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第69話 確定していた『敗北』と決起の道連れ

 近藤が通信を切ったその瞬間、ランの表情が戦闘モードに変わった。

『西園寺!隠れ蓑だ!』

『もうやってますよ!』

 ランの合図でかなめの通信が途切れた。

 そして、誠の全天周囲モニターに映っていたかなめの赤い05式狙撃型が宇宙の闇に溶けていった。

「光学迷彩?軍での使用は戦争法で禁止されてるはずなのに……」

 そう言ってみた誠だが、自分が『特殊な部隊』と呼ばれる『特殊部隊』の一員であることを思い出した。

 司法局実働部隊は武装警察でもある。戦争法は適用されない『犯罪者の捕縛』を行っているのである。

『目標の位置捕捉完了しました。指向性ECM及び通信ハックとウィルスの注入を開始します』

 カウラが非情にそう言った。

 カウラのオリーブドラブの05式電子戦専用機が敵の火龍を照準にとらえる。

『神前、言っとくわ。今回のアタシ等の目的はただ一つ!』

 誠の05式乙型の後方で待機しているランはそう叫んだ。

『抵抗する相手には容赦するな……そいつは敵だ……『処刑』しろ』

 ランはそう言い切った。

「……関係者全員を処刑するんですか?」

 当たり前の誠の問いにランは落ち着いた表情でうなづく。

『当然だろ?近藤の旦那は『歴史的戦争』を望んでる。戦争なんざ、そんなもんだ。殺してなんになる?戦争を始めた時点で、それに関係した奴等を根絶やしにすれば終わり。アタシはいつだってその覚悟で戦争してきた。他の戦争は無いかって?それは戦争『ごっこ』。餓鬼の遊びだ。向こうの兵器の安全装置は解除されてんだ。こっちが殺して何が悪い』

 ランはそう言うと敵の戦列めがけて愛機の『紅兎(こうと)』弱×54を加速させた。

「待ってください!」

 誠は慌てて自分の機体を前進させる。

 『乗り物酔い』対策の強力酔い止めの効果が薄れてきたようで少し吐き気がした。

 突如ランは機体の進攻を止めた。

「なんですか?いきなり」

 いつものことだが、この『特殊な部隊』の『特殊』な展開には誠はついていけない。

「クバルカ中佐……僕は何をすれば……」

 このままでは誠はただのお客さんである。

 そう思った瞬間、レーダーの左端の敵機が消滅した。

 一機、また一機と突然火を噴いて敵機が撃墜されていく。

『早速始めたか!西園寺。相変わらずいい腕だ』

 満足げに笑うランの言葉に誠はモニターの敵機の画面を拡大投影した。

 次々と敵の機体のコックピットが吹き飛んでいる。

『敵は旧式の火龍だかんな。レーダーが効かねー上に見えねーんだよ、西園寺の機体が。かなめの機体の『光学迷彩』はサイボーグ専用の特別製で甲武軍の技術じゃ察知不能だ。それに敵さんの各センサーはカウラの指向性ECMとハッキングにやられてどうにもなんねーかんな。黙って死ぬのを待つか……無茶な突破を仕掛けてアタシ等に勝負を挑むかどっちかしかねーんだ』

 彼女の言葉通り、生き残った六機の敵シュツルム・パンツァー・火龍はその機動性を生かして見えないかなめの機体から逃れるように前進してきた。

 「来ましたよ!カウラさん!逃げてください!カウラさんの機体のECMも万能じゃ無いんです!」

 狙われるとすれば一番先頭を行くカウラの機体である。

 戦場でのECMなど甲武軍も想定している。

 ECM対応を行えば敵も武装の貧弱な電子戦用のカウラの機体を狙ってくることくらい軍に入って間もない誠にも想像がついた。

『安心しろ、神前。連中は私を『攻撃する意図』を示したとたんに吹き飛ぶ。『ビックブラザーの加護』でな』

 冷静にカウラはそう言い切った。

「『ビッグブラザーの加護』?なんですそれ……」

 火龍の売りである肩の重力波レールガンがカウラの機体を捉えた瞬間にそれは起こった。

 一機、また一機と敵機は『自爆』した。

 次から次へと発砲を繰り返す敵機が自爆する様に誠は恐怖を覚えた。

「何が……何が起こってるんですか?それと『ビックブラザーの加護』って何です?」

 誠は突然の出来事にただ茫然としていた。

 カウラの言った『ビックブラザーの加護』の意味が分からず次々と自爆していく敵を見つめる誠だった。

『貴様が今見ているのが『ビッグブラザーの加護』と呼ばれるものだ……』

 カウラはそう言って最後に残った敵機に指向性ECMのランチャーの銃口を向けた。

 その強力な電子攻撃は精密機械の塊であるシュツルム・パンツァー・火龍の動きを封じた。

「『ビッグブラザーの加護』なんですかそれは?」

 誠は次々と自爆していく敵機を見ながらそうつぶやいた。

『東和共和国の戦争参加を良しとしない『ビッグブラザー』は、兵器が製造される段階で通信の通じるすべての勢力のコンピュータに『ウィルス』を仕込んでいるんだ。このウイルスは、東和国民が攻撃対象になった瞬間に発動する。つまり、攻撃しない限り発動しないが、一度攻撃を試みると即座にシステムに侵入して暴走を引き起こす。普段は『デジタルコンピュータ』では解析不能なそのウィルスは東和共和国所有の機体を攻撃する意図を示した瞬間に全システムに感染して機能を暴走させるんだ。ミサイルや実弾兵器なんか積んでたら最後だな。そいつがどっかんと爆発して終了するわけだ』

 その一方でランは『紅兎』弱×54をすべるように侵攻させて動けない敵機を一刀のもとに真っ2つに切り裂いた。

 有人と思われるその機体も次々とランに撃破されて行った。

『東和国民に攻撃の意志を示したドローンを操作していた機体に待ってるのは生命維持装置を切られての窒息死だ。窒息死は……つれーだろ?楽にしてやったぞ』

 ランの言葉に誠は以前アメリアから聞かされた『ビックブラザー』の恐ろしさを再認識した。


 
「これは戦争ではない……ただの処刑ではないか……!」

 近藤は死んでいく同志達の姿をモニターに見ながらそうつぶやいた。

「敵正面の友軍機……全機自爆しました……」

 第六艦隊分遣艦隊旗艦『那珂』の狭いブリッジに通信士の悲痛な言葉が響いた。

「近藤さん……」

 艦長は複雑な表情で事態を黙って見つめていた近藤中佐に声をかけた。

「まだだ……例え東和共和国の守護者である『ビッグブラザー』が立ちはだかろうとも我々が正面だけに戦力を配置していると思ったのか?クバルカ・ラン中佐。『人類最強』と名乗ってはいるが……やはり見た目通りの8歳女児と言う所かな……」

 近藤はそう言って、艦橋に映し出される画面を眺めた。

 そこには彼の呪うべき敵、『ふさ』の背後からの映像が映っていた。

「馬鹿が……正面の機体は『囮』だよ……あの馬鹿な幼女とおしゃべりをしている間に展開させた……さて……仕上げといくかね?母艦を沈められたらさすがの『飛将軍(ひしょうぐん)』も手も足もでんだろうて」

 そう言って近藤は頷く。

「『国士』各機……攻撃よろし……」

 通信士がそうつぶやいた瞬間、『ふさ』の背後を映していた味方機の画面が途切れた。

「なに!」

 近藤は叫び、そして舌打ちした。

 回り込んだ友軍機が次々と爆発する光景が拡大された映像で見て取れた。

 そこには同志の機体が自爆した様子が映し出されていた。

「『ビッグブラザー』……意地でも『東和共和国』には手を出させんと言うつもりか……そうまでして自国の利益だけを守って……」

 艦橋にいる全員が悟った。『ふさ』には多数の『東和共和国』の国籍を持つ『特殊な部隊』の隊員が乗っている以上、『東和共和国』の戦死者をゼロにすることだけを考える『ビッグブラザー』の電子戦の魔の手からは逃れることができないということを。

「確か、クバルカ・ラン中佐も『遼南共和国』から亡命後、『東和共和国』の国籍を取って東和共和国陸軍からの出向と言う形であの『馬鹿集団』の指揮をしているとか……我々にはもう……」

 艦長の言葉にはもう希望の色は残ってはいなかった。

「このままで終われるか……我々は『狼煙(のろし)』とならねばならん……後ろに続く同志達のためにも……一矢報いねば……死んでいった同志達が報われない……」

 機動性に欠ける司法局実働部隊の05式の戦線到着にはまだ時間があった。

 絶望的表情を浮かべていた近藤の頭に1つのひらめきが沸いた。

「そうだ……『東和共和国』の国民でなければいいわけだな……丁度いいのがいる……」

 そんな独り言を言った近藤は索敵担当のメガネの大尉の肩を叩いた。

「アクティブセンサーの感度を上げろ!こちらが丸見えになってもいい!兎に角センサーの感度を性能限界ギリギリまで上げるんだ!」

「そんな!『ふさ』の主砲の射程範囲内です!そんなことをしたら、この艦の正確な位置が敵に割り出されます!それこそ旧式で射程の短い『那珂』は敵に一方的に撃沈されます!」

 メガネの大尉はそう言って反論した。

「そんなことは分かっている!無茶は承知の上だ!せめて、あの『民派』の首魁(しゅかい)、宰相・西園寺義基の娘、西園寺かなめを道連れにするのが我々にできる最後の抵抗だ。あの娘の国籍は甲武だ!いくら光学迷彩とジャマーで隠れていようがセンサーの感度を上げれば引っかかるはずだ。そしてその位置にそこにこちらのミサイルをあるだけバラまけば……いくら装甲が厚い05式でも無事では済むまい?」

 艦橋の全員が静かに頷いた。

 もはや、彼等には『処刑』を免れる手段がなかった。

 せめて、あの女王様気取りの素行不良の女サイボーグを血祭りにあげて、『貴族主義者』の意地を故国に見せつける以外にできることは残されていなかった。

「これで『|検非違使別当《けびいしのべっとう》』、西園寺かなめの居場所が判明する……我々の憎むべき敵西園寺義基の娘……死出の道行きにはちょうどいい。奴を撃ち抜くんだ!」

 彼等は最初から自分達が『捨て石』であることを知っていた。

 そしてそうなることに誇りを持っていた。その矜持(きょうじ)だけでこの戦闘の一方的な敗北に耐えてきた。

 西園寺かなめを抹殺することでその矜持だけでも示すことができれれば勝利に等しい。

 ブリッジにいる同志達の心はそのことで1つになった。

「この国の形を変えてしまおうという国賊の娘だ。死んで当然だろ?それにあの娘の所業は故国でも知れ渡っている。そんな女の死に同情する馬鹿など誰もいないよ。道連れにしてやる……売国奴め」

 近藤の心にはすでに迷いは無かった。

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