死に戻り
「すぐ着替えてください。これまで欠かさずに行ってきた朝のお祈りを、最後の1日に寝坊なんかで途絶えさせないでくださいね」
普段はひとりで起きて着替え、少し早い時間に礼拝堂へ向かう。そんな私がいつもの時間に来ないからアイギスが心配して様子を見に来てくれたみたい。
いや、うん。
それは分かるけど状況が分からない。
「アイギス、私のせいで処刑されちゃったんじゃ……」
「え?」
こいつなにを言ってるんだって感じで見られちゃった。
「わ、私が悪いことたくさんしちゃったから、私に仕えてくれた貴方も」
アイギスが処刑された時のこと、彼を失った時の後悔や絶望が溢れてきて涙が止まらない。
「ご、ごめんねぇぇぇ。私のせいで、アイギスが。貴方はなにも悪くないのに」
「セリシア様、そんな悪夢を見てらっしゃったのですね。ですがご安心ください。私はこうして生きています」
優しく頭を撫でられた。
私は聖女候補なんだからこーゆーのはやめてって昔から言ってたの。だけど今は、なんだか心が安らぐ。ずっとこうしていてほしい。
「仮に、もしですよ? もし貴女が私に悪事を手伝えと仰るのであれば。それが貴女の意志であれば、私はセリシア様に従います。そしてそのせいで私が処刑されるとしても、私がセリシア様を恨むことは絶対にありません。この命を救っていただいた時から、この身は貴女様に捧げていますので」
アイギスは優しいなぁ。
やっぱりあれ、全部夢だったのかな。
……えっ、待って。
「あ、あの。セリシア様?」
「傷がない」
アイギスの右頬に傷がなかった。
それは聖女になった私が戦場で負傷者を回復させていた時、流れ矢から私を守ってくれた時の傷。それが彼の頬にないということは──
も、もしかして私、数年前に戻ってる?
今のこの状態は夢じゃない。
それは確かめた。
じゃあ私とアイギスが処刑されたのが本当に夢だったのかな?
でも、あんなにハッキリと……。
処刑された時の痛みはハッキリ覚えてる。
死の恐怖も鮮明に。
ただ自分が死んだ時より、アイギスを失った時の方が心は痛かった。
もうあんな想いはしたくない。
「どうしました? 今日のセリシア様は少しいつもと様子が違いますね。やはり貴女ほどのお人でも、いよいよ明日が聖女選別ってなると緊張しちゃいます?」
「えっ、明日? 明日が選別の日なの?」
「……おやおや。これは重傷だ。やはり今日はお休みしましょうか。きっと1日くらい大丈夫ですよ。だってセイラ様は今日まで欠かさず女神様に祈りを捧げてきたんですから。他のどの聖女候補たちよりまじめにやってきたのを私は知ってます」
そっか。
明日なんだ。
明日、私は女神様によって聖女に選ばれる。
それが悪夢の始まりなのかもしれない。
今なら回避できる。
ただそれは、今までずっと聖女になるために頑張ってきたことを無駄にしてしまうことになる。私を応援してくれたたくさんの人も裏切ることに……。
あー。でも私を応援してくれていた人たちのほとんどって、私が聖女になった時に見返りをもとめてきたなぁ。
もちろんアイギスは例外。
彼はただひとり、私を心から応援してくれた。
改めて考えると私は聖女になりたくない。
アイギス以外のために力を使いたくない。
聖女になれなきゃ、私が出来ることなんてたいしてないけどね。
なんだか心が晴れた。
聖女にならない。そう決めたことで未来が明るくなった気がする。
あとは彼がそれを許してくれるかどうか。
「ねぇ、アイギス」
「はい。なんでしょうか」
「私が聖女になるの、やっぱり嫌だって言ったらどうする?」
「どうするって。止めてほしいですか? そうは見えませんが」
この人、ほんとに私のことをよく分かってくれるなぁ。
「本気なんですね」
「……うん」
真っすぐ彼の目を見て言葉を口にする。
「私と一緒に逃げて、アイギス」
「どこまでもお供します。セリシア様」
いや、考える時間とか要らないんだ。
即決すぎて驚いた。
「どこか行きたい場所はございますか? 食べたいもの、見たいもの。なんでも結構です。希望を仰ってください」
「え、えっと……。それじゃあ」
何も思いつかなかった。
でも口から勝手に私の願いが飛び出した。
「アイギスとふたりきりでずっと、のんびり暮らせる場所がいい」
私がこんなことを言い出すなんて思っていなかったようで、彼も固まっていた。
「しょ、承知しました。セリシア様のご希望を叶えられそうな秘境をいくつか把握しています。昼前までに聖都を発つ準備を整えます。で、では、失礼します」
そう言ってアイギスは足早に去って行った。
ひとりになり、ちょっと冷静になった。
自分が口にした言葉を思い出す。
……もしかして私、アイギスに告白しちゃった?


