ぬってか?」
笑顔を作っていたが、自然に首を左右に振った。
裕太郎「意味わかんねえ。マジで意味わかんねえ。お前らさ。本当にそれかっこいいと思ってんの?」
裕太郎「人殴ったとか喧嘩したとか万引したとかをしょうもない犯罪を武勇伝で語ってる痛いおっさんと同じ事してるってわかってるか?」
恭介「フッ……」
変わらないな。この男も。
口を開く定義や論議が全て大衆的。それが悪いとは言わないが……。
恭介「世界終末時計……否、余命宣告を俺らは……いやいや、それも違うか。受動的でなく、もっと主導的なシステムだ」
恭介「そうだな――例えるならば、俺達は保持している物はただの自爆スイッチだ」
恭介「何をするか。何を拒むか。何を食すか。何を求めるか」
恭介「何で死ぬか」
恭介「生死を己が定める俺らと、幸福でも不幸でも命が尽きるまで浪費していくお前らと、どちらが正常であろうかは宗教論。それを貴様と語る必要性はない」
裕太郎「……自分で言ってて気付かないか? それ、ただの自殺の正当化じゃないかよ」
恭介「植物人間を機械装置で生かしておくのを美と思うか、否か。繰り返すが宗教論を貴様と語るつもりはない。加えるならば興味もない」
裕太郎「……ッ!」
なんだよ、それ。そんなの……おかしいだろ……ッ!
裕太郎「なら……最後に聞かせろ。あんたは、あんた個人の見解として……」
裕太郎「……」
時計が、進んだ。
裕太郎「タケっちが死んで――いいと思っているのか?」
恭介「……」
押し黙る後に漏れたのは、深い深い溜息だった。
恭介「やれやれ。逃げ出した貴様がどの口で言えるのか……」
裕太郎「……ッ」
それを突かれると、本当に痛い所だが、
恭介「死にたいなら死ね」
恭介「それが、個を尊重する俺達と貴様らの境界線だろう」
裕太郎「……」
裕太郎「…………ッ」
恭介「ふん」
恭介(しかし、錬金術師も随分安く見られているな――)
裕太郎「……ッ!」
もう話す事はないと裕太郎は背を向けると、
恭介「最期だ。一つ貴様に言い残した事がある」
まるでそれを見計らったかのように声をかけられた。
恭介「橘加奈子が誕生パーティのお礼を結局言えない事を悔いていた」
裕太郎「……ッ!」
裕太郎「なんなんだよ、なんなんだよお前らは……ッ!」
なんでこんな、我儘なのに……。
裕太郎「か……」
裕太郎「……」
裕太郎「鏡さんも、何か言ってたか……?」
恭介「ん? いや、何も」
裕太郎「そ、そうか……」
裕太郎「……」
恭介「待て……そういえば……」
裕太郎「……ッ!」
恭介「そういえば……前に貴様が頑張っていると話しをした時に言っていたな」
裕太郎「そ、それは……ッ」
恭介「貸した120円を返せと……」
裕太郎「俺があいつに7万貸したんだよ!!!」


