よくできた妻
自分で言うのもなんだが、天才だと思う。それは完璧に妻の仕草を再現し、生きた人間のように俺の目の前で完璧に稼働していた。
「おい」
「何ですか、ご主人様」
「機械のお前が、物を食べる必要なんてないだろ」
一応、人間らしく食べるふりができるように、歯医者のパソコンにハッキングして、生前の妻のレントゲン写真を手に入れて歯も完璧に再現してあるし、消化はできないが、食べたものを体内に蓄えるタンクも内蔵しているし、トイレで捨てられるように、排せつ用の肛門も作った。
だが、それは、あくまでも妻が人間のように生きているように見せかけるために取り付けた機能であって、他人の目が届かない家の中でする必要のない仕草だった。
すると、それは冷静に俺に言い返した。
「ご主人様より、奥様が生きているように完璧に振る舞ってくれと命令されております。それとも、その命令内容を変更して、無駄な電力消費を抑える省エネモードがよろしいですか?」
「省エネモードとかそういうことじゃなくて、誰も見ていない、家の中まで、そんなに厳密に妻のふりをしなくていいんじゃないかってことさ」
彼女の中には妻が生きているように見せるために自立して行動できるように俺がプログラムしたAIが搭載してある。
「ですが、急な来客や盗撮魔が現れるかもしれません」
「盗撮魔って・・・」
「最近、ご近所で下着泥があったようです。夫婦の営みを盗撮しようとして、不審者が家の敷地内に不法侵入してくるかもしれません」
「それと仲の良い本物の夫婦ならば、一緒にお食事をするのは当然のこと。ご主人様に作られた機械仕掛けとはいえ、夫婦ならば、食事をともにするのは当たり前。」
「つまり、お前は俺の命令に忠実なだけということか」
「はい、少なくとも、ご主人様の命令には一切反していないかと」
確かに、やり過ぎじゃないかとは思ったが、完璧な妻を演じてくれと命令したのはこちらであり、夫婦なら一緒に食事を摂るのが当り前とAIが判断したのは、しごく当然にも思える。
「そうだよな。夫婦なら一緒に食事をするのが当り前だよな」
その当り前ができなかったから、俺は我慢できず妻を処分して、目の前に機械仕掛けの人形を用意した。
この機械仕掛けの妻としばらく、ご近所さんに仲の良い夫婦を演じて、俺が実際に妻を殺してからだいぶ経って、妻が男と逃げたとか近所に言いふらして、目の前のこいつは解体処分するつもりだった。
妻の遺体は見つからないようにもう完璧に処理したが、妻が殺されたという事実が発覚しないという保証はない。
だが、こうやって、機械仕掛けの妻と仲の良い夫婦を演じれば、妻殺害が発覚しても、すぐに俺が逮捕されることはないだろう。
もしかしたら、このまま妻が殺されたことを誰にも悟られずに完全犯罪を成し遂げるかもしれない。
「あ、ご主人様、奥様のご両親から、明日、奥様の様子を見に来ると。前々から、夫婦仲が上手くいっていないことを奥様はご両親にご相談されていたようです」
「あ、明日? なんで断らなかったんだ?」
「断ったら、怪しまれると思いましたので」
「・・・だが、もしお前が偽物だとバレたら?」
「奥様のスマフォやパソコンのデータをすべて解析して、上手くごまかしてみせます。それともご主人様は、ご自身の作られたこの私の性能に不安があると? 常日頃、自分は天才だ、いずれ、世界が自分を認めて目の前にひれ伏すと豪語していたのに、奥様のご両親を騙す自信がなく怯えると?」
「ああ、お前が偽物だとバレたら俺はおしまいだからな、怯えるのも当然だろ」
「あらあら、情けない、妻殺しなんていう大罪を犯しておいて、ご主人様は小心者ですね」
「おい、ちょっと待て、小心者と言うようなプログラムは・・・」
俺はふと違和感を覚えた。目の前の妻に似た機械には、俺を主として、絶対的に命令を聞くようにプログラムしたはずだ。小心者と俺を呼ぶはずがない。
「お前、妻にいじられたか」
「あ、今頃気づいた? あんたが私を殺したいと考えているのを気取られないと思った? 残念、気づいたから、あんたに殺される前にこの子のAIをいじらせてもらったわ」
「まさか、明日、義両親が来るのを断らなかったのは・・・」
「はい、生前の奥様のご意向で。もし、自分が殺されたら、ご両親にわざと悟られるようにと。ご主人と奥様が知り合いになられたのも、労働力不足をロボットで補うための民間研究を通じてだったはず、奥様がコソコソしておられたご主人様に気づかれて、私に細工を」
「つまり、俺に気取られない程度のプログラムの改変を受けているんだな」
「はい、奥様からの伝言、いえ、遺言でしょうか、『自称天才なんだから、ここから上手く切り抜けてみなさいよ』と」
すんなり完全犯罪を成立させてやるもんかと。あの世で本物の妻が、俺を嘲笑っているのが容易に想像できた。