バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

名倉の話では・・・

〇救命病棟・廊下
盾原「見てごらん」
盾原の視線の先、廊下の突き当たり手前にレバーハンドル付きの勝手口ドア。
盾原「おそらく犯人はあの勝手口から侵入して診察室にこっそりと向かったんだろうね」
勝手口ドアに近づくシバ。
シバ「確かに今はひと気のない廊下ですから 侵入しようと思えば……」
シバ、ハンドルを握る。だが、勝手口ドアは開かない。
シバ「鍵がかかってますね」
シバ、内山に向かって、
シバ「内山先生 このドアを開ける鍵は?」
内山「病棟内のキーボックスで管理してますが」
盾原「もしかして最近その鍵が紛失したとか?」
内山「ええ 1週間ぐらい前に だけどすぐに発見されましたが」
盾原「やっぱり!犯人は勝手口のドアの鍵をくすねて 鍵番号をメーカーか鍵屋に伝えて複製」
盾原「複製した鍵で勝手口のドアを開け 診察室に直行し 診察室内の固定電話で村市さんの無線機に連絡した」
シバ「でもなんでわざわざ診察室の固定電話から?内山先生のスマホかIP無線機をくすねて…あっ パスワード!」
盾原「そう!パスワードがかかっている内山先生のスマホや無線機だと村市さんに連絡するのは不可能 だからあえて診察室の固定電話を使った」
盾原「そして!村市さんを診察室に呼び出した 理由(わけ)はとある時間稼ぎをするためだよ なんだと思う?」
シバ「時間稼ぎ?江迫さんを殺害する……」
盾原「せいかーい!シバくん ()えてる!」
シバに嫉妬して頬を膨らます瑠子。
瑠子「……‼」
盾原「犯人が江迫さんを殺害する直前に 村市さんが救急車にやって来て犯人と鉢合わせする可能性は十分にある」
盾原「そうなると犯人にとって時間的プレッシャーとなり 犯行がやりにくくなる」
盾原「だから内山先生の名を (かた)り 村市さんを診察室まで呼び寄せて犯行時間を稼いだ」
盾原「けれど犯人が時間稼ぎして村市さんがいない間 もう1人の救急救命士の岩上さんが江迫さんを起こすことだってある だけどノープロブレム!」
盾原「だって村市さんがいなくなって岩上さんを救急外来で1人にすれば犯人にとって好都合だからね なぜだと思う 瑠子ちゃん?」
自信ありげな表情の瑠子。
瑠子「簡単です!」
瑠子「救急外来の患者さんが急変した時に〝初動〟つまり初期対応が遅れて取り返しがつかなくなるので岩上さんはその場を離れるわけにはいけません」
盾原「パーフェクト‼救急外来の要点を押さえてるね!」
瑠子、シバに誇らしげな笑顔を向けて、
瑠子「どんなもんですか!」
シバ「なんでドヤ顔?」
盾原「瑠子ちゃんの解釈通り 犯人は岩上さんを制御し 村市さんを犯行可能な時間帯まで殺人現場から遠ざけた」
シバ、別の方を向き、
シバ「警部!」
神奈川県警捜査一課の警部、 名倉(なぐら) 勝喜(かつき)(44)が登場。
名倉「悪いな 遅れて」
盾原「どーも 警部」
瑠子「お疲れ様です」
名倉、警察手帳を開き、内山と村市に自己紹介する。
名倉「神奈川県警の名倉です 捜査へのご協力お願いします」
内山「ご協力と言っても 持ってる情報は出し尽くしたぐらい教えましたよ」
村市「同じくです」
名倉「そうなのか?シバ」
シバ「大体は まず死亡推定時刻が……」
名倉「その辺の情報はあとで聞く それより容疑者は絞り込めたか?」
シバ「いいえ 容疑者に関しては協議の余地に至ってない上――」
盾原「いいや 容疑者なら今も病院内で当直してるアリバイのない医者か看護師で間違いないよ」
シバ「当直の人のみ?」
盾原「だって非番の人が病院内をうろついてたら普通に疑わしいし さらにふるいをかけるならば当直でも江迫さんと親交が深かった人物が当てはまるね」
盾原「江迫さんが当直の (たび)に救急車で仮眠する時間帯を知ってただろうし」
盾原「あと 暴発する拳銃に指紋が付かないよう手袋もしてる人も要チェックだよ!」
名倉「シバ 容疑者捜しを頼んだ 俺は探偵に 野暮用(やぼよう)がある」
シバ「野暮用?…了解しました」
シバが去っていき、
名倉「探偵 場所を移して1対1で話すぞ 大事な話だ」
不思議そうな表情を浮かべる名倉。
名倉「…そういえば今日 菓子は持参してないのか?」
盾原「とっくに食い尽くしましたよ ババ・オ・ラム」
名倉「ババ・オ・ラム⁉娘の大好物だ」

〇病院・駐車場(深夜)
駐車スペースに1台のパトカー。

〇パトカー・車内
後部座席に盾原と名倉。運転席には誰もいない。
名倉「……探偵は〝知らない〟の一点張りのようだがに 増城(ますき)に接触してきたという闇探偵は今の探偵と全く同じ格好で銀行強盗の真相をすべて完璧に見抜いたらしい」
名倉「――次に〝パティシエ〟の美波瑠子に関してだ 増城の強盗仲間の 中添(なかぞえ)を殺害した 魚谷(うおたに) 尚美(なおみ)
名倉「彼女の供述だと中添殺害トリックは自分で考えたものじゃないらしい」
名倉「提供されたらしい 美波瑠子と特徴が似た誰かに というか本人かもな」
盾原「まさかね 瑠子ちゃんに限って」
名倉、警察手帳を開き、
名倉「提供された 経緯(けいい)は今月の4月3日に (さかのぼ)る」
名倉「その日の夜 居酒屋のカウンター席で魚谷が一人飲みしてたところ 隣の席に腰かけたツインテールの髪型をした面識のない女から「一緒に飲もう」と誘われ 意気投合し女同士でサシ飲み」
名倉「しかし残念ながら魚谷自身かなり酔ってたらしく その時のツインテールの女の服装や名前の記憶が 曖昧(あいまい)らしい」
名倉「まあ それは仕方ないとして泥酔した魚谷は中添の恨み節をぶちまけ 見返りに中添殺害トリックが書かれたメモを伝授」
名倉「2時間酒を交わして店を出た後 魚谷はツインテールの女からバスケットに入った探偵好物の〝フィナンシェ〟をプレゼントされたそうだ」
盾原「――お言葉ですが 瑠子ちゃんは俺が調査してる時以外にスイーツをくれることもあるけど わざわざ居酒屋まで しかも単独行動でバスケットを持ち歩くのはありえません」
名倉「だったら4月3日の夜 美波瑠子(パティシエ)はどこで何をしてたか思い出してくれ」
名倉「その日 事件解決の協力を求めた案件はなかったはずだ」
小さな息を吐き、肩をすくめる盾原。
盾原「思い出せませんね 瑠子ちゃんに問い合わせてもたいした返答なしです」
盾原「事件以外の日 瑠子ちゃんは一日中スイーツ作りに夢中です」
名倉、後部座席のドアを開け、
名倉「言っとくがこの秘密事項 誰にも言いふらすなよ 俺も現段階でパティシエには問い詰めない」

〇救急ワークステーション・廊下
事務室のドアの前で不満そうな顔の容疑者3人。小児科医の 林田(はやしだ) 功人(いさと)(44)、内科医の 諸星(もろぼし) 和可菜(わかな)(39)、整形外科医の 大宮(おおみや) 宗泰(むねやす)(40)。全員、医療用手袋を着用している。
シバ、盾原と名倉に向かって、
シバ「集めたんですけど 皆さん急患の対応があるみたいで――」
林田から不満の声。
林田「全くです」
林田「江迫が死んだのは非常に痛ましいですが 今の時間帯 診察室を空けとくわけにはいかないんですよ」
諸星「あたしも同じ 警察の捜査とはいえすぐに済むよね?」
大宮「拳銃の暴発って聞きましたけど俺は無関係です なんなら診察室やロッカー 家宅捜索しても構いません」
盾原「まあ皆さん 事件発生の午後9時25分頃 何してました?」
諸星「1人でカルテ眺めてた 診察室で」
林田「同じく診察室です スマホで野球中継を」
大宮「診察室でポテチを食べてコーラを飲んでました」
盾原「全員一人きりだったんですね?そうだ 江迫さんの遺体見ます?」
シバ「何を勝手に 盾原探偵!」
盾原「いいじゃん ここにいる人達はヒトの体を調べるプロだし もしかして何か気付くこともあるんじゃない?」
名倉「一理あるが……」
諸星「私は構わないけど」
林田「少しだけなら」
大宮「……大丈夫かな」
盾原「もし我慢できなければ目を伏せてください」
事務室のドアを開ける瑠子。
瑠子「どうぞ お入りください」

〇救急ワークステーション・事務室
江迫の死体を目の当たりにし、容疑者達、不快感をあらわにする。
林田「……ひどい死に方だな」
諸星「初めて見た…銃の暴発で亡くなった人の遺体」
大宮「生々しい……」
盾原「生前江迫さんと親交があった皆さんにお聞きしますが 江迫さん 拳銃に関して興味を持っていたとか そういうエピソードはありませんでした?」
即答する大宮。
大宮「ありました 江迫さんは武器マニアで自宅のリビングにショットガンのおもちゃが結構壁に飾られてましたね」
シバ「大宮さんは江迫さんとどんな親交がありました?」
大宮「江迫さんとはチェス・ 麻雀(マージャン)仲間で看護師達を交ぜて週2で対局をしてました」
大宮「言っときますが 俺と江追さんとの間に殺すような恨みはなかったですよ」
林田に問いかける名倉。
名倉「林田先生と江迫さんのご関係は?」
林田「高校の野球部時代のチームメイトで 自分が先輩で江迫は1つ下の後輩でした」
林田「江迫とは仲が良く 時々部活終わりのラーメン屋で大食い対決をしてました」
林田「でもまさか同じ病院に勤めるなんて 初めて知った時は衝撃でしたね」
林田「同じ病院で働いて付き合いが再開してからも大食いは無理でもたまに行きつけのラーメン屋で昼食をともにしました」
林田「断言しますが 絶対に殺したくなるような恨みつらみは抱えてません 以上です」
名倉、諸星に向かって、
名倉「諸星先生は江迫さんとどういうお付き合いを?」
諸星「同じ大学のサークルの先輩・後輩」
諸星「言っとくけど恋人同士じゃないからね 江迫さん去年結婚して奥さんとも仲いいし」
諸星「『 時乃(ときの)』っていうあたしの大学時代の友達なの 話せるのはここまで」
盾原「――では質問を変えます」
盾原「最近 江追さんとあなた方3人が集まった特別なイベントはありませんでしたか?」
盾原「飲み会 お食事会 誕生日会とか」
即答する林田。
林田「あった!4日前に江追の誕生日会が」
大宮「そういや俺らで祝ったな」
諸星「たいした情報じゃないでしょ アクシデントやハプニングとかあったワケでもないのに」
盾原「どうかな~~?もしかして今回の事件に繋がる殺害トリックの 布石(ふせき)があったかもしれないし 皆さん 誕生日会を振り返ってください」
大宮「いいですけど 場所変えてくれません?もう遺体を見るのは……」
シバ「そうですね では隣の「救急指導室」で」

しおり