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第1話 幾度の死


第1章 死に戻り地獄の序章


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熱い。
それが、最初の感覚だった。
炎の色が赤じゃない。もっと、紫に近い。
狂ったように揺らめく業火の向こう側、誰かが笑っていた。

「おい、タタル。死ぬって、どんな感じだ?」

 焼けただれた顔で、誰かが話しかけてきた。
それは……さっきまで俺の隣にいた、少年だったはずだ。
生き残った子どもを逃がすために、俺が時間を稼いだ――はずだった。

 でも今、目の前で燃えているのは、助けたはずの子供たちの村だ。

「なんで、こんな……」

 喉が、声を出すたび裂ける。
煙と炎が混ざった空気が肺を焼く。生きたまま、内臓が焼ける。

「ぎ……ぁ、っ、あ、あぁああああっ!!」

 逃げようと足を動かしても、身体は柱に縛られていた。
鎖ではない。今や溶けた鉄だ。誰が、いつ――いや、そんなのどうでもいい。

 視界が歪む。喉が潰れ、呼吸すらもできなくなったその時。

 カチ。

 どこかで、乾いた音が鳴った。世界がねじれる。視界が反転する。

 ロード音。

 ──俺の、クソみたいなスキルが発動した。

 次に目を開けたとき、俺は氷の中にいた。

 ……ああ、知ってる。この死に方も。

 肺が凍り、血液が循環しない。手足の感覚がなくなるより先に、
頭がバキバキと割れるように痛む。脳が先に死ぬんだ、この死に方は。

「また……かよ……!」

 目の前に広がるのは、王都・エリュシオン陥落の五日前。

 俺はこの時、初心者気分でモンスターを狩っていた。まだあの時は、
人を信じていた。裏切りも知らなかった。希望だって、少しは……あった。

「クッ……くくっ……」

 笑い声が漏れる。嗚咽と笑いの境界が曖昧になる。
頭が狂いそうだ。いや、もう狂ってるのか?

 だって、何度目だ?

 たぶん二十回とか三十回じゃない。百は軽く超えている。
 何回殺された? 何回自分の死を見た?
 裏切られて、首を落とされて、焼かれて、
内臓を抉られて、凍らされて、崖から突き落とされて――

『ユニークスキル【ランダムセーブ】が発動しました』

 はいはい、クソスキルです。
 死ぬたびにどこかにロードされる。過去か未来かすらランダム。
セーブ地点も完全に自動。

 おまけに、他人にはこのスキルの存在すら認識されない。

 だから、誰も助けてくれない。誰も信じてくれない。
俺が、何度も死んで世界をやり直してるなんて、理解できるわけがない。

 ……それでも、忘れられない。
 焼かれて死んだ時の感触。
 首を刎ねられた時の冷たい鉄の感触。
 目の前で、助けたはずの子どもが笑っていたあの絶望。

 それらが全部、脳に刻まれている。
 それが、俺の唯一の財産で、呪いだ。

「四宮タタル……」

 自分の名前を呟いてみる。声は掠れて、氷に吸われるように消えた。

 ──まだ、覚えてる。
 でも、次の死では忘れてるかもしれない。
 記憶は保持される。でも精神は? 肉体は? 人格は?
 ……どれも、削られていく。

 どれが最初の死だったかも、もう思い出せない。
 たぶん、この世界に来て最初の一週間で五回は死んだ。

 あの時、俺は思ったんだ。

 「次こそはうまくやろう」
「この情報を活かせば、誰かを助けられる」「同じ失敗は繰り返さない」――

 でも、セーブ地点が未来に飛ぶせいで、それすら無意味になった。
 助けたはずの人が、すでに死んでいる世界。
 救ったはずの村が、焼け落ちた後の世界。
 絶望のやり直しだけが、繰り返される。

「……それでも、俺は……」

 何かを言いかけたが、もう氷が心臓を止めようとしていた。
 意識が薄れる。死が迫る。

 でも――

 次もある。

 このスキルがある限り、俺は何度でも死ねる。
 死んで、殺されて、苦しんで、もがいて、それでも立ち上がる。

 このクソみたいな運命に、俺は、まだ屈してない。

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「俺の物語は、ここからだ。200回死んで、やっと始まる。
いや、2000回かもしれない。それでも……俺は生きる。死んででも、生きる」

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