第12話 記憶が先に、敵を殺す
第1章:死に戻り地獄の序章
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朝の村。
まだ人々は笑っていた。
焚き火の匂いが穏やかで、子どもが走り、女たちが干し肉を炙っている。
地獄の直前とは、いつもこんなに平和だ。
タタルは、石壁の上に腰掛け、静かに村を見下ろしていた。
(……この中に、俺を殺した奴がいる)
いや、“いた”じゃない。
“これからそうなる”のだ。
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あの老人「ハンゾ」。
飢饉を理由に魔族へ情報を流し、見返りに食糧を得ていた。
炊き出しの娘「ミーナ」。
盗賊団と通じ、内部情報を提供したスパイ。
そして村の防衛隊長「ダルク」。
村を守る盾であるはずが、最初にタタルの首を斬った男。
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タタルは深く息を吸い、立ち上がった。
そして最初に向かったのは、ハンゾの家。
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老人は穏やかな笑顔で出迎えた。
「おお、タタル殿。体調はもうよろしいのかの?」
この“体調を気遣う言葉”も、前と同じ。
数日後には、彼はこの手でタタルを魔族に売る。
だから今回は、最初から口を割らせる。
「老人、あんた、魔族と連絡取ってるな」
「……ほう?」
ハンゾの目が一瞬で変わった。
油断のない、百戦錬磨の兵士の目。
「証拠は?」
「前に見た。……いや、“別の世界で”。」
「冗談を」
「俺はもうあんたに、喉を裂かれて死んだことがある。次はない」
タタルが剣を抜いた。
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殺気に村人がざわつく。
ハンゾは一瞬、口元を歪めた。
「よく覚えておくがいい。知ってしまったなら、殺される側だぞ」
その言葉を最後に、ハンゾは跳ねた。
老人とは思えぬ速度。懐から投擲用の短剣――
だが、タタルの剣が先に動いた。
「その動き、もう何度も見た!!」
ガシュッ!!
斬撃。
首が、骨ごと砕けた音。
血が飛び、老いた身体がその場に崩れ落ちた。
周囲の村人が絶叫する。
裏切りを知らぬ者たちには、タタルが“狂った殺人鬼”にしか見えない。
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「奴が魔族に情報を流してた。信じられないなら、調べろ」
誰もが目を逸らした。
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次は、ミーナ。
あの娘のスープに毒が入っていたことも、
“盗賊団の位置を布に刺繍して渡していた”ことも、すべて知っている。
だが――
「お願い、殺さないで!!」
泣きながら地に伏せたミーナの背を、タタルは睨んだ。
信じたい。だが、彼女の笑顔の裏に刃があることも、知っている。
だから、
「これが、“俺を何度も殺した代償”だ」
グシャッ。
剣が腹に突き立った。
ミーナは、泡を吹いて崩れた。
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最後は、ダルク。
あの男の剣技は鋭く、タタルが最初に“首を斬られた”男だ。
だが今はまだ、善人の仮面をかぶっている。
「タタル、どうした!? お前が殺したのか、ハンゾとミーナを!」
「裏切り者だった。証拠はある。あんたも、いずれ裏切る」
「……お前、未来でも見てきたのか?」
「見て、殺されて、戻ってきたんだよ」
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剣を交える。
今度は、タタルが“首を守る”構えを優先した。
それでもダルクの刃は速い。重い。
だが、前の死で“踏み込みの癖”を見ている。
(次は、右下から……!)
ガッ!
タタルの刃が、逆手でダルクの顎を斬り裂いた。
「が……あ、ぐっ……!」
抵抗の隙を与えず、横薙ぎに腹を断ち斬る。
ビチャリ。
腸が飛び出し、男が崩れる。
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村の空気は凍っていた。
誰もがタタルを見ていた。
まるで、“未来から来た処刑人”を見るように。
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「やったさ。殺した。裏切るはずの奴らを、先に殺した」
「……じゃあ、村は救われるのか?」
タタルは答えなかった。
なぜなら――
次の世界線で、もっとひどい地獄が待っていたことも、彼は知っていたから。
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