第67話 『法術師』と呼ばれる存在
『敵戦力出撃を確認!『那珂』、『阿武隈』など敵巡洋艦、駆逐艦から艦載機発進!数は二十二!当方予定作戦地点に向け速度200にて進行中!』
サラからの伝言。
ランは表情を曇らせた。
『ふーん。旧式の火龍二十二機か。アタシの読みより多いなー……ちょっと大げさに見えるが当然か。甲武国にとって性能不明の最新鋭機である05式を相手にするんだもんな。でもこっちはたった四機だろ?でもまあ当然かな……アタシは『人類最強』だから……まあ近藤の旦那の貴族主義を命までかけて守ろうとするような奇特な人間は少ねーだろーから半数以上は無人のオート操縦だろーがな』
そう言ってランは舌打ちをした。
誠から見るとランの自信満々の様子は、まるで敵がランを恐れて逃げ出すのが当然だというように見えた。
『姐御……距離1200……なんだけどよう。この宙域になんだか国籍不明の観測無人機が山ほどどありますけど……撃ちます?うちの手の内を近藤の野郎に告げ口する馬鹿が居ると色々と面倒ですよ』
かなめのその声にランは静かに首を振る。
『そっちは撃つんじゃねーぞ。連中も近藤の旦那の味方をするほど物好きじゃねーんだ。むしろ今回は近藤の旦那をアタシ等に処刑してもらいたいと願ってる連中だ。あの観測機は外で待ってる地球諸国の艦隊の奴だ。アタシ等が万が一にも負けた時にはそれをフォローして遼州同盟機構に恩を売ろうということが狙いの泥棒猫の連中だ。そんな野次馬連中の事なんかほっとけ。連中にはこれから起きる楽しい出来事に付き合ってもらうからな。そうだ、連中は歴史の生き証人になるんだ。そのことを光栄に思えよ……力を持たねー無力に過ぎる地球人の旦那さん達よ』
小さなランの口元に自信に満ちた笑みが浮かんだ。
『ギャラリーは大切にしろってことか。アタシ等の歴史的勝利の生き証人になってくれって訳だな。分かった。とりあえず『那珂』の制圧を最優先に進行する!』
かなめの叫びで誠はここまで来てだんだん自分がもう後戻りできない状況に来たことを分かった。
誠は予備戦力としてこの『特殊な部隊』に配属されたわけではない。
そして、ランの勝利の確信度合いとこれまでランが言ってきた誠の『素質』への信頼の言葉からして、どうやら誠はただの『補給係』では無く誠自身のの予想とは全く違う『才能』をラン達から期待されているらしいことを理解した。
そして結果として、多くの人が『死を迎える』のは避けられない事態だと理解し、誠の気弱な精神には堪えるものだった。
『距離700か……丁度いーくれーだ。そんじゃーアタシは近藤の旦那とその部下達に『心理戦』を仕掛ける。そこで勝負が着いちまえばそれで誰も死なずに済む。だが、近藤の頭の中には『八丁味噌』が詰まっている。あの味噌頭にアタシの言葉の持つ意味の本当の所を理解することが出来るとは到底思えねー。恐らくアイツは……神前の『力』を目の前で見るまでその存在を信じることは出来ねーだろーな……もっとも、その『力』が発動されたらあの味噌頭は地獄に軍籍を移しているだろーがな』
ランは突然そんなことを言った。
誠は『心理戦』の意味は知っていたがなぜ今それが必要なのか、なぜその話題の中心に自分が居るのか分からずにいた。
『西園寺。アタシが近藤相手に『楽しいお話』をしている間に、好きなタイミングで『
ランは先の大戦では大本営勤務のエリートである近藤をすっかり『味噌頭』扱いしてそう言った。
『そのつもりだよ……姐御。アタシのほうの準備は万端だ。普通の兵隊さん相手の戦争しか想定していねえ近藤の旦那には悪いがこっちも切り札を切らせてもらうつもりだよ』
かなめはそう言うと隊の中で一人、先行して加速をかけた。
『カウラはこの宙域一帯にジャマーを仕掛けて敵の制御システムを潰せ。無人のシュツルム・パンツァー相手には『指向性ECM』で完全に無力化すんのがオメーの仕事だ。相手は無人機だから生命維持装置まで完全に潰せ。どーせ死人は出ねーんだ。遠慮はいらねーよ』
ランは勝利を確信している調子でカウラに向けてそう言った。
『了解です、中佐。この指向性ECMは東和宇宙軍搭載のものと同じ規格です。連中もこれを浴びるのは初めてでしょう。東和宇宙軍の宣伝にしかならないのが東和陸軍出身の私としては少し不満ですが』
カウラは位置取りを変えなかったが、機体の背中に積んだ通信妨害装置のアンテナが動いているのが誠の機体からも確認できた。
『神前。オメーに良ーことを教えてやる』
勝利は確定している。
誠のモニターに映ったランの笑顔はそれを意味していた。
「クバルカ中佐、今更何ですか?僕に何かできることが有るんですか?僕はただの西園寺さんが弾切れを起こした時の為の弾薬補給係ですよ……それを僕に押し付けたのは中佐でしょ……下手っぴの僕に何を期待しているんですか?」
誠はもうなんとかこの場をしのぐという思考しかできないでいた。
そして今回、もしこの数的には誠の思考ではどう考えても勝ちようがない戦いにランがどうしてこれほどまでに勝利を確信しているのか不思議に思っていた。
『そうぐちぐちいうんじゃねーよ。今回の勝利で一番の手柄を上げるのはオメーって決まってるんだ。アタシがオメーに与えることに決まってる仕事さえちゃんとこなすことが出来ればな。オメーに教えた3つの大事なこと、『根性』、『気配り』、『体力』のほかに社会で生きていくには必要なことがあるんだ』
諭すような口調でランはそう言った。
他に頼るもののない誠はその言葉に静かに頷いた。
『それは『気合』と『元気』だ!』
誠は小さな『脳味噌筋肉』の言うことに開いた口がふさがらなかった。
いくらなんでもそんなもので数的不利を覆せるとは誠には思えなかった。
『アタシの心理戦が終わったら、連中は決起の無謀さを思い知って絶望のどん底に落ちて言葉も出ねーだろう。そのタイミングを見てアタシが合図する。そしたら『跳べ』』
ランはそう言って笑った。
「『跳べ』って……なんですその命令。『跳べ』って……どういう意味です?」
意味不明な言葉を聞くのはこの『特殊な部隊』ではよくあることだったが、その中でも最上級に意味不明な言葉に誠は困惑した。
『意味も何も言った通りの意味だ。アタシの読み通りなら、オメエは『跳べる』。その『空間跳躍』の座標設定はアタシがやる。オメーは『跳ぶ』ことだけを考えりゃーいーんだ。05式乙の『法術増幅システム』があれば敵の目の前まで『跳べる』!そして05式乙型の腰のサーベルを引き抜いて『『

ランはまるで誠が『跳んで』、『|剣《つるぎ》よ!』と叫べば敵の旗艦の『那珂』は沈むかのような口調でそう言った。
「なんですか!そのいい加減な指示!そんな!できないですよ!そんなこと!それと何度も聞きますけどなんですか!『法術増幅システム』って!そんなもので奇跡でも起きるっていうんですか?ダンビラ一本で巡洋艦を沈められるならレールガンなんて必要ないじゃないですか!」
誠は本気で思った。
これは『特殊』過ぎる命令で『不可能』な話だと。
ランは画面の中でほほ笑んでいた。
かなめもカウラもまるで誠にはそれができて当然という笑みを浮かべていた。
『言っとく。アタシが『気合』と『元気』についてオメーに教えなかったのは。そいつがオメーにもうすでに持ってるからだ。これからオメーは『光の|剣《つるぎ》』と言う遼州人の中でも一部の選ばれた人間だけが使える『気合』だけで巡洋艦を沈める。地球人にはできねー遼州人のオリジナル必殺技だ!オメーのかーちゃんからオメーならできるって聞いた。大丈夫だ!かーちゃんの見立てを信じろ』
誠にはランの言うことはもはや理解不能だった。
いくら母の見立てだからと言ってそんなことが自分に出来るとは到底思えなかった。
「僕は普通の遼州人ですよ!そんなことできません!そんなの無理です!母さんが言ってたことも何かの間違いです!」
誠は叫ぶが三人の女性上司はできて当然という顔をしていた。
『逃げられないんだな……もうここまで来たら。そうなったら中佐の言うことを信じるしかない……』
期待されることに慣れていない誠はあまりの期待の大きさにそう考えてランの指示を待った。
『やれねーと思ったらできねーが……オメーはできるんだ。『跳べる』し、『|剣《つるぎ》よ』と叫ぶと目の前のすべてが吹き飛ぶ。『05式特戦乙型』に積んでる『法術増幅システム』はその力を引き出すシステムだ。神前のような『法術師』の力を引き出すための機体なんだ』
まるで誠の叫びなど聞こえていないかのような余裕の笑みを浮かべてランはそう言った。
「それより『法術師』って……なんですか?僕はそんなものになった覚えは有りません!」
誠はそんな悲鳴にも似た叫び声を上げるしかなかった。
『遼州は400年前、地球から独立できたのはそんな力が遼州人には有ったからだ。あの戦いはそれなしには圧倒的な科学力の差で地球人達の勝利に終わるはずだった戦いだ。そんな逆転不可能な戦いをひっくり返した遼州人の気合と元気で超能力を引き出す『必殺技』をオメーは使えるんだ。記録には残っちゃいねーが遼帝国独立の英雄は剣一本で地球軍の降下艦隊を壊滅させた事実をアタシは知っている。他にもオメーの知ってる人物は『実験動物』にされた腹いせにその施設と周囲30キロ圏内を火の海にした。地球人には絵空事だった『力』だが、遼州人にはその『力』がある。その使い道をアタシ等はオメーのお袋さんからその『力』の使い方を教えてくれって言われたんだ。オメーならできる』
ランはそう言って満足げに笑った。
騙されていた自分を誠は再確認した。
それと同時に『空間跳躍』とやらができなければ鈍重な05式乙型ではかなめの戦うであろう誠の位置からは遠く離れた戦場には届かないことがわかってきた。