第二十話『魑魅魍魎の世界』7/7
正明「あ――」
この瞬間。2でも逆転ができずに敗北が確定する。
春樹「ちぇ。あー、そこでくるなよ」
正明「……?」
春樹「ターンカード。リバーカードはめくる前に、一枚伏せるんだ。バーンカードって言って、トランプに印がされても対応できるようになっているんだ」
正明「……」
そういや、そうだったな。
それはある意味千載一遇の好機。
黙っていられればわからなかったが、ルールならとそんな未曾有のチャンスにもアンテナが貼らないほど弱っていて、9をバーンカードとして横に伏せる。
本来のカードは――
春樹「うわあああああああああああ! マジかあああああああああ!」
2。
正明「……ッ」
落ちた――ッ!
落ちた。落ちた落ちた落ちた!
まさか、まさかと思った奇跡。奇跡と呼ぶには多大な確率に思えるが、正明にとっては紛れもない奇跡であった。
春樹「……」
だが、それで終わらない。
あと1枚。
最終リバーカードで、もし9が落ちれば……。
そんな大どんでん返しなんてあるわけがない。
平常である正明ならそう軽く笑い飛ばしただろうが、今はもうパニック状態で、
春樹「4,9,K! 4,9,K、頼む!」
正明「……ッ!?」
言われてゾッとした。
盤面は【477 2】
オレは、そんな事もわからなかったのか。
わかった所でどうしようもない。
今のオレの手は【7722K(7ツーペアのキッカーK)である】である。
9に関しては言うまでもないが、4、そしてKでもこの盤面、オレの敗北を決定するカード。
【K,9】4,7,7,[2]の7のワンペア。
これを春樹が逆転する目は3種。
【K】K774:ツーペアK7の4
【9】977K:ツーペア97のK
【4】477K:ツーペア74のK
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【2】277K:ツーペア72のK(現状の正明の手)
テキサスホールデムは7枚の中で最強の5枚で勝負する。
スリーペアという役がないように、2のペアが消えるんだ。
7722Kを上回る可能性が、現状で3種。
正明(3種類も……!)
春樹「頼む……頼む……!」
確かに、熱を感じる。
こいつは、本当に今、焼けるようなギャンブルをしている。
正明「……ッ!」
意図をしたかしていないか。
過程はともかくオレも今、博打の熱に身が焼かれそうな想いで――!
間違えないように、バーンカードを置く。
春樹「リバーカード」
正明「最終リバーカード……」
頼む。
頼む頼む頼む頼む頼む――!
オレは何に祈ったのだろうか。
そこで出たカードは――
A。
春樹「うわああああ、ダメだったかあああああああああ!」
正明「……」
ハッハッハッ――!
呼吸が、酸素が、薄い。どうなった?
え、これ、オレ、勝ったん……だよな。
ダメだ。頭が働かない。オレ、うん。でもこれ、オレの勝ちだよな……?
盤面と自分の手と相手のカードを何度も確認する。
今まで幾度となくポーカーを打ち、ほとんどのハンドの確率まで頭に入っている正明は、この時単純な目の前のカードを識別できなかった。
春樹「くっそ……ああああああああああ、くっそおおおおおおおおおおおおおマジかあああああああ」
正明「――ッ」
その叱責に今度こそ恐怖を覚える。
もしかすれば、オレは二階堂春樹の掌で遊ばれていたのでは?
結果が出た今となっては確定した。
そうじゃなかった。
だから、恐ろしい。
こいつは、この男は――。
正明「……」
鳥肌が止まらない。
突き出される200渋沢。
200渋沢。
騙し取った。絡め取る。奪い取る――どれでもない。
オレは、日本最強のポーカープレイヤーに"じゃんけんで勝った"んだ。
春樹「ねえ。今のカードって何か仕込みとかあったの? 全然わかんなかったよ」
そんなもの、そんなもの――やろうとしたに決まっているだろう!
その前にお前が――なんで、なんで突っ込めたんだよ……ッ!
未だに頭の中パニックになるものの、絶対に忘れないように金だけはしっかりと鞄に入れる。
春樹「あー、悔しいな。ねえねえ。もうしばらくお金ないんだけど、三ヶ月後ぐらいにお金入るからその時に――」
??「情けないね。最強さん」
ねっとりとした静かな口調――。
春樹「ゲッ……」
ラシェル「やあ――ええっと、名前なんだっけ。犬?」
春樹「ドワロンフォース……」
嫌悪の表情を表にした相手はWENSCASINOに巣食うラシェル・オンドリィ。
ラシェル「ラシェル・オンドリィ。ボクの名前ね」
春樹「え、あー……そうか。今はラシェルだったか」
ラシェル「気に入らないね。弱いくせに」
春樹「あはは……今まさに負けたばっかりだから。そういうのムカつくからやめてほしいんだよね」
店に客が二名。来店した客は女性の腰に手を回し恋人同士を装うのはスケスケとジャン。
恐らく会話を聞いていたのだろう。撤退を視野に入れ何かあった時に備え近い距離陣取るのが確認できた。
正明「あー……じゃあ、またな」
春樹「え、あ、ちょっと待って正明君」
ラシェル「犬。お前の相手はこのボクだよ」
春樹「なんでボクがわざわざドワロンの相手を……」
高木「始めまして。日本チャンピオンさん」
春樹「……」
恐らくなにか凶器だろうか、ここからではよく見えないが押し黙るという事は。
斬「……」
どうする? と指示を仰いでいるような視線を浴びる。
ラシェル「それにしてもよかったね。お魚君の大金星だ」
正明「……ッ」
ふわふわしてて働かない思考だったが、こいつの顔を見て少しだけ生気が戻った。
ラシェル「ん? なに? 帰ってよ。邪魔だから」
ラシェル「宝くじに当たってよかったね。一生に一度のお寿司でも食べてしっかりと太ると良い」
ラシェル「美味しくボクに食べられるようにね」
正明「……」
生まれて始めて、煽りに乗る事ができなかった。
色んなギャンブルを、色んな人間と幾度となく貼ってきた。
人間の形をしたナニカ。北村憂に絶望した。
圧倒的な運で踏み潰された木葉に怒りを抱いた。
ポーカーで騙されたこいつ。ラシェルには復讐を胸に刻んだ。
春樹「……正明君は、今日はもう帰ってもらっていいかな」
春樹「ボク、こいつの相手するから」
この世界はまるで魑魅魍魎。
二階堂春樹には恐怖を覚えた。
ラシェル「安心してよ。賭けてもらうのは大したものじゃないよ。安いものさ」
ラシェル「お前の命賭けてよ」
正明の知らない、怒気の籠もったラシェルをも相手にしない。
春樹「あー、もう。本当になんで……あーくっそ。マジで邪魔なんだけど」
敗北。苛立ち。後悔。
そんな春樹を見れば見るほどに恐怖が増す。
春樹「じゃあさ――ボクの命幾らで買ってくれるの?」
憂ちゃんを相手に、自分は凡人だと自覚したがそうじゃない。
こいつらは、同じ人間ですらない――。
化け物しかいない異世界から、正明は店を去った。


