第94話 若者達と酔っ払い
急に開いた引き戸の外の暖簾の下で一瞬、男女の影が映った。男女は出てきたかなめの姿を見るとすぐさま背を向けて立ち去ろうとした。
「待て!飲みに来たんだろ?アタシ等が居ると不味い事でもあるのか?やましい事でもあるのか?」
かなめはそう言ってそのまま踵を返して走り去ろうとした二人を飛び出して追っていった。
「まったく何がしたいんだ、あいつは」
そう言いながら明らかにかえでの話をしていて動揺しているのがうかがえるカウラは自分の空の烏龍茶のコップにラム酒を注いだ。明らかに間違えている彼女の行動を注意しようとする誠だが、入り口付近で騒ぐ声に気を引かれて黙り込んでしまった。
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
神前ひよこが謝っている姿が誠達の目に飛び込んできた。
「良いじゃないですか!僕達がどこで食事しようが!ここは島田先輩が支配している寮じゃ無いんですよ!僕達が何をしようが自由じゃないですか!」
技術部整備班の最年少である西高志兵長が口を尖らせて襟をつかんでいるかなめに抗議していた。
「寮じゃ無ければ何をしても良いってわけじゃねえんだぞ。色気付きやがって!何か?19で酒飲んでいいのか?ここは甲武じゃないぞ、東和だぞ。お酒は20になってからだぞ!」
かなめの声にそれまで反抗的だった西はしゅんとなった。身なりを整えたひよこは一瞬だけ勇気を出してかなめをにらみつけようとするが、威圧感では隊でも屈指のかなめの眼光に押されておずおずと視線を落とした。
「そんな……僕達はまじめにお付き合いをしようとしているだけです。西園寺さんのようなガサツな人には分からないかもしれませんがそう言う話なんです」
西は必死になってにらみつけて来る暴力の権化であるかなめに向き合った。
「西、良い度胸じゃねえか。オメエはひよこのファンが先輩にいっぱいいるのは知ってるだろ?それを一番年下のオメエが横から取り上げようと言う腹か。それとオメエの魂胆は見えてるんだ。まったく気が利く奴は信用が置けねえな」
そう言うとかなめは残忍そうな笑みを浮かべた。
「西。オメエは甲武出身の元地球人だ。モテることに慣れてる。モテない女を口説くことにも抵抗がねえ。その点、ひよこは遼州人だ。モテる事には慣れてねえ。そもそも恋愛と言う物とは無縁な存在だ。それがモテる自覚のある地球人が口説けばどうなるか……そんなの日を見るより明らかだろ?なんでも地球じゃ東和に秘密ツアーで遼州人のイケメン美女とヤレるって言うのが売りのツアーが有るらしいんだわ。オメエのもそれだろ?正直に言ってみろや。下心丸出しだぜ……な?」
遼州人と地球人のハーフであり、どちらの気持ちも分かるかなめの言葉だけにやけに説得力があると誠は思った。
「僕をそんな不純な地球のツアーの観光客と一緒にしないでください!僕達は技術部の法術担当として神前曹長の支援任務でこの数か月苦楽を共にしてきたんですよ!そんなことのねぎらいを兼ねて今回、僕がひよこさんをお食事にお招きしたんです!悪いですか!どこに不純な動機が有るって言うんです?言ってみてくださいよ!」
西はそう言って強気にかなめに対抗した。
「おう、言うじゃねえか。ひよこ、言っとくが西は所詮は甲武の平民だ。甲武の平民には名字もねえ。ただの使い捨ての駒だ。西、オメエの名乗ってる苗字はおそらくそのコミュニティーの西側に住んでるからって意味なんだろ?」
上流貴族であるかなめは西の素性をズバリと当てて見せた。
「そうですよ。僕には本来苗字なんて有りません。うちが西に住んでるから西って名乗ってるだけです。でも、西園寺さんのお父さんは平民も名字を名乗って良いって言う制度を作ろうとしているじゃないですか!それをなんですか!平民平民と見下すような態度で……お父さんは立派なのに娘は貴族主義者と言ってることが同じですよ!」
西はかなめの父西園寺義基の理想を盾にそう抵抗した。
「親父は親父、アタシはアタシ。平民は平民、貴族は貴族。どこまで行っても交わらねえんだよ。神前の名字はひよこは落ちぶれたとはいえ遼帝家の出と言うことを表してる。アタシのお袋は遼帝家の家臣の王弟家の出だ。王弟家ってことは遼帝家の家臣だ。そこには超えられねえ身分の壁って奴が有る。つまり、西はアタシを風下に置きてえわけだ……偉くなったもんだな、西よ」
明らかに八つ当たりに近い調子でかなめは西を責め立てた。
そんな意味ありげな瞳を向けるかなめの後頭部を小夏が蹴飛ばした。