第八話『曲者、千田千尋』4/4
◆【渡り廊下】
千尋が追いかけた先。渡り廊下の中間に目的の男は居た。
正明「あん? 何見てんだよ」
追ってきた――!
この時点で自分の優位を確信する。
千田千尋は、竹原正明を求めている。
もとい、風雪木葉の友達である竹原正明を求めて追ってきた。
よしよしよしよしよし!
それだけで値千金の情報じゃねーか。
正明(この女はWSOPのチケットを持っていない可能性が極めて高い)
ってなると次のシチュエーションの組み方はこっちか。
千尋「……」
まるで昭和のヤンキー漫画のマネをする様子。タバコを取り出すと周囲を一切気にせず動物的な欲求で火を付ける。
普通の人は関わってはいけない低能な人物。否、猿だとひと目でわかる。
千尋「……」
千尋(噂通りですね……とりあえずいつものでいくです)
正明(で? てめえのターンだが? 追ってきてどうだ? 演劇はできんのか?)
千田千尋は、動いた。
千尋「私です! チッチーです」
正明「ちっち……?」
千尋「ラーメン屋のバイトです。中国人です。でもそれは勘違いで全然日本人です」
正明「あー、はいはい。いたな。千田、だっけ」
千尋「そうです」
千尋(覚えてない? それともぶっきらぼうを演じてかっこいいと気取る構ってちゃん?)
正明(用があるのはオレじゃなくてあくまでこいつ。それはコンタクト取ってきた時点でハッキリした)
千尋(わからない。決めつけはよくないです。まずはジャブから情報収集です。このチャンスは逃せないです)
正明(別棟なんて来ようと思えばいつでも来れる。それをしないってことは、木葉と同席しているリスク怖がっているか、或いは別棟来てまでの会話のきっかけがなかったってことか)
一瞬にも満たない僅かな時間で互いの思考が交差する。
さて……こっからだな。
沈黙は一呼吸。
正明からすればお互いに。千田からすれば正明がこの先どう動くのがベストか一瞬で頭の中で導き出す。
千尋「あの、竹原さんはラーメン好きですか?」
正明「あん?」
切り開いたのは千田千尋。
千尋「今度私が新作のメニューを考えた商品を出せるです。商品化される前に、よかったら竹原さんに是非食べてほしいです」
正明「あー、ラーメンね。太るから好きじゃねーんだわ」
千尋「そうですか……」
――男慣れしてるな。
期待させるような言動から、拒絶されると大げさに肩をすくめて落胆を見せる。
普通の相手なら気をつかってフォローを入れるだろう。
あー、そうか。ポーカーBARでバイトしてるっつってたな。
女目当てのおっさんをある程度はいなしてる演劇経験はあるのか。
正明「カツ丼とかなら好きなんだけどな」
千尋「あ! カツ丼いいですよね! 千尋もカツ丼超スキです!」
千尋「竹原さんはどんなカツ丼がスキですか?」
千尋(ほぼほぼ間違いないです。こいつはただの構ってちゃんのバカです)
――と、判断したものの"ナニカ"を感じ取った。
千尋(でもなんか……気持ち悪い。普通の会話なのに……よくわからないです。わからないですが、ねじり込むしかありません)
正明(わざとらしく微笑んだ後、間が生まれないようにちょっとだけ動きを入れていたり……付け焼き刃じゃねーな。トップクラスの加奈子(キャバ嬢)と同じアクションだ)
千尋「私はなんでも好きなんですが、やっぱり卵とじが一番好きです!」
正明「あー、いいよな卵とじ!」
千尋「竹原さんもですか。なんか嬉しいです! あの半熟がじゅわーっていうのがたまらないですよね」
千尋「あ、そういえば駅前にすっごく美味しいカツ丼あるの知っていますか?」
正明(適当言ってんなこいつ)
会話の作り方がとにかく上手い。
男を転がすっつーのはちげーか。相手を手のひらで踊らせるのがポーカープレイヤーと言うなら合点もつく。
正明「へー。知らね。どこにあるんだ」
千尋「実は私も行ったことないです。ずっと前から行きたいなーと思ってたですけど、女の子がカツ丼は可愛くないですよ」
千尋「……あの、次の日曜日バイト休みなんですけど、もしよければ一緒に行きませんか?」
なんでもある駅前と場所は限定して店名は言わない。
今から調べるんだろうが、多分そこ詰めても忘れちゃいました~とはぐらかすだろうし。仮にそれを名探偵っぽく暴いてもオレに利益はない。
こいつは一回素のオレを見ている。よってここはあくまで普通の対応だ。
正明「あー、日曜かー」
千尋「それなら別の機会でもいいです! その時はこっちに連絡してほしいです」
すぐさま、ここぞとばかりに携帯を差し出す。
正明「おう……別に、いいけど……」
千尋「やったー! 竹原さんの連絡先GETですー!」
千尋(反応を見たいが、我慢。ここは嬉しそうに携帯を大事に抱えるです。これで男は喜ぶです)
正明(――浅はか。しかし、目的が定まったらなんとしても掴みに行くそのフットワークの軽さだけは評価してやるよ)
なるほど。確かにこの女、厄介だな。
正明(したたかさはないが小細工は使える千田なら、今日は一旦ここで引くだろうな。"そういう目も持ってる"ってわけね)
千尋(竹原さんと話せて嬉しい女子。なら、今日はここまでで情報収集は次です)
千尋(焦ったらダメです。とっかかりはできた。次回に持ち越すです)
千尋「わーい、竹原さんとデートですー」
そうわざとらしく言い残し、一瞬だけ我に返りフリをして恥ずかしがって去っていった。
正明「……ヒヒヒ」
相当なクソ女だな。ここまで単純だと逆に他の意図があるのかと疑いたくなる。
ブラフキャッチの価値もねーわな。
(※ブラフキャッチ:ポーカー用語で相手のブラフを捕まえに行く事)
オーケーオーケー。
あいつは、WSOPのチケットを持っていない。或いは、別の何かでオレに、恐らく木葉を活用する事を模索している。
ってなると理想は木葉から餌を貰えれば最高だが、木葉にはWSOPの借り一個を返すだけでも大変でそれ以上は精算できなくなる。


