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第3話 少女の背、ナイフの影

第1章 死に戻り地獄の序章

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 ロード後、すぐに吐いた。
 胃がねじ切れるほどの嘔吐。身体は火薬の爆風で焼かれた直後だった。

「……っぐ、うっ……ぁあ……!」

 息を吸うたび、肺の奥が軋む。皮膚がまだ焼けている錯覚が残る。

 でも、この世界線は――まだ“痛み”があるだけマシ。

 あの爆発狂が自爆するルートから、どうやら2日前に戻されたらしい。
 今いるのは、まだ村が襲われる前、盗賊団が情報収集中の時期。

 ここで、タタルは“彼女”に出会う。

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「ねぇ、お兄さん、あんたも連れてこられたの?」

 暗い路地裏。小さな焚き火に照らされて、少女・リンが座っていた。
 年の頃は14、5。黒髪を三つ編みにして、やせ細った手足。
だが、目は獣のように鋭く光っている。

「……ああ。俺はタタル。あんたは?」

「リン。盗賊団の“物見役”。……でもまあ、実際は“使い捨ての囮”ってやつ」

 タタルは何も言えなかった。
 この世界の底辺に生きる者は、笑いながら自分の不幸を語る。
それが、彼らの鎧だった。

「お兄さん、変な癖あるね。なんでさっきから私の顔をジッと見てるの?」

「……似てたんだ。前の……いや、未来の……くそ、なんでもない」

 リンは訝しげに眉を寄せるが、やがて笑った。

「お兄さん、ちょっと頭いかれてる系?」

「そうかもな。何百回も死んだら、誰でも狂う」

「え?」

「なんでもない」

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 それから2日間、タタルはリンと行動を共にした。

 盗賊団の動向を探るため、外に出る機会も多かった。
 その間、リンは決して“背中を見せること”を恐れなかった。

 タタルもまた、久しぶりに背中を預ける感覚を思い出していた。

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 そして、村襲撃の前夜。
 リンが焚き火の前で、小さく呟いた。

「タタル……明日、逃げようと思う」

「……は?」

「盗賊団の連中、あの村を壊す気でいる。
女も子供も関係なし。……もう、嫌なんだ」

「……わかった。俺も、一緒に行く」

 リンの目が見開かれる。

「マジで……?」

「信じるよ。お前だけは、裏切らないって」

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 だが、信じたのはタタルだけだった。

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 夜明け前、脱出のタイミング。
 二人は盗賊団の野営地から距離を取り、林の中を歩いていた。

「よし、このまま道を抜ければ――」

 タタルがそう言った瞬間。
 背中に、冷たい痛みが走った。

 ズブリ。

「……な……」

 振り向く。
 そこには、リンがいた。

 右手に小さな短剣。
 目が、どこか虚ろだった。

「ごめん、タタル。……報酬、増えるって言われたの」

 タタルは何も言えなかった。
 喉から血が吹き出し、言葉が泡になった。

「“お前を信じた”って言われるの、嬉しかったよ。でもね……」

 リンが一歩下がる。

「信じられるのって、弱さでしょ? 私は……強くなりたかった」

 タタルの膝が崩れた。
 意識が遠のく中、彼はただ、呟く。

「……また……か……」

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 カチ。

 ロード音。視界が反転。

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 タタルは次に目を開けた瞬間、またリンの目の前にいた。
 だが今回は、彼女の手が震えていた。
 タタルが見つめ返すその眼差しに、もう優しさはなかった。

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