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第十話『キチガイに刃物』5/5

春樹「すみません、ちょっとお薬ほしいんですけど薬局ありますか?」
キャッチ「……」
当然相手にしてもらえない。

そりゃそうか。
そういうのはやったことないし唯一囮捜査が許可されてるマトリ(麻薬取締官)相手を想定すればよそ者はあしらうか。

春樹(いつも思うんだけど、薬物の入口ってどこから入るんだ?)

紹介、と言うが、そうなると紹介ルートがないとダメなのか。
薬物患者を装うなんてできないし……失敗したなあ。誰か連れてくればよかったなあ。

春樹(うーん、少し準備不足は否めないけど、それでも実際に見て良かったかな)
実際に現場を下見して大体はイメージできた。
カジノ周辺のビジネス利権は国の既得権に手土産を与え、隙間産業を暴力団。そのさらに細かい隙間産業がWS社に戻ると。
情報が何もなくてもどこがどう繋がっているのかは大体の察しはつく。

ランドカジノ。
周辺ビジネス。
FOC船。

それらを全て"合法"で実施するのが恐ろしい。

そして違法な薬と女はガス抜き程度にシバいて、VIP向けの裏カジノはお目溢しといつもの利権構造。
このあたりの裏カジノも、全て警察への上納金は高めだと聞く。

女と子供と明るい未来を語る裏にある巨悪は、いつも利権だ。
動きは拡大するだろう。

日本三大カジノ。
WS社以外は遊戯連と協会。四つめが在るとすれば恐らく銀河か。

新時代の幕開けとか言うけど、結局は変わらないだろうな。
もし変わるとすればAMAYAの進出か、どちらにせよ、国か国と戦えるほどの力を持つ組織。

個が数人程度ちょろちょろしたところで簡単に消される。

もし唯一そこに亀裂を差し込める人物が居るとすれば――
或いは――"不定率のイシュタム"か。


春樹「……ん? え!?」
別の路地に入ったところで、今度は女性が倒れている。
俯せ(うつぶせ)に横たわる女性に声をかける。
春樹「だ、大丈夫ですか!?」
いやいやいや! 学生や女性が平然と転がってるってどんな街だよ!

??「んー……」
以外にも返ってきたのは間の抜けた声。
憂「あははー。もう飲めないのー」
春樹「あっちゃー……あの、こんなところで眠っていたら危ないですよ」
憂「んー、あはは。じゃあ飲んじゃおうかー」
春樹「飲めないんですよね!?」

肩を貸して介抱するが、近くにベンチなどは見当たらない。
春樹「誰か知り合いはいますか? 一緒に飲んでいる人とか、飲んでたお店の人とか」
憂「うんー。いるよー。シンジー」
春樹「その人の連絡取れますか?」
憂「んーんー。さつま、もう帰っちゃったー」
帰ちゃったってそんな……

――え?

憂「あはは、シンジじゃなかった。誰だっけ? ハルトムートだっけ?」
春樹「遥斗…あの、今日飲んでいた人って薩摩真司ですか?」
憂「あっれー。ハルトムートは知らない?」
憂「10月29日の17時だよ」


憂「二階堂春樹君が喋っていた自称公安関係者の相手」


春樹「――ッ!?」
心臓が刔られるように、動きが止まった。
憂「あはは。ビックリするよねー。いつから協会のトップが公安になったのーって」
この……あ……え――、

憂「初めまして。えーっと……お名前は二階堂春樹さんでいいのかな?」
憂「それとも――リジェクト殺しの"ピーターパン"?」
春樹「い、あ……」

どうする? どうるすどうするどうする?
刺される? 殺される? ならいっそ……

ここは街。そもそも周りに人がいる。違う、仲間がいるはず。
ぐるぐると思考が巡る。人間、不思議なものでパニックになると何もできなくなる。

憂「肩貸してくれてありがとね。んー。若い男の人の臭いはやっぱりいいね。お姉さん興奮しちゃう」
スンスンスン、と大げさなぐらいに首の臭いを嗅がれる。

無防備に顔を出しての嬲り(なぶり)
もはや恐怖の対象でしかない。

憂「私男の人の臭い大好きだよ。汗臭いのも血なまぐさいのも大好き」
憂「でもね――嗅ぎ回られるのは嫌いなの」
春樹「あ、う……」
もう、春樹の頭は真っ白だった。

春樹「え、えっと、もしかして、もしかして~。WS社のそういうお方だったのでしょうか?」
――舐めてた。

確かに顔は割れているが、それにしてもこんな、こっちの情報まで。
キニー・ブラウン。WS社ここまでとは……!

憂「あははは。おもしろーいこんな可愛い美少女がそんな物騒なとこにいないよー」
憂「ふつーにお酒飲んでる女の子だよ。陰口(かげぐち)言われて悲しくなっちゃったから、飲んじゃおうかなーって」
春樹「……」
春樹(なんだ、この人……)
主導権が握れない。
人の掌握なんてポーカープレイヤーの頂点である二階堂春樹のまさに得意分野。
歩き方、呼吸の仕方、瞬き、視線の位置。発声の様子。
あらゆる要素で情報を把握してきた二階堂春樹が、この女だけは全く何も見えなかった。

春樹「あはは、陰口言われたんですかー」
少しずつ、少しずつ距離を取りながら相手の口車に合わせる。
春樹「なんて陰口なんですか?」
憂「あはは、聞いて聞いて」


憂「"キチガイに刃物"だって――」
イシュタムの笑顔には死臭が漂う。

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