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第四話 非番の日に原宿に遊びに行った有紀。モデル事務所のスカウトに声を掛けられ危ないビデオを撮られそうになる。

第一章

 久しぶりの非番の日。谷口有紀は、朝から鏡の前で何度も自分の姿を確かめながら、ワクワクとした胸の高鳴りを抑えきれなかった。二十五歳の彼女は、普段は厳格な婦警の制服に身を包み、交通違反の取り締まりやパトロールに追われる日々を送っている。童顔で大きな瞳が印象的なその顔立ちは、初対面の相手を油断させるほど愛らしく、細身のボディラインにミニスカートが抜群に似合う体型だ。しかも、合気道の初段を持つだけあって、しなやかな筋肉が隠れた脚線美は、ただの可愛らしさ以上の魅力を放っていた。 今日は、そんな自分を少しだけ解放したくなる気分だった。有紀はクローゼットから選んだ、白いコットンのブラウスに膝上十五センチのピンクのプリーツミニスカートを合わせ、足元には黒のローヒールパンプスを履いた。メイクはナチュラルに、ピンクのチークとグロスで頬と唇を優しく彩り、髪は軽くウェーブをかけて肩まで流した。そして、下着は先週通販で衝動買いしたお気に入りのセット…淡いラベンダー色のレースブラジャーと、それに合わせた可愛らしいパンティー。肌触りが柔らかく、着ているだけで心が華やぐような可愛らしいデザインだ。「ふふ、今日は特別に自分を甘やかそう」と思いながら、有紀は小さなショルダーバッグを肩にかけ、家を出た。
 最寄りの駅から地下鉄に乗り、車窓から見える都会の喧騒を眺めながら、神宮前駅に到着した。改札を出て、長いエスカレーターを上がる。普段の制服姿なら気にも留めない階段だが、今日は違う。ミニスカートの裾がふわりと揺れ、足元を吹き抜ける風が太ももを優しく撫でるように感じる。通りすがりのサラリーマンがチラリと視線を投げてくるのが分かる。「あっ、ちょっと恥ずかしい……」有紀は頬を赤らめ、慌ててスカートの裾を押さえた。風が下着のレースの感触を微かに刺激し、普段の自分とは違う、女の子らしい開放感が体を駆け巡る。階段を上がりきると、表参道の木々が優しく揺れる景色が広がり、有紀の心をさらに軽やかにした。
 そのまま竹下通りへ足を運ぶ。原宿のこの通りは、いつ来てもエネルギーに満ちあふれている。若い女の子たちがカラフルなファッションで闊歩し、ストリートミュージシャンのギターの音が響き、甘いクレープの香りが空気を満たす。有紀は人ごみの中をすり抜けながら、足取りも自然と弾む。制服の時は「婦警」として周囲の視線を集めるが、今日はただの可愛いお姉さん。ミニスカートが歩くたびに軽やかに翻り、下着のセットが密かに支えてくれる安心感が、彼女を自信たっぷりにさせる。「他の女の子たちと同じように、今日だけは自由に楽しもう」そんな思いが、ウキウキとした気分を加速させた。
 通りを少し進むと、色とりどりのクレープ屋台が目に入った。チョコバナナや生クリームたっぷりのものを頬張る女子高生たちの笑い声が弾け、有紀の口元にも自然と笑みが浮かぶ。屋台の前を素通りし、次に視界を奪われたのは、ゴスロリのメイド服をディスプレイしたブティック。黒とピンクのフリルがふんだんに使われたドレスが、ガラスケースの中で優雅に飾られている。「わあ、こんなの着てみたらどうなるんだろう……」有紀は好奇心に駆られ、入り口に手をかけたその瞬間「ちょっと、話を聞いてもらってもいいですか?」
 突然、低い男の声が響き、有紀の前に一人の男が立ちはだかった。三十代半ばくらいだろうか、スーツ姿で髪をオールバックに整えた、細身の男。目が鋭く、口元に自信たっぷりの笑みを浮かべている。有紀は一瞬身構え、反射的に婦警の勘が働いたが、表面上は穏やかに微笑んだ。
 「私、こう言うものですよ」男はそう言いながら、ポケットから一枚の名刺を取り出した。有紀はそれを素早く受け取り、目を凝らす。『スターライトモデルエージェンシー』…連絡先と、男の名前「田中浩一」とある。確かにモデル事務所のものだ。だが、有紀の心に小さな警鐘が鳴った。
 「実は、あなたみたいな可愛い子をずっと探してたんです。よかったら、うちの事務所の専属モデルになりませんか? 今からすぐ仕事があるんですよ。お金は今日お払いします。日当で五万円からスタートですよ」男の言葉は滑らかで、熱を帯びていた。有紀は思わず目を丸くした。原宿で女子高生がスカウトされてアイドルデビュー、という話は雑誌で何度も読んだことがある。まさか、自分が…童顔でミニスカートが似合うだけの普通の婦警が…そんな幸運に恵まれるなんて、夢のようだ。スカウトマンの目には、有紀の童顔の柔らかな輪郭、大きな瞳の輝き、ミニスカートから覗く引き締まった脚が、完璧なモデル素材に見えたのだろう。
 「本当ですか……?」有紀は思わず聞き返してしまい、声が上ずった。男はニヤリと笑い、親しげに肩を叩きそうになるのを有紀はさりげなく避けた。
 「本当ですよ! 事務所がこのすぐ近くなんです。一緒に来てもらえますよね? 詳しい話はそこで。絶対、後悔させませんから」男の誘いは熱心で、有紀の心を揺さぶった。婦警の仕事を続けながらモデルなんて、到底無理だ。誇りを持って着る制服、交通違反のドライバーに注意を促すやりがい…それらを捨ててまで、華やかな世界に飛び込むなんて、想像もつかない。だが、次の瞬間、有紀の頭に最近の事件がフラッシュバックした。
 原宿近辺で多発する「スカウト詐欺」。女子高生たちが声をかけられ、偽のモデル事務所に連れ込まれ、甘い言葉と即金で契約書にサインを迫られる。そして、強引に猥褻なビデオを撮影され、脅迫される手口だ。有紀はパトロール中に被害者の話を何度も聞いた。涙ながらに語る少女たちの姿が、脳裏に焼きついている。「もしかして、この男もその一味……?」
 有紀の瞳に、鋭い光が宿った。婦警としての使命感が、好奇心を上回る。単に買い物を楽しむだけの日は、突然捜査の場に変わった。男について行き、証拠を掴めば、現行犯で逮捕できる。合気道の技があれば、どんな状況でも対処可能だ。心の中で深呼吸をし、有紀は穏やかな笑顔を浮かべて答えた。
 「はい、お願いします」
 男の顔がぱっと輝き、次の瞬間、有紀の細い手首を優しく…しかし確実に…掴んだ。裏通りへと続く細い路地を、男は有紀を引っ張るように歩き始めた。有紀は表面上は素直に従いながら、心の中で状況を冷静に分析していた。ミニスカートの裾が風に揺れ、下着のレースが肌に食い込む感触が、緊張を煽る。だが、それは同時に、彼女の決意を固くするものだった。この出会いが、ただの買い物の日を、予想外の冒険に変えようとしていた。

第二章

 男の…田中浩一と名乗ったスカウトマン…の手が、有紀の細い手首を優しく、しかし逃がさないように掴んだまま、竹下通りの喧騒から少し離れた裏通りへと引き込まれていく。原宿の表通りはまだ賑やかだったが、ここは路地裏特有の薄暗さで、コンクリートの壁に挟まれた狭い道が続き、時折バイクのエンジン音や遠くの笑い声が反響するだけだ。有紀のピンクのミニスカートが歩くたびに軽く翻り、可愛らしいパンティーのレースが太ももの内側を微かに刺激する。普段の婦警の制服なら、この状況でさえ冷静に周囲を観察できるのに、今日は違う。女の子らしい装いが、かえって緊張を高め、心臓の鼓動を速くさせる。「本当に大丈夫かな……でも、証拠を掴むチャンスだわ」有紀は内心で自分を鼓舞し、表面上は好奇心たっぷりの笑顔を浮かべた。
 数分歩くと、路地の突き当たりに古びた五階建てのビルが現れた。外壁は灰色の塗装が剥げかけ、入り口の自動ドアは埃っぽく、表札もほとんどない。田中は有紀の手を離し、カードキーをかざしてドアを開けた。「ここですよ。こじんまりしてますけど、意外と居心地いいんです」そう言いながら、彼は有紀を促して中へ。ロビーは薄暗く、エレベーターのボタンが一つだけ光っている。田中が三階のボタンを押し、エレベーターが軋むような音を立てて上昇を始める。有紀は壁に寄りかかり、鏡張りの壁に映る自分の姿をチラリと見た。童顔の頬がわずかに上気し、大きな瞳に警戒の色が宿っている。ミニスカートから伸びる脚は、合気道の鍛錬で引き締まった筋肉がさりげなく浮かび、わずかな安心を与えてくれた。
 三階に着くと、廊下は蛍光灯の白い光が冷たく、絨毯の擦り切れた床に小さな表札が一つ。「スターライトモデルエージェンシー」と、名刺と同じ文字が控えめに書かれている。田中がドアをノックし、鍵を開けて中へ。有紀は一歩踏み込み、瞬時に部屋のレイアウトを把握した。狭いオフィス…十畳ほどの空間に、金属製の机が四つ乱雑に並び、各机の上には書類の山が積み重なり、プリンターのインク切れのランプが赤く点滅している。壁際にはコピー機と小さな冷蔵庫、空気清浄機のハミング音が響く。奥の机に座っていたもう一人の男…四十代半ばの禿げ上がった体格のいい男が、眼鏡越しに有紀を値踏みするように見た。「お、いい子連れてきたな、田中」その声は低く、粘つくようだ。田中は有紀をその机の前に座らせ、自分は隣に腰を下ろした。
 「さっそく本題に入りましょうか」田中がニヤリと笑い、机の引き出しから小さな金庫を取り出した。ダイヤルを回す音がカチカチと響き、中から分厚い封筒が出てくる。彼はそれを有紀の前に置き、中身を広げた。そこには、ピンと張った一万円札が十束…合計十万円。紙幣の独特なインクの匂いが鼻を突き、有紀の瞳を一瞬見開かせる。「今日の撮影の分がこれです。いますぐ契約書にサインしてもらえれば、渡しますよ。簡単なプロモーション撮影だけだから、すぐ終わります」田中の声は甘く、誘うようだ。有紀は内心で舌打ちした。十万円…婦警の月給の半分近く。女子高生の被害者たちも、こんな即金に釣られてサインしたという。だが、証拠として完璧だ。
 田中が差し出した契約書は、A4用紙二枚の細かい文字がびっしり。フォントは小さく、専門用語が並び、読むだけで目が疲れる。「モデル業務全般に協力する」「撮影内容に異議を唱えない」…そんな曖昧な条項が目立つ。有紀は婦警の訓練で法律書を読み慣れているが、わざとらしく首を傾げて時間を稼いだ。「えっと、これ、全部読むんですか? 私、法律とかよく分からなくて……」田中は肩をすくめ、「大丈夫、大丈夫。女の子はサインするだけでいいんですよ。後で説明しますから」有紀はペンを取り、谷口有紀の名前を丁寧に記入した。サインの瞬間、田中の目が貪欲に輝くのが分かった。これで、罠にかかった証拠が揃った。
 田中は満足げに契約書を金庫にしまい、立ち上がった。「じゃあ、早速撮影だ。最初は客先に提出するプロモーション用の面接ビデオだからね。上手に撮れないと、仕事紹介できないよ。その点、気をつけて」そう言いながら、彼はクローゼットのような棚から黒い紙袋を取り出し、有紀に手渡した。「これ、着てもらえるかな。女の子はこれが一番可愛く見えるんだ」有紀が袋を開けると、中から黒の薄い生地の衣装が滑り落ちる。広げてみると…レース模様のネグリジェ。シルクのような光沢を帯びた素材で、肩紐は細く、丈は腰骨までしかなく、胸元は深いV字のレースが透け感を強調している。生地を指でつまむと、指先から肌に張り付くような薄さ。普通のネグリジェとは思えない、まるでランジェリーのような妖艶さだ。
 有紀の頬が熱くなった。二十五歳の彼女は、こんなものを着た経験などない。合気道の道着や婦警の制服が日常で、プライベートでもシンプルなパジャマ止まりだ。「これを……着るんですか?」声がわずかに震える。田中はにこやかに頷き、「もちろん。モデルの世界はね、こんな可愛い衣装で魅力を引き出すんですよ。大丈夫、プロの照明で綺麗に撮ってあげるから。恥ずかしがらずに」有紀は一瞬、迷った。プロモーションのため…そんな言葉に納得したふりをするが、心の中では確信が固まる。この事務所は、間違いなくあのスカウト詐欺の巣窟だ。女子高生たちをこんな衣装で誘い込み、ビデオを撮って脅す。捜査を続けるなら、着るしかない。証拠の映像を自ら提供するようなものだが、合気道の技があれば、いつでも反撃できる。
 「着替えは奥の部屋でお願いね」田中が、有紀を小さなドアへと案内した。部屋に入ると、予想外の広さ…十五畳ほどで、中央に黒い革張りの大きなソファーが鎮座し、左右に背の高い観葉植物が置かれ、柔らかな間接照明が部屋を甘く照らす。ソファーの反対側には、プロ仕様のビデオカメラが三脚に固定され、レンズが冷たく光っている。その横に二つの大型照明スタンドが立ち、熱を帯びたランプが白い光を放ち、部屋全体をステージのように変える。壁には防音材のようなクッションが張られ、空気中に微かな化粧品の匂いが漂う。まさしく、撮影専用の密室だ。田中は「ゆっくり着替えてね。準備ができたら呼んで」と言い、ドアを閉めて出ていった。
 一人になった有紀は、深呼吸をしてネグリジェを手に取った。生地を顔に近づけると、かすかな洗剤の香りとともに、透け感の異常さが際立つ。光にかざすと、向こう側が丸見え…下着のレースまで隠せない。丈の短さは、座ればパンティーが露わになるだろう。「いくらプロモーションでも、こんなの……絶対おかしい」有紀の婦警の勘が、フルアラートを鳴らす。彼女は素早くブラウスとミニスカートを脱ぎ、ラベンダー色のレースブラジャーとパンティーをそのままに、ネグリジェを頭からかぶった。肩紐が細く食い込み、胸の谷間を強調し、裾は太ももの半ばで止まる。鏡がない部屋で、自分の姿を想像するだけで頬が火照る。ブラジャーのレースがネグリジェ越しに浮き上がり、パンティーのラインがくっきりと影を落とす。「可愛らしい下着を着てきてよかった……これで、少しはマシかも」そう自分に言い聞かせ、ドアノブに手をかけた。
 ドアを開けると、田中が廊下で待ち構えていた。彼の目が、有紀の姿を上から下まで舐め回すように這う。「おお、いいね! とっても可愛いよ、有紀ちゃん。完璧だ」その声に、有紀は反射的に腕で胸を隠した。ネグリジェの薄い生地が照明の光を浴びて輝き、下着の淡いラベンダーが透けて見える。童顔の頬が赤く染まり、大きな瞳が恥じらいを湛える…まさに、男たちの思う「獲物」の姿だ。だが、有紀の心は冷静だった。この瞬間が、逮捕への鍵になる。田中は満足げに手を叩き、有紀を撮影部屋へと促した。「さあ、始めようか。君の魅力、存分に引き出してあげるよ」部屋のドアが閉まる音が、静かに響いた。

第三章

 部屋のドアが静かに閉まる音が、有紀の耳に響いた。田中浩一の視線が、ネグリジェ姿の彼女を値踏みするように這い回る。薄い黒のレース生地が、照明の白い光を浴びて輝き、ラベンダー色のブラジャーの輪郭がぼんやりと浮かぶ。丈の短い裾が太ももを覆いきれないため、有紀はソファーの端に腰を下ろし、膝を固く閉じて両手を太ももに置き、羞恥を抑え込むように息を潜めた。童顔の頬が熱く火照り、大きな瞳がわずかに潤む。二十五歳の彼女にとって、このような露出度の高い衣装は、合気道の道着や婦警の制服とは正反対の、未知の領域だった。肌に張り付くネグリジェの感触が、緊張を高め、心臓の鼓動を速くさせる。
 「じゃあ、撮影を始めましょうか。有紀ちゃん、言われたことに自然に答えてくれれば、それでいいから。リラックスしてね」田中の声は甘く、プロフェッショナルを装いながらも、底に潜む企みが滲み出ていた。彼はビデオカメラのスイッチを入れ、レンズの赤いランプが点滅する。照明スタンドの熱気が部屋を満たし、観葉植物の葉が微かに揺れる中、カメラのファインダー越しに有紀の姿が捉えられる。田中は小さなリモコンを手に、ソファーの前に立った。「最初に、この仕事を選んだ理由を聞かせてもらえますか?」
 有紀は一瞬、言葉に詰まった。心の中で、婦警のバッジが疼くような感覚が走る。本当の理由…このスカウト詐欺の捜査のため…を口にすれば、すべてが水の泡だ。彼女は深呼吸をし、カメラに向かって穏やかな笑みを浮かべた。ネグリジェの肩紐が肩から滑り落ちそうになり、慌てて指で押し上げる仕草が、かえって愛らしさを増す。「えっと、私、前から芸能界のお仕事に憧れていて……。普通のOLじゃなくて、もっとキラキラした世界で輝きたいなって、ずっと夢見てたんです。今日、田中さんに声をかけてもらえて、運命みたいだなって思いました」嘘は滑らかに紡がれ、童顔の表情が無垢に輝く。田中は満足げに頷き、「いいね、素直で可愛い。視聴者も引き込まれるよ」と褒め、カメラのズームを微調整した。
 次なる質問が、田中の唇から零れ落ちる。「自分の魅力は、どんなところだと思いますか? モデルとして、客さんにアピールできるポイントを教えて」有紀の心に、わずかな戸惑いがよぎった。婦警の日常では、女性としての魅力など考える暇もない。交通違反の取り締まり中、厳しい視線を浴びるのは制服姿の自分。プライベートでさえ、合気道の稽古で汗を流す姿が精一杯だ。だが、カメラのレンズが彼女の姿を捉えるのを感じ、言葉を絞り出す。「うーん、元気で笑顔がいつも可愛いって、友達に言われます。童顔だからかな、笑うとみんな和むんですって。それと、脚が細くて長いって褒められること多いかも……」彼女は照れくさそうに膝を少し開き、ネグリジェの裾を指で摘まんで持ち上げた。照明の光が太ももの肌を照らし、田中は目を細め、「そうだね、有紀ちゃんの笑顔は本当に素敵だよ。脚もモデル級だ。もっと自信持って!」と調子を合わせ、女の子を褒めそやすのが上手いと、有紀は内心で感心した。だが、それは同時に、獲物を油断させる罠だと分かっていた。
 インタビューが数分続き、田中の質問が徐々に個人的なものへ移ろうとしたその時…。「おい、勇二、出番だ」田中が奥のドアに向かって、低い声で呼びかけた。ドアノブが回る音が響き、ゆっくりと開く。そこから現れたのは、筋肉質の体躯を誇る男…勇二、三十代後半の荒くれ者めいた男だった。黒いTシャツとジーンズ姿で、肩幅の広い胸板に無精ひげの顔、目が鋭く有紀を睨む。汗の匂いが部屋に広がり、有紀の鼻を刺激した。彼女の瞳が鋭く細められ、瞬時に状況を悟る。「やっぱり……危ないビデオの撮影を始める気ね。このままじゃ、女子高生たちと同じ末路だわ」心の中で警鐘が鳴り響く。
 有紀は即座に立ち上がり、ソファーの背もたれを盾に後ずさった。「私、帰ります。こんなの、聞いてなかった……!」声が震え、ネグリジェの裾が乱れて太ももを露わにする。田中が素早く彼女の前に立ちはだかり、勇二の横を通り抜けようとする有紀の細い腕を、鉄のような握力で掴んだ。「おいおい、何言ってるんだ。契約書にはちゃんと書いてあるだろう? 『どんなビデオ撮影にも協力する』ってな。今更逃げられるわけないだろうが!」田中の顔が歪み、怒鳴り声が部屋に反響する。勇二が低く笑い、ゆっくりと近づいてくる。その視線に、有紀の体が緊張で固まる。
 勇二の太い手が、有紀のもう片方の腕を掴み、力任せに引き寄せようとする。その瞬間、有紀の合気道の初段の技が閃いた。彼女は体を低く沈め、勇二の力を利用して相手の重心を崩す…「四方投げ」の応用。勇二の巨体が空中を舞い、鈍い衝撃音とともに壁にぶつかった。コンクリートの壁に激突し、勇二の体が崩れ落ち、床にうつ伏せで倒れる。額から血がにじみ、気絶した男の息が荒く響く。有紀の心臓が激しく鼓動し、ネグリジェの生地が汗で肌に張り付き、緊張が体を駆け巡る。童顔の表情に一瞬の凱旋の輝きが宿った。
 だが、田中が即座に飛びかかってきた。「この野郎、ふざけんな!」彼の拳が有紀の肩を狙う。有紀はすばやく体を捻り、田中の腕を掴んで関節を極め…「小手返し」の技で投げ飛ばす。田中の体が回転し、床に叩きつけられ、有紀は素早く彼の背中に膝を押し当て、両腕を後ろ手に押さえつけた。「私は婦警です! 谷口有紀、警視庁所属。あなたたちをスカウト詐欺と強要の容疑で逮捕します! 動かないで!」大声が部屋に響き、ビデオカメラの赤いランプが無情に点滅し続ける。証拠は完璧…これで一網打尽だ。
 勇二が床からうめき声を上げ、ゆっくりと体を起こそうとする。有紀の視線が鋭く彼を捉え、膝の力を少し強めて田中を押さえつけたまま、素早く判断する。「このままじゃ、起き上がられたら危ない……」非番とはいえ、婦警の習慣で、ショルダーバッグの中に小型の無線機を忍ばせていた。有紀は片手でバッグに手を伸ばし、コードレス無線機を取り出す。スイッチを入れ、緊急コードを押す…ピーッという短い電子音が響き、自動的に最寄りの署に信号が飛ぶ。「こちら谷口! 原宿三丁目、偽モデル事務所でスカウト詐欺の現行犯確保! 容疑者二人、至急応援要請! 位置情報送信中!」声は冷静で、訓練された婦警のトーンだ。無線機から即座に返事が返ってくる。「了解、谷口巡査! 至急パトカー派遣、到着まで五分! 安全確保を!」
 田中がもがき、勇二がよろよろと立ち上がろうとするが、有紀は動じない。合気道の呼吸法で体力を保ち、田中の腕をさらに極め上げる。「無駄よ。もう逃げられないわ」勇二が壁に手をついて体を起こし、血走った目で有紀を睨むが、彼女は即座に体勢を変え、田中を床に固定したまま、勇二に向き直る。勇二がよろめきながら飛びかかろうとする…その隙に、有紀は田中を一瞬解放し、勇二の突進をかわして足払いを入れる。「崩し」の技で、勇二の膝を崩し、再び床に転がす。巨体がドスンと音を立て、勇二は痛みにうめいて動けなくなる。
 数分後、部屋の外からサイレンの音が近づき、ドアが勢いよく開いた。制服姿の同僚婦警二人と、制服警官三人が駆け込み、状況を一目で把握する。「谷口! 大丈夫か!?」リーダーの男警官が叫ぶ。有紀は息を整え、ネグリジェの裾を直しながら頷く。「ええ、無事です。ビデオカメラにすべて記録されてるわ。契約書と現金もあそこに」同僚たちが素早く田中と勇二を拘束し、手錠をかけ、連行する。勇二が「くそっ、この女……」と毒づくが、警官の一人が黙らせる。
 部屋が静かになると、有紀は急いで着替えを済ませた。童顔の顔に、疲労と安堵の笑みが浮かぶ。「ふう……なんとか、間に合いましたね」同僚の一人が肩を叩き、「あなた、合気道の技は本物ね。非番でよくやったわね。女子高生たちの仇、取ってくれたのね」有紀は頷き、心の中で誓う。『これで、事件は解決。私の誇りも、守れたわ』ビデオカメラのテープは証拠として押収され、事務所の捜索が始まる中、有紀は外の空気を吸い込み、原宿の喧騒を遠くに感じた。今日の買い物は中断されたが、街を守る婦警としての使命が、彼女の心を強く照らしていた。

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