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闇に堕ちた聖女

 
「これより、聖女セリシアの断罪を行う!」

 聖都の大広間に集まった群衆から狂気を含んだ歓声が上がった。

「この女は聖女としての役割を放棄し、教会への寄付金で私腹を肥やした! 助けを求める人々から高額な治療費を巻き上げ、税金を納められない人間は聖都に入ることも出来ないようにする制度を作りやがった!! 更にこいつは敵国の将軍を蘇生させたんだ! 2年前に俺たちの国を蹂躙したあの国の将軍をだぞ!? こいつは金さえもらえば敵であろうと聖なる奇跡を行使する、堕ちた聖女なんだよ!!」

 処刑台に吊るされた私の横に立つ男が、ご丁寧に私の罪状を説明してくれる。

 うん。事実だね。
 ぜーんぶ私がやった。
 
 私がやった記憶はあるんだけど……。
 なんでそんなことしたのか分からない。

 自分で言うのもおかしな話だけど、私はそんなことする人間じゃなかったはず。

「せ、セリシア様……」

 私の隣の処刑台には聖騎士のアイギスが磔にされていた。私より先に刑が執行された彼は数本の槍で貫かれて、今にも死んじゃいそう。
 
 彼はずっと私に仕えてくれていた。

 なんでだろう。今まで私、彼にずいぶん酷いことをしてきた気がする。

「あ、あれ? なんで?」

 涙があふれてきた。
 
 誰かが死んでも私には関係ない──そう思っていたはずなのに。

 死にそうな私の聖騎士を見て、涙が止まらなくなっていた。
 
「アイギス、アイギスぅ。ご、ごめんね。私、なんでだろう。こんなこと言うなんておかしいよね。でも、違うの。私、私じゃなかったみたいで」

 全部私が悪い。
 でも私は自分の意思でやってない。

「セリシア様。よ、よかった…。もとの貴女に、もどられたのですね」

 私に微笑みかけて、彼は息絶えた。

「やだ、アイギス! 死んじゃダメ!! アイギス!」

 蘇生魔法を発動させようとするけど、腕にはめられた魔具によって魔力が発散してしまう。全盛期の私ならこんな魔具をはめられていても関係なく魔法を発動できたはずなのに。

 ここ数年は女神様へのお祈りをしていなかったから、聖女だけが保有できる神聖魔力が弱まってるのが原因みたい。

「アイギス!」
「うるさいですよ!!」

 神官に殴られた。
 右の頬がすごく痛い。

 ……あれ、待って。
 なんでこの人、処刑される側じゃないの?
 
 私と一緒に教会への寄付金で美味しいモノたくさん食べてたじゃん!!

 あっ! あっちにいる神官だってそう。

 それにあの子! マリー!
 私と一緒にいっぱい悪いことしてたよね!?
 
 遠くでこちらを見てるマリーに気付いた。
 あの子は元聖女候補。
 私とどちらが聖女になるか競った子だった。

 私が女神様に選ばれて聖女になったんだけど、最近は彼女と一緒に悪いことをたくさんしてきた記憶がある。

 ねぇ、なんで!? 
 なんでそこで私を(わら)ってるの!?


「それでは、聖女への刑を執行する!!」
「待っ──」

 前から4人が、後ろからも複数人が私に槍を突き刺した。

 ちょっと……。
 アイギスの時より槍の本数多くない?
 
 頭は無事だから思考が出来てしまう。
 お腹が凄く熱い。

 自分の血が槍を伝わっていく。
 指先から全身が冷たくなっていった。

 さっきは熱かったのに、もう寒い。
 これが死ぬってことかな?

 なんだかすごく怖い。
 
 戦場で戦ってる兵士さんたちって、いつもこんな恐怖と戦ってたんだ。その恐怖を少しでも和らげてあげるのが聖女の仕事でもあった。

 聖女がいるから戦場で死んでも助かる可能性がある。そう思えるから戦場で命を懸けて戦えるんだって。

 私はその役割を放棄していた。
 兵士なんて助けてもお金にならないからって。

 そんな考えする性格じゃなかったはずなのに。

 どうしてだろう。
 なんで私、こんな風になっちゃったのかな。

 あぁ……。
 もう、意識が……。

 最期に浮かんできたのは、どんなことがあっても私のそばにいてくれた聖騎士アイギスの笑顔。

 私が悪いことをするようになって、もとは30人くらいいた聖騎士さんたちはどんどん私の元から離れていった。だけど彼だけはずっと私と一緒にいてくれたの。

 アイギス、ごめんね。
 私はたぶん貴方のところにはいけない。

 消えゆく意識の中、私は最期の力を振り絞って女神様に祈りをささげた。



 女神様。

 永らく祈りを捧げていなくてごめんなさい。

 もし今までの私の祈りが少しでも女神様のお役に立てていたら、アイギスに幸せな来世を。

 私の祈りが足りていなければ、私を冥府に送ってください。

 そこで永遠に女神様への祈りを捧げます。
 
 ですからどうか、彼が心穏やかに暮らせる来世を与えていただきたいのです。

 

 ……ダメ、かな。

 闇堕ちした私の祈りなんて、いまさら何の力もないんだろうね。

 ここ数年、女神様の神託も聞いていないし──



【はぁ……。貴女は何をやっているんですか】

 呆れた感じ。でもそれを聞くと、心が軽くなるような、透き通る声が響いた。

 気づくと周りが真っ白になっている。
 私の身体は無くなっていた。

【貴女から祈りはたくさんもらったので、これは特別サービスですよ】

 白い空間から無理やり追い出される感覚。
 意識が消え、世界が真っ黒に──




 ──***──


「…シア様、セリシア様」

 優しい声に呼ばれている。

「起きてください。朝のお祈りの時間ですよ、セリシア様」

 声に導かれるように私は目を開けた。 

「……あ、あれ?」
「セリシア様が寝坊なんて珍しいですね」

 朝日に照らされたイケメンが私に微笑んでいる。


「えっと、アイギス?」
「はい。貴女の聖騎士、アイギスです」
 

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